星のクオリア22
アルバイトで無事路銀を得る事に成功した二人は本来の目的の為、新月街を出発する事にした。
新月街は超巨大な地割れの中に出来た街であり、二人が滞在していた安宿は新月街の地表から地下3500メートルにある中層と呼ばれる地域の下の方にある。
朝一番でチェックアウトを済ませて地表から街の外へ出る為、二人は新月街の中層の階層移動エレベーターへと向かっていた。
新月街は岸壁にへばり付く様に広がっている構造上、坂や階段が多い。
唯一平らなのは地割れに無数に掛かる橋と、一番上にある天蓋部だけなので、車両で上へ行くルートというのは自ずと限られてくる。
もうすぐエレベーターに着くという頃、二人を乗せたバイクが大きな橋の中央に差し掛かると、突然前方のビルから細い光が飛び出してきた。
最初は何か写真の撮影でもしているのかと思った二人だったが、どうやらそういう訳でも無さそうだ。
光は二人を狙っていた訳では無く、見当違いの方向を二秒くらい照射した後、パッと消えた。
気にする程の事でも無いかと思いかけたその時、ズズズズ……という地鳴りのような音と共に斜めに切断されたビルがゆっくりと滑り落ちる。
ビルの上部が轟音と共に落下すると、それはそのまま瓦礫の山となり橋の出口を封鎖した。
土煙が収まった頃、空から真っ白に光り輝く何者かが瓦礫の先端に降り立った。
石膏の彫刻の様な真っ白な肌に流れるような長い金髪の美女、銀色の鎧を纏っているその姿は北欧神話に登場する戦乙女を想起させた。
「探しましたよ、クオリア・オニキス」
戦乙女は朗々とした裁判官の様な声で、宣告する様に言った。
「新しいクオリアか!?って事はさっきの光はヤツの仕業か!?」
ガレスが剣を構えて戦乙女を見据える。
確か以前オニキスに聞いた話では、光を操るクオリアの名は……
「パール、貴方でしたか……!」
クオリア・パールはガレスの事など歯牙にもかけないと言った様子で目もくれず、オニキスの方だけを見下ろしていた。
「……一度だけ、警告してあげましょうか。貴方は自分が何をしているのかわかっているのですか?大人しくこちらにメタトロンを渡しなさい」
「……それは出来ません」
「何故?」
「……」
二人のクオリア達の会話をガレスは黙って聞いていた。
というのもガレスもクオリア・パールの問う『オニキスがメタトロンを持ち出した理由』が気になったからだ。
放っておけないという自分本位な理由でここまでオニキスに付いて来て、今更詮索する気は無かったが、正直その理由が気にならないと言えば嘘になる。
しかしガレスの目には今まで戦ってきたクオリアや今目の前にいるパールを見ても、どうにも彼等が悪事を働いている様には見えなかった。
どちらかといえばオニキスを心配している気配さえある。
(……いや、止そう。素性も何もわからないオニキスに勝手に付いて来たのは俺なんだ)
実際にガレスとオニキスの関係は薄い氷の様なもので、どちらかが相手に疑念を持って、そして一言別れを告げてしまえば呆気なく終わってしまうものだ。
(だが、もし……オニキスが間違った事をしようとしてるなら……俺は……?)
ガレスがそんな事を考えている内に、パールが殺気を放った。
(……ええい!とりあえず後だ、後!!)
クオリア・パールが手を翳すと彼女の周囲に光が集まっていき、空中に純白に輝く光の剣が生み出された。
計六本あるそれらは、パールの周囲を護る様に飛び回り、その切っ先をオニキスへを向ける。
「どうあっても理由を話す気も、メタトロンを渡す気も無いのですね…………残念ですよ、貴方がそこまで愚かだったとは」
本当に残念に思っているのか、それとも口だけなのか。
パールの表情や口調からそれは読み取れない。
パールは冷たく言い放つと、翳した掌をくいっとオニキスの方へと動かした。
すると空中に静止していた六本の剣が一斉にオニキスへと飛来してきた。
「はあっ!」
パールの攻撃に反応してオニキスも素早く羽を展開させると自身の周囲に重力球を生成して臨戦態勢を取り、白い光の剣に黒い重力球をぶつけて迎撃、相殺する。
白い光の剣の弾ける光を重力球が吸収すると、行き場を失ったエネルギーが破裂音と共に衝撃波を生んだ。
その光景が同時に何十という数で周囲に展開されていた。
パールとオニキスの攻防に手が出せす、息を呑んで見守るしかなかったガレスはその場から動けずにいた。
この白と黒の激しい撃ち合いの一体何処にヒトの入り込める隙間があるというのだろうか?
「私としては不本意なのですが……」
拮抗した激しい撃ち合いの中、涼しい顔をしながらパールがオニキス語りかける。
パールが戦いの最中にお喋りをするタイプでは無いという事を知っていたオニキスはパールが戦闘中に口を開いたのを怪訝に思った。
「……?」
「今回メタトロンの奪還に派遣されたクオリアは私だけではありません」
「なんですって!?」
パールの言葉が終わると同時にオニキスの背後で激しい閃光が起こった。
それはパールが放つ白い光では無く黄緑色の鋭い雷光だった。
パールとは反対側の橋の入り口に、高そうなブランドものの詰襟のワイシャツを着た、細身の男が立っていた。
明るい黄緑の肌に流れるような銀髪、整った顔立ちに黒い双眸、そしてなにより特徴的なのが顔の半分をおおう稲妻の様な模様だ。
男は自信満々に悠々とズボンのポケットから左手を出すとパチンと指を鳴らした。
すると男から見て左側の車道に残されていた車に一斉に落雷し、車が橋から弾き飛ばされて深い谷底へと落ちていく。
そしてそれを右側の車道に対しても行うと橋の上にはガレスとオニキス、緑色の男だけを残してその他の物は綺麗に無くなった。
障害物が無くなり見晴らしの良くなった橋のど真ん中を男は優雅に歩き出す。
「やる事が派手だねぇ、クオリアってのは皆個性的だなぁ」
「……そうなんでしょうか?」
「あぁ、みーんな癖が強いと思うぜ?」
突如現れた二人目のクオリアのカッコつけすぎな登場にガレスは戸惑いを隠せなかった。
一方オニキスは新手のクオリアの振る舞いに慣れているのか、リアクションは薄かった。
「キミは初めまして、かな?まずは自己紹介をするとしよう。僕の名前はクオリア・ターコイズ、能力は今見てもらった通りさ……雷を使う」
「そいつはご丁寧にどうも……俺はガレス・ギャランティスだ、特別な能力は持ってない。よろしく」
一応ガレスが挨拶を返すと隣のオニキスが補足する様に言った。
「……ターコイズはいつもあんな感じですよ」
「なんとなくそんな気はしてた」
前門のパール、後門のターコイズ。
橋の上でクオリアに挟み撃ちにあったガレス達は実際相当なピンチだった。
ガレスも自分の力だけでは勝算が薄い事は重々承知してはいたが、それでも言うしかなかった。
「後ろのコイツは俺に任せて前に集中しろ!俺がなんとか食い止める!」
「……わかりました、なんとかして時間を稼いで下さい……でも無理はダメですよ?」
「心配すんな、ダメそうだったら白旗でも振るさ」