星のクオリア21
一方その頃、ガレスは新月街で最も治安の悪いスラム街、下層地区に居た。
新月街中層の下の方にある孤児院『うさぎの家』ガレスが紹介してもらった仕事は、ここの用心棒だった。
「これでよし……っと」
ガレスはおしめを替え終えた赤ん坊のお腹をポンポンと撫でた。
丁度その時、ガレスの居る部屋に一人の女性が入って来る。
「すみません……護衛の仕事でいらしたのに、子供達の世話まで手伝ってもらっちゃって……」
修道服に身を包んだその女性は孤児院を切り盛りしているラヴィオラというヒトだ。
薄桃色の髪と兎の耳、そして白目が無い真っ赤な瞳が特徴的な女性だった。
兎の様な真紅の瞳は初対面ではかなりインパクトがあり、ガレスも思わず気圧されてしまったが、ラヴィオラはそういった反応にも慣れているらしく、明るく笑って許してくれた。
「あぁ、いや、大丈夫です、気にしないで下さい……俺も昔、下の兄弟達の世話をしてた頃を思い出せて楽しいですから」
「まあ、そうだったんですか……頼もしいお兄ちゃんだったんですね」
「ハハハ、そうでもないですよ。両親が仕事で家に居ない事が多かったですからね……正直な所、当時は仕方なくやってました」
照れを笑って誤魔化すガレスが微笑ましくて、ラヴィオラも微笑みをこぼした。
「ご兄弟はお元気ですか?」
「それが償いの日で皆連絡が取れなくなってしまって……今も探しているんですが、なかなか……」
ガレスは実際平気だったが、ラヴィオラが気まずそうにしているのをみて『あ、しまった』と思った。
(あ、やべ。適当に元気だとか言っとくんだった……)
ガレスはバカ正直に答えてしまった事をなんだか逆に申し訳無い気持ちになった。
軽い世間話でもして、和やかな雰囲気で仕事をしようと思ってたのに、これでは答えにくい事を答えさせられたみたいになってしまっている。
「……あの日から本当に色んなものが変わってしまいましたから……」
「あ、すいません。なんか気まずい感じになっちゃって……俺はもう慣れてるから大丈夫なんですどっ!」
「ふふふ……優しい方なんですね、ガレスさんは」
かつてゲヘナという超生物によって引き起こされた、旧人類文明と地球そのものを含めた地球上全生物の破壊と再構成。
通称『償いの日』が地球と全人類に刻み付けた傷跡は、まだ癒えきっても、ましてや忘れられてもいないのだ。
ガレスの兄弟達の話もまた、数多くあるありきたりな悲劇や災難の一つだ。
二人が微妙な空気になった時、丁度外で遊んでた男の子の内の一人が部屋に入ってきた。
「用心棒のおっちゃん!バスケやろーぜ!」
男の子は子供ながらに二人の間に流れる微妙な空気を感じ取って、そして何を勘違いしたのか、合点がいったと言わんばかりのしたり顔になった。
「あ!さてはおっちゃん!ラヴィ姉ちゃんにエロい事しようとしてたな!?セクハラだぞ!」
無邪気な子供の発言に二人は苦笑した。
「アホか!そんなことする訳ねーだろ……それとおっちゃんじゃねえ、お兄ちゃんと呼べ!」
「いいから早くいこうぜおっちゃん!」
「わかった、二度と生意気な口をきけない様にバスケでボコボコにしてやろう……じゃ、ラヴィオラさん、後は宜しく頼みます」
「あ、はい……」
ガレスはそう言って孤児院の中庭に向かって行った。
・・・
「いらっしゃいませ~!」
ガレスがホテルの自室のドアを開けると、バニーガール姿のオニキスが営業スマイルで出迎えてくれた。
突然のバニーガールに思わずガレスのテンションが上がる。
これは男の性というものだ。
「うおおっ!?もしかしてそれがバイトで着てたっていう衣装か!?」
「そうですよ、仕事が終わったら自由にしていいって言われたので、記念に持って来ちゃいました……どうです?似合いますか?」
純白のバニースーツに合わせた、白い付け耳とタイツ、そして真っ赤なボウタイがワンポイントになっている。
おそらくオニキスの真っ黒な地肌を生かす為の配色なのだろう。
「うん……すげぇ可愛いよ」
実はちょっとエロいなとも感じていたガレスだったが、それは恥ずかしくて口には出せなかった。
大体にして『エロい』という感想をオニキスに伝えた所で、それを誉め言葉として受け取ってもらえるかは微妙な所だし。
「ホントですか!?ふふっ」
そんなガレスの男の心情など露知らず、無邪気に喜んでいるオニキスを見ていると、その無防備な可愛さにあてられて思わずドキッとしてしまう。
ガレスはそんな己の後ろめたさを隠す様に話題を変える事にした。
「あ、そういえばアルバイトはどうだった?上手くいったか?」
「とても新鮮で楽しい体験でした、教えてくれた先輩もいいヒトでしたし」
「そうか……よかった、優良なお店だったんだな……そりゃそうか、なんたってイェンさんの紹介だしな」
オニキスは今のガレスの反応がちょっと気になった。
「でもどうしてそんな心配を??」
「あぁ、いや……その服、かなり露出が多くてセクシーだからさ、変な気を起こしちまうヤツも居たんじゃないかと……すまん。今のは忘れてくれ」
ガレスは自分の発言を恥じ入って、顔を真っ赤にしてオニキスから顔を背けた。
そんなガレスの態度を見たオニキスは、自分の中に今まで感じた事の無い、熱い高揚感が湧いて来るのを自覚した。
(なんでしょう、この気持ちは……セクハラを受けた時は唯々不快なだけだったのに……)
その熱に浮かされたままの言葉が、つい口から滑って漏れた。
「……ガレスも私にセクハラしてみたいと思いますか?」
「…………えっ??」
「答えて下さい……思いますか?思いませんか?」
まっすぐ見つめるオニキスの金色の瞳が、逃すまいとガレスを捉える。
ガレスにとってオニキスの瞳はある種の毒だ。
真っ直ぐで不器用なのに、不思議と惹きこまれてしまう。
あの瞳で見つめられると何故か逆らえなくなる。
「……俺も魅力的だと思う、よ?」
「それはしたいという事ですか?」
ガレスは降参といった風に目元を右手で覆った。
「……あーもー!そうだよ!したいよ!これでいいか!?」
「そ、そうですか……?」
ハッキリ言われたしまうと、今度はオニキスが急に恥ずかしい気持ちになった。
「自分で聞いておいて恥ずかしがらないでくれよ……仕方ないだろ、本当にその、セクシーだと思うし……」
「……ガレスのえっち!」
オニキスは自分の両肩を抱いて身体を隠した。
今となってはどうしてこんな事をガレスに問いただしてしまったのか、オニキス自身にも分からなかった。
穴があれば飛び込みたい程恥ずかしかったが、自分が堪えようがなく嬉しがってるのを否が応にも自覚してしまう。
「……あ、そうだ!ご飯食べに行きましょう、ご飯!」
「あ、ああそうだな!早くしねえと店が閉まっちまう!」
その後しばらくの間、微妙な雰囲気のまま二人は過ごすのだった。