星のクオリア12
オニキスはガレスの後方から強力な重力球を生成して一撃でアンバーを倒す機会を窺っていた。
先程大きい重力球を割られた時、アンバーが重力球を殴りつけて割った様に見えたので、今度は重力球に拳を当てづらい様にゴルフボール程の大きさまで圧縮した。
無論、小さくても先程の大きい重力球と比べて遜色無い破壊力を秘めている。
(恥ずかしい……)
オニキスは注意深く戦況を見守りつつも、内心顔から火が出る様な思いだった。
一旦前線から引いて冷静になってみれば、感情的になっていた自分が恥ずかしすぎた。
(最近は気を張っていたとはいえ、まさかあんな醜態を晒してしまうとは……)
心の何処かで普通のヒトとは違う特別な存在だと思っていた自分が、他者に対してあんな風に感情を昂ぶらせてしまうなんて。
さっき泣いていた自分は一体どんな表情をしていたのだろうと考えると、敵の強大さとは別の意味でここから逃げ出したい気持ちで頭が一杯になりそうだ。
(なぜか……ガレスと居ると感情が不安定になりやすい気がします……)
戦闘中だというのにオニキスはボーっとガレスを眺めていた。
ガレスも必死にアンバーと白兵戦で渡り合っているが、意外にも状況は拮抗していて、攻撃のチャンスはまだ訪れそうに無い。
・・・
(オニキスはどうしたんだろう?)
オニキスに背を向けて戦っているガレスは気付いてなかったが、アンバーはオニキスの表情がコロコロ変化するのを目撃していた。
沈んだ表情だったかと思えば、一人で照れて赤くなったり、考え込んだりボーっとしたり……心ここに在らずといった感じだ。
そんな事はクオリアの中でも職務に一番忠実で冷静なオニキスからは想像も付かない事だ。
(……理由は分からないけど、オニキスは後回しにしても良さそうだね)
警戒しておくに越した事は無いが、あの様子では裏をかかれる事はないだろうとアンバーは判断した。
「丁度僕の筋肉達も暖まってきた所だ、そろそろ本気で行かせてもらおうかな?」
ガレスはオニキスを庇うように防御的に立ち回りながら戦っていた。
その甲斐あってかオニキスは重力球を生成し終えていて、後はこれをアンバーに当てる事が出来ればそのまま勝負は決するだろう。
しかしここからがまた難しく、先程の様に無効化されない為に、アンバーの隙を付いて重力球を当てなければならない。
「こっちはいつでもいけます!」
「おうっ!」
しかし強力に圧縮した重力球は通常のものよりも遥かに制御が難しい上に維持するだけでも高い集中力を要する為、オニキスはその場から動けそうにない。
オニキスの重力球は着弾と同時に周囲の空間を圧縮することで対象を破壊するが、圧縮が終わると超重力が反発して強烈な衝撃波を発生させる。
衝撃波は放ったオニキス本人でさえ簡単に吹き飛ばされる程強力なもので、オニキスの重力球は最初から衝撃波を抑え込む為に約七割の力を割いている。
今回オニキスは破壊力を増す為にいつもより強く圧縮しているので反発する力も当然いつもより強力で、その力を抑える為に今はまともに動く事すら困難という訳だ。
「……なかなか粘るじゃないか!」
アンバーは遊びに夢中になっている子供の様な無邪気な笑顔で言った。
アンバーが能力を使っていないとはいえ、それでもクオリアと渡り合える力を持った敵というのは滅多にお目にかかれない。
自分の力が十分に発揮できる戦いというのは実際楽しい。
「なら、こういうのはどうだい!?」
アンバーは素早いフットワークでガレスに肉迫した。
そしてそれを迎撃しようと剣を水平に振ったガレスの間合いのギリギリ外で急停止した。
「なにっ!?」
空振りをして隙をさらせば致命的な攻撃を食らってしまうだろう。
ガレスは咄嗟にアンバーの方へ一歩踏み込む事でリーチを伸ばそうと試みたが……それこそがアンバーの狙いだった。
アンバーは地を這う様に身を低くして斬撃を紙一重で回避すると、ガレスへとタックルを仕掛けた。
そしてガレスは一歩踏み込んでしまった事によりアンバーのタックルを回避出来ず、よりにもよってアンバーに組み付かれてしまう。
「君との戦いは本当に楽しいものだったけど、これで終わりだッ!」
アンバーはタックルでガレスの姿勢を崩すと、そのまま足と腰を掴んでひっくりかえした。
ガレスは強烈に嫌な予感がした。
(おいまさかこの体勢は……やべぇっ!!!)
アンバーはガレスを逆さまに掴んだまま高く跳躍した。
逃れようと空中でもがくガレスをものともせず重力に任せてそのまま落下する。
強力無比なフライングパワーボムだ!
フライングパワーボムはアンバーの能力も乗ったせいなのか、着弾と同時に地割れを引き起こして岩盤をめくりあげながら大量の土煙を舞い上げた。
並のヒトであれば衝撃で体が爆散してしまうだろう。
「ガレス!!!」
オニキスは思わずガレスの名を叫ぶが、しかし手元の不安定な重力球がそれを許してくれない。
(やはり一般人にクオリアの相手を任せるべきじゃなかった……!!)
こうなると丹念に練り上げた必殺の重力球が無駄になってしまう。
ガレスの事も心配だが、そんな事を言ってられない程戦況は悪かった。
「ふう……まあまあ楽しかったよ」
土煙の中から悠然と歩み出て来たのは勿論クオリア・アンバーだ。
アンバーは自らの勝利を誇示するようにポーズを取った。
「さて、一応手加減したから彼はまだ生きているけど……オニキス?君がメタトロンを大人しく渡すというのならば彼の命は助けようじゃないか」
アンバーの真っ直ぐな視線に、おそらく嘘は無いだろう。
「くっ……!」
オニキスは追い詰められていた。
アンバーは穏やかで心優しい、いたずらに他者を傷つける紳士では無い事はオニキスも知っていたが、ただスイートなだけのマッチョでは無い事もまた知っていた。
「……頼むから、僕が三つ数える内に決めてくれよ」
アンバーとてこのようなやり方本意では無かったが、こうしてオニキスを追い詰める事でこれ以上傷付けあうのを避ける事が出来るのならば、自分が多少の泥を被る事になろうとも構わないと考えていた。
「ひとぉぉつ!」
「…………」
オニキスは押し黙ったまま、動けない。
「……ふたぁぁぁぁぁつ!」
「…………………」
オニキスは多少表情を変化させたが、何も言わず動かなかった。
「み……」
アンバーが三つ数え終わる直前、強烈なパンチが後頭部に叩き込まれる。
アンバーは勢い良く吹き飛ばされて、そのままオニキスを通り越していった。
「オイ!勝手に終わらせてるんじゃねえ!俺はまだやれるぞ!」
アンバーの足元から立ち上がったガレスは、フライングパワーボムのダメージで頭部から激しく流血していたものの、まだまだ健在であるとアピールする様に気勢をあげていた。
アンバーの攻撃の影響に依るものなのか、身体からは蒸気のようなものが立ち昇っていて、流れる血に紛れて少々分かりにくいが血の様に真っ赤な……鱗?の様なものが身体のあちこちに生えている。
パンチで派手に吹き飛んだものの大したダメージを受けなかったのか、アンバーは悠然とした態度を崩さずにゆっくりと立ち上がった。
「……ほう」
立ち上がったアンバーは、そのまま真っ直ぐにガレスの元へと駆け出すとフェイントも何もない、ただ単に全力を込めただけの拳で、お返しとばかりにガレスの顔面を殴りつけた。
ガレスは何故かアンバーの拳を避けようともせず、まともに顔面で受け止めたが……が、仰け反りながらも踏ん張って倒れない。
「……どうして避けない?」
アンバー自身にも自覚があったのか、こんなバレバレな攻撃が当たるとは思っていなかった為、思わず疑問が口から漏れた。
しかしガレスはアンバーの疑問には答えなかった。
「じゃあ今度は俺の番だよな……!」
ガレスが口元を歪めて笑うと大きく拳を振りかぶった。
アンバーはガレスのみえみえな拳をなぜか避けようとはせず、先程のガレスと同じくノーガードで真正面から受けた。
戦いだというのならば、ここでガレスの攻撃を避けるなり防御するのが常道ではあるが……不思議な事に、ここで拳を受けずに逃げる事はそのまま何か大切な決定的なものを敵に譲ってしまう様な気がしたのだ。
「ふんん……痛くも痒くもないね」
アンバーもまたガレスの拳をモロに食らい、そして踏ん張った。
そしてそれからはその繰り返しだ。
ガレスとアンバーはお互いに拳のみで相手を思い切り殴りつけ、そして殴られる。
二人共みるみるうちにボロボロになっていき、ガレスは全身から大量に出血しアンバーの身体には欠けて亀裂が入り、お互いが傷ついていく。
ガレスの顔は赤く腫れ上がり出血や痣も酷く、アンバーも顔面や胸部に大きな亀裂が入っていて、今にも砕けてしまいそうだった……それでも二人は倒れず、そして殴り合いを止めようとしない。
それどころかガレスとアンバーは楽しそうに笑っていた。
「おいアンバー、そろそろ能力を使わないとヤベェんじゃないか?」
「……君の方こそ、早く武器を拾いに行けばいい」
ガレスもアンバーも挑発にもなっていない強がりを言い合っていた。
(これは……一体どうなっているのでしょう???)
現在の状況に置いてきぼりを食らったのはオニキスだ。
オニキスには二人がなぜあのようなやり方で戦い始めたのか、戦い続けるのか皆目検討も付かない。
肉弾戦は確かにアンバーの得意分野だが、それは能力と併用してこそ真価を発揮するものだ。
ガレスの戦闘術も武器を使用していなければ効果は薄いのに、ガレスは落とした武器を拾いに行こうともしていない。
どうして今は二人共拳のみで殴り合い、相手の攻撃を避けようともしないのか?
もう重力球を撃ってしまおうかとも考えたが、如何せんアンバーとガレスの距離が近すぎてガレスを巻き込んでしまう可能性がある。
アンバーに重力球の発射タイミングを悟られてしまう為、二人に声を掛ける事すら出来ない。
(う~ん……もう少し様子をみるしかない……のでしょうか?)
のどかな牧草地帯を今も昔と変わらぬ夕日が柔らかな橙色に染める頃、牛舎に向かう油牛達の鳴き声が遠くから聞こえた。
夕日を浴びて向かい合う漢達は、まだ素手での殴り合いを続けていた。
「オラァ!」
ふらつきながらも繰り出したガレス渾身のクソザコパンチを受けて、遂にアンバーが限界を迎えた。
仰向けに大の字で倒れたアンバーの体は遂に限界を向かえてしまい、袈裟懸けに砕けてしまう。
倒したガレスも倒れたアンバーも何も言わず、ただ二人揃って肩で息をするだけだった。
暫し後、呼吸が落ち着いてから口を開いたのはアンバーだった。
「僕の負けだね」
「……そうだ、俺の勝ちだ」
フラついて倒れそうなガレスの体を近くに来ていたオニキスが支えた。
オニキスはもうとっくの昔に戦闘態勢を解除して、ただただ二人の殴りあいを傍観していたのだ。
「……ありがとう」
「いえ、お疲れ様でした」
ガレスの働きを労う様にオニキスは微笑んでいた。
「僕の核を封じるつもりなんだろう?……やるといい」
アンバーはそう言って目を閉じたが、そこにオニキスが問いかけた。
「アンバー、聞きたい事があります」
「……なんだい?」
「なぜ、力を使わなかったのですか?」
「……意地ってヤツをね、張ってみたくなったのさ……くだらない、漢の意地を」
「漢の意地?」
「クオリアにとって性別なんて見た目だけのものかと思っていたけど……案外そうでもなかったみたいだ」
「???」
オニキスは相変わらずアンバーの言動が理解出来なかったが、何故か深く追求する雰囲気では無かった為、空気を読んで口をつぐむ事にした。
アンバーは目を閉じたまま言った。
「楽しかったよ、ガレス……次があるなら、次こそは僕が勝つ」
「ああ、いつでもかかってこい」
ガレスがよろめきながら片膝を付くと、力強くアンバーの手をとった。
その手を握り返してからアンバーは何も言わなくなったので、なんだか腑に落ちない気持ちのままオニキスはアンバーの核を封印したのだった。