星のクオリア13
アンバーとの戦いが終わった頃には時計の針は既に18時を指しており、もう一時間もしない内に日が落ちて真っ暗になるだろう。
夜の移動は夜行性のモッド達を引き寄せてしまう為、危険が多く先の戦いでのダメージもあるという事で、二人は牧草地帯を抜けた先で見つけた開けた場所でキャンプをする事にした。
キャンプの準備を二人で手分けして進めながらアンバーとの戦いを振り返っていた。
「結局、さっきの戦いはなんだったんですか?結局二人で殴り合って終わっちゃいましたけど」
「えーと、説明が難しいんだが……なんて言ったらいいのか……ついアツくなってしまったというか、どうしても相手に拳だけで勝ちたくなってしまったというか……」
「……はあ?貴方、私に落ち着けとか偉そうに言っておいて、自分も周りが見えなくなってたって事ですか!?」
「面目ない……」
「じゃあなんで貴方の個人的な意地にアンバーが付き合ってくれたんです?初対面ですよね二人共???」
「それは男同士、魂で通じ合ったと言いますか……」
「まったく理解できません」
「それも含めてなんかごめんというか……」
「いえ、結果としてアンバーを倒せた訳ですから、私は良いんですけど……」
「ごめん、これからは気を付ける……おっと、日が暮れちまう前にキャンプの準備を終わらせないとな」
ガレスはキャンプにも慣れているらしく、キャスターから使い込まれたキャンプギアを次々と取り出しては手際良く設営していく。
今の時代にはキャスターに収納できる簡易住居、カプセルコテージという便利なものがあるが、貧乏なガレスには若干割高で手が届かない。
そのうち欲しいな、あったら便利だな……と思いつつ購入を先送りしていたら、結局今の今まで買わないままになってしまっている。
アンバーとの殴り合いによる疲労もあり、夕食はレトルトのカレーでパッと済ませるらしい。
小型のコンロで湯を沸かし、鍋にレトウトパウチとインスタント米のパックを二つずつ入れる、すると五分もしない内に二人前のカレーが出来上がる。
「ほら、できたぜ」
「これは……?」
「いや、見ての通りカレーだけど?」
「……実物は初めて見ました」
「マジかい。聞いてはいたがホントに栄養食しか食べてなかったんだな……もしかしてアレって病みつきになる程ウマイとか?」
「いえ、特にそんなに変わった味では無い筈ですが……」
「一本貰ってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
オニキスから棒状の栄養食を一本分けてもらったガレスは、それとぱくっと一口食べてみた。
しかし栄養食は噛めども噛めどもモソモソと口の中の水分を奪うばかりで、一向に味というものがしない。
栄養食を全部食べ終わる頃には口の中の水分が全部吸われて咽そうになったので強引に水で流し込む。
「……不味い、訳でないんだが……つうか味がしないんだが……なんだこれ?」
「栄養補給という面では優れていますよ?クオリアは身体の再生も早まるそうです」
「えぇ……?もっと美味いもの食べた方が、なんというか……きっと楽しいぜ?」
「そうなんですかね?」
「……よし!じゃあ明日美味しいものを食べさせてやるよ!」
「美味しいもの……」
「ああ、楽しみにしててくれよ!」
・・・
獣避けを炊いたりと対策はしていたが、その日は運よくモッドにも野盗にも襲われる事無く朝を迎える事が出来た。
二人は朝食を軽く済ませた後手早く片付けると、早めに出発した。
オニキスの目的地はネオパンゲア大陸をぐるりと取り囲む様に広がるユーラシア諸島、その北東部にあるモスクワだそうだ。
二人は道すがらこれからの予定を相談する。
先ず最初にネオパンゲア大陸の中心にあるエウロパ山脈に入り、芸術都市ケテルを通って大陸の西側に抜けた後、さらに北上し新月街を目指す。
そこから玄武港へ行き、海運都市ルルイエの寄港を待つ。
そのままルルイエに乗ってユーラシア諸島へ向かい、モスクワを目指す。
あーだこーだとこれからの予定を話し終えて一段落した頃、二人の前方に道の駅が見えてきた。
「そういえば昨日、美味いもん食わせてやるって言ったの覚えてるか?」
「ええ……でも、大丈夫なんですか?その、お金とか……」
流石に共に行動する時間が長くなると、ガレスの懐事情もオニキスにバレてきてしまっている様だ。
「はっはっは、そんなに高いもんじゃないから大丈夫……早速見えてきたぜ?」
徐々に近づいてくる道の駅の看板には『濃厚バニラソフト』と書いてある。
「丁度いい時間だし、休憩ついでにちょっと寄っていこう」
「確か……牛乳が原材料の氷菓ですよね?」
「そうだよ、やっぱり実際に食べるのは初めてか……よっしゃ!すぐ買ってくるから待っててくれ」
「あっ」
オニキスが何か言う前にガレスは小走りでソフトクリームを買いに行ってしまった。
程なくしてガレスがソフトクリームを両手に持って帰って来る。
「ほい、おまたせ。落さない様に気をつけなよ」
「……ありがとうございます、けど子供扱いは止めて下さい」
「りょうかい、でも食べた事ないっていうから一応な」
「……じゃあ、いただきます」
あんまりごねても自分で言った通り余計子供っぽくなって見えてしまうと思ったオニキスは観念してソフトクリームを受け取った。
初めて食べる緊張からか、躊躇いがちに舌を伸ばしてクリームをほんの少し舌先に乗せて味わう。
「……どうだい?」
ガレスがわくわくした顔でオニキスの顔を覗きこむと、オニキスのリアクションは劇的だった。
驚きから目を見開き、口元をおさえている。
「おいしいっ!」
濃厚なミルクの滑らかさとバニラビーンズの香りと共に蕩ける様な甘さが口全体に広がった。
牧場でソフトクリーム、安直だからこそ鉄板でハズレの無い逸品だ。
目を白黒させてるオニキスを見てガレスは満足そうに笑った。
「そうかそうか、気に入ってくれてよかった」
それを見たオニキスはなんか微妙に負けた様な気持ちになったが、ソフトクリームがおいしいかったので、すぐにどうでもよくなった。
それよりも歳のわりに妙に子供っぽいガレスの笑顔が印象的で、それが何故か妙に気になった。