星のクオリア20
「……という事で短い間だが今日から一緒に働くオニキスちゃんだ、皆よろしくしてやってくれ」
「よろしくお願いします」
イェンのコネクションの影響力か、それとも余程人手不足だったのか。
簡単な面接を経てオニキスはあっさり採用されて、それからもトントン拍子で話が進み、今は店長に連れられて他のスタッフとの初顔合わせだ。
「マイちゃん、新人ちゃんの指導を任せてもいいかな?短期のアルバイトみたいだから、そんなに難しい仕事を任せるつもりは無いんだけど、いきなり一人するのも不安だろうし」
「わかりました」
店長に名指しされた背の低い少女マイ・アズマットはそれを承諾した。
その後もミーティングは滞り無く進み、そのまま解散となる。
オニキスはマイに連れられて更衣室へと向かう。
「よ、よろしくお願いします!」
「……そんなに緊張しなくてもいいわよ。とりあえず更衣室へ行きましょ♪」
「はい」
「一応聞くけど、バニーガールの経験はあるの?」
「いえ、今回が初めてですね」
「そっか♪今日だけは着るの手伝ってあげるから、明日から一人で着れる様に覚えてね?」
それからオニキスはマイに手伝ってもらいながら支給された白のバニースーツを着用していく。
かなり露出が多く際どい衣装なので、それを抵抗なく身に着けていくオニキスを見てマイは驚いた。
初めてバニースーツを着たヒトの中には羞恥心から動けなくなってしまう人も居るからだ。
「あら、珍しいわね?ウチの制服って、かなり際どいから恥ずかしがって無理って子も多いんだけど……うん、貴方は大丈夫そうね♡」
いざ仕事を開始しようとした時、マイの視界の端に黒い布きれが見えた。
それはバニースーツとセットになっているVバックのパンツだった。
これもかなり際どい下着だが、これでないとバニースーツからパンツの紐がはみ出してしまって恰好が悪い為、それは規則で厳しく禁止されている。
時給が高いのもその為だ。
「オニキスちゃん、もしかして……パンツ履いて無い?」
「……え?この紐ってパンツだったんですか?ああ、これなら私は別に履かなくても……」
オニキスはTバックと指で摘みあげて物珍しそうに眺めた。
「それにこんな紐みたいなパンツなら、そもそも履く意味が無い様な……」
「ダ・メ・で・す♡」
「お……おぉ……!」
笑顔のまま威圧してきたマイに気圧されて、オニキスはまたバニースーツを着なおす羽目になるのだった。
・・・
オニキスがアルバイトを始めて早三日。
幸いな事にその間、クオリアの襲撃は無く、オニキスは初めてのアルバイトに悪戦苦闘しつつも、なんとか頑張っていた。
バニーガールの仕事は接客は勿論、客への飲み物等の給仕やコインの運搬、簡単な機械(遊技台)の操作等、意外と多岐に渡る。
そして接客といえば……トラブルもつきものだ。
ましてや賭博場を歩き回る際どい恰好をしたバニーガールなら尚の事だ。
「キミィ、可愛いねぇ……」
ある日、オニキスが飲み物の乗ったお盆を片手にフロアを回っていると飲み物を受け取った脂ぎった顔の中年の男に声を掛けられた。
「え?……あ、ありがとうございます」
男はオニキスが経験の浅いと見るや、いやらしく目を細める。
そしてねっとりと全身を舐めまわす様にジロジロと露骨で無遠慮な品定めを始めた。
流石にこれには元々羞恥心の薄いオニキスも不快感を感じずにはいられなかったが、しかしこれも仕事の内。
この程度でいちいち騒いではいられない為、オニキスは営業スマイルでお礼を言って足早に男から離れる事にした。
しかし男はそれを許さない。
オニキスの腕を無遠慮にむんずと掴んで強引に引き留めた。
「ねぇねぇ、こんな仕事抜け出しちゃってさ、おじさんと一緒に来ない?チップもフンパツしちゃうよぉ?」
男はそう言うと、高級そうなスーツの内ポケットにギッシリ詰まった札束をチラりとオニキスに見せつける。
「申し訳ございません、お客様との金銭の取引は禁止されていますので……」
「なあ、そう言わずに……どうせキミもカネが欲しいからそんな恰好で働いているんだろ?俺だったら君の今の給料の何倍も出せるよ?」
流石にこの言い草にはオニキスも腹が立った。
確かに男の言う通り、金が欲しくてアルバイトに来ている。
しかしだからといって、金をチラつかせて他人の尊厳を踏みにじる様なこの男の横柄な態度が許されていい筈が無い。
「あの……いい加減に……!!」
「ドゥフフ!怒った顔も可愛いねぇ……でもいいのかい?お客様にそんな態度とって?」
オニキスの怒りが溢れそうになったその時、いつの間にか隣に来ていたマイがにこやかに男へ声を掛けた。
「お客様……スタッフへのお触りは厳禁となっておりますので、どうかご理解下さいませ」
男はマイには興味が無いらしく、鬱陶しそうに横目で睨め付ける。
「俺はこの娘と話してるんだよ、向こうへ行ってなチビ」
この程度の暴言には慣れているのか、マイは笑顔を崩さないままだ。
「まぁ~可哀想な童貞野郎♡」
「なんだとこのガキ!?」
「!?」
突然マイの口からドギツい暴言が飛び出したのを聞いて、助けられてるオニキスの方がビビってしまった。
それにあっさりと激高した男が拳を振り上げてマイに殴りかかろうとするが、マイは笑顔のまま軽やかに男の拳を躱すと近くにあったワゴンの上にあったアイスバケットからアイスピックを取ると、それを躊躇いなく男の手の甲に深々とアイスピックを突き刺した。
マイと男の体格差は二倍近くにもなるが、マイは矮躯からは想像も付かない様な力で、そのまま男を壁際に追い詰めてアイスピックで男を壁に縫い付けた。
聞くに堪えない男の悲鳴が店内に響き渡ると店中の客の視線が三人に集まった。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
「良かったわね、あのお兄さん達が優しくルールを教えてくれるみたいよ♪」
マイが親指で指した方に目をやると、屈強な黒服の男が二人、こちらへ向かって来るのが見える。
男は泣き顔のまま、男達に両腕を掴まれたまま店の奥へと消えていった。
・・・
ちょっとしたトラブルこそあったが、その日の仕事も無事終わりを迎えた。
仕事上がりに休憩所を通りかかったオニキスは、そこで一人佇むマイを見かけたので声を掛けた。
「お疲れ様ですマイさん……あの、今日はありがとうございました」
「おつかれ……気にしないで、たまに居るのよああいうの♪」
「マイさんのおかげで助かりました……正直、自分一人ではどうすればいいか分からなくて」
「初めは皆そんなものよ、気にしない気にしない♪」
一見いつも通りにも見えるが、オニキスには今日のマイがあまり元気が無い様に見えた。
「……もしかして体調が悪かったりします?」
「案外鋭いのね……でもそういうのじゃないわ」
マイはいつもとは違う、少し気だるそうな雰囲気で続けた。
「私、ここの仕事、今日で最後なのよ」
「え?そうだったんですか……」
「……特に職場に対して愛着があった訳じゃないけど……いざ辞めると思うと、なーんか気が抜けちゃってね」
「お疲れ様でした」
そのありきたりな言葉に大した意味があった訳では無いのだけど、オニキスは心からそう思った事を口にした。
「……私、来月から学校へ行くの」
「学校というと……学園都市ですか?」
「そ、フツーの高校生……パパが『学校には行っておけ』って五月蝿いから仕方なくね」
「……上手くやっていけるか心配とか?」
「そんなんじゃないけど……って生意気よ、オニキスちゃんのくせに♡」
マイは気持ちを切り替えるように「んっ!」と気合を入れて椅子から立ち上がると、オニキスのほっぺたを強めにつんつんした。
「フフフ……なんかアナタの肌、やたら堅いわね……柔らかい石みたいで面白いわ♪」
「イタタっ!?私は元々こうなんですよ!」
「ふーん、ま、いいわ……とにかく余計なお世話よ、私が怖気づいたりする訳ないじゃない♪このこの~♡」
「わかりました!わかりましたから!」
いつのまにかマイの顔には不敵な笑顔が戻っていた。