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ハジマリノヒ  作者: うぐいす
星のクオリア
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星のクオリア19

 新月街に向かう道中『では』何事も無く無事に到着したガレスとオニキスだったが、実は既にある問題が発生していた。


「オニキス、これを見てくれ」


 神妙な面持ちでガレスが携帯端末を取り出すと、オンラインバンクの預金残高のページを表示した。


「これは……残高32ゴールド、と表示されてますね?」

「ああそうだ。今日このホテルに部屋を取った事で遂に金が底をついた」


ガレスは安いホテルの部屋の粗末な天井を仰ぎ見ながら目頭を押さえた。


「……つまり君が今飲んでるそのコーラが最後の一本なんだ。32ゴールドじゃあ、もう自販機のコーラだって買えやしないんだ」


 それまで他人事みたいな態度だったオニキスもコーラと聞いてようやく事の重大さに気付いたらしく、一気に平常心を失って口に含んでいたコーラを噴き出した。


「うわっ!きたねえ!」

「どど、どうするんです???もうコーラが飲めないだなんてあんまりです!私に死ねと!?!?」

「いやいやいや、言い過ぎだろ……大体オニキス、コーラ飲み始めたの俺に会ってからじゃん、今までどうやって生きてきたんだよ?」

「ヒトはパンのみで生きるに非ず……ですよ?」


 オニキスは混乱しているようだ。

コーラという贅沢の味を知ってしまったオニキスの若いカラダは、いつの間にかそれ無しの生活には戻れなくなってしまっていた。

禁断の知恵の実を齧ってしまった人類は、もう楽園には戻れないのだ……いや、それとこれとは違うかも知れないが。


「まあ落ち着け。金が無い時は働いて稼ぐ……これが生きていく為の基本だ、OK?」

「私も協力したいのは山々ですが……しかし追っ手が迫っている状況での労働……大丈夫なんでしょうか?最悪の場合、先方にも迷惑が掛かるかも知れません」

「確かにその危険はある……しかしいくらオニキスが空を飛べるからといってもだ、無補給で他のクオリア達と戦いながらネオパンゲア大陸からユーラシア諸島を越えて行くのはどう考えても無謀だと思うぜ?」

「うーん……」


ガレスの説得にオニキスは随分悩んでいる様子だった。


「とりあえず働き口の伝手があるんだ、話だけでも聞いてみないか?」


・・・


 翌日、伝手があるというガレスの案内で二人は新月街の中層から上層へと向かった。

新月街は地割れを跨ぐ巨大な橋の様な構造の天蓋部を『地表』と呼び、そこから地中に下っていくと浅い所から順に『上層部』『中層部』『下層部』『最下層』という風な階層都市となっている。

この階層分けの要因となるのは主に所得と日照権だ。

富裕層や成功者は上の階層に住む事が出来るし、存分に太陽の光を浴びる事が出来る。

逆に貧乏人や落伍者、そして犯罪者はどんどん地中深くに追いやられ太陽からも遠ざかって行くという仕組みだ。

そういう理由もあって新月街の住民にとって、どの階層に住んでいるかというのは外のヒトが思った以上の意味を持っているし、新月街を支配するマフィア『バングレットファミリー』もそれを分かっている為、意図的に階層間の移動手段を制限し、厳しく監視している。

その限られた移動手段の一つが、階層間エレベーターだ。

これは階層移動の最もポピュラーな移動手段であり、二人もこれを利用して中層から上層へと移動していた。

エレベーターから外へ出ると上層は中層よりも地表に近い為、より明るくなる。

一気に光量が増したので、二人は眩しさから手を翳して目を細めた。


「う、まぶしいですね……」

「こればっかりは仕方ねえのかもなあ~……ま、じき慣れるさ」


 とか言いつつも、ガレスだけはちゃっかりサングラス着用で日差しをガードしていた。


「あ、ずるい」

「給料が入ったらオニキスの分も新しく買おうぜ」

「そうしようかな……」

「旅してると意外と使う機会多いんだよな」


 新月街の階層間のポピュラーな移動手段であるエレベーターの昇降口付近は必然的に大通りに繋がっており人通りも多い為、発展している。

賑わう大通りから一本入ると喧騒は遠のく。

そこから細い道を経由してまた細い道に入っていく……というのを何回か繰り返した後、富裕層が多い上層地区にあるにしては妙にこじんまりとした木造の古本屋が目に入った。

木製の看板には「虎華古書店」と書いてある。


「着いたよ、ここだ」

「古本屋、ですか?えーと……コカ?もしかしてコーラ関係の仕事を……?」

「……残念だがそうじゃない、これでフーファって読むらしい。情報屋をやってるヒトで以前世話になった事があるんだ。特にこの街の事なら、なんでも知ってるんじゃないかな」

「……なんかそう言われると緊張しますね」

「ここは俺に任せてくれ」


 店の中は多少薄暗くはあったが、普通の古書店といった感じだった。

背の高い本棚が通路の両脇に並び、様々なジャンルの本が分けられて所狭しと詰め込まれている。

長編の単行本なんかは紐で括られて平積みにされて売られていた。

あまり紙媒体というものに馴染みの無いオニキスは物珍しそうにキョロキョロしながら店の中を歩いた。

そうして店の奥に辿り着くと妙齢の美女が二人を出迎えた。

縦縞の様なモノクロのロングヘアーが特徴的な青いチャイナドレスの女性だった。


「やあ、いらっしゃい」

「どうも。イェンさん、久しぶり。これケテルのお土産なんだ、よかったらどうぞ」


店主イェン・フーファはガレスの取り出した紙袋を見て喜んだ。


「あ、フラワーカーペットに行ってきたのかい?限定クッキーじゃないか」

「よく一目でわかったな、さすが情報屋」

「おいしいお菓子の情報は女の子に人気だからね」

「…………」


 ガレスとイェンがそれなりに仲が良さそうに話しているのを見て、オニキスはなぜか微妙な気持ちになっている自分に気付いた。


「それで、今日はどうしたんだい?もしかしてそちらの連れの子の事かな?」


イェンがちらりとオニキスの方を見た。


「はじめまして、私は……」

「クオリア・オニキスさんだね?勿論知ってるよ」


 イェンが自分の名前を知っている事に驚いたオニキスは咄嗟に身構えてしまう。


「なぜ私の名前を……?」


警戒を強くしたオニキスを宥める様にイェンは答えた。


「いやいや、君って『あの』クオリアシリーズだよね?かなり有名人だよ?」

「私達の情報は研究所に隠蔽されている筈ですが……」

「隠蔽するには派手過ぎるんだよ、あんな力、隠しておける訳がないじゃないか?それにこれくらいの情報が手に入れられない様じゃ、情報屋としてとてもやっていけないよ」

「それじゃあ……」

「クオリアシリーズの話なら、ちょっと詳しいヒトなら皆知ってるんじゃないかな?」

「ははは、有名人なんだなオニキス。こりゃ俺もサインもらっといた方がいいかも?」

「もう、からかわないで下さいよ……でも初めて知りました、自分がそんなに有名だったなんて、なんだか不思議な気分です」


 とりあえずイェンが敵じゃないと知ったオニキスは、ひとまず警戒を解いた。

コロコロと表情の変わるオニキスを微笑ましく見ていたガレスが思い出した様に言った。


「……ああそうだった、イェンさん。俺達路銀が尽きちまってさ、短期で稼げる仕事を紹介してもらおうかと思って来たんだ」

「なるほど、そういう事……勿論あるよ、仲介料は頂くけどね……よいしょっと……」


 イェンは椅子から立ち上がると店の奥からタブレット端末を持って戻ってきた。

それをガレスに渡してまた椅子に座る。


「求人情報はそれの中に全部纏めてあるからさ、それで好きなのを選んでよ」


ガレスが端末を起動させるとオニキスもそれを横から覗き込んだ。


・・・


 端末で仕事を探す二人だったが、慣れているガレスの仕事はすんなり決まった一方、オニキスは仕事選びに難儀していた。

それもその筈、オニキスは今まで研究所から与えられたクオリアとしての任務以外の労働経験が無い為、自発的に何かするという事に慣れておらず、急に仕事と言われても自分がどんな仕事に向いてるのかもわからない。


「うーん……」


 そこへキッチンからティーセットを盆に乗せてやってきたイェンが、悩むオニキスを見兼ねた様子で言った。


「しょうがないね……これはサービスだ、私がオススメを教えてあげよう」


イェンの手がササッと慣れた様子でタブレットの上に指を滑らせて操作する。


「何をしたらいいかわからないならさ、とりあえずコレやってみなよ」


 オニキスが言われるままにタブレットの画面を覗くと、そこには『未経験者歓迎!バニーガール急募!』と書いてある。


「今丁度白虎街……いや上層地区のカジノが忙しいらしくてね……ホラ、お給料も良いし内容もウェイトレスみたいなものだから初心者にもオススメだよ」

「……私にもちゃんと出来るでしょうか?」


まだ自信なさげなオニキスにイェンは冷めた口調で諭す。


「それは知らないよ……他ならぬ君自身の事だ。でもやらなきゃいけない事なら、出来る様にならなくちゃならない」


イェンの言葉をオニキスは激励と受け取った様子だった。


「そう、ですね……わかりました、やってみます」


ようやく覚悟を決めたオニキスを見てイェンは満足そうに微笑んだ。


「さて。せっかくお土産にお茶請けを持ってきてくれた事だし、お茶にしよう。勿論これもサービスさ」


その後、三人はプーアル茶と共に他愛ない話をして過ごした。

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