星のクオリア9
「やあ」
全身真っ黄色の肌で黒の際どいブーメランパンツ一丁の突然なマッチョマンは、フロントダブルバイセップスのポーズのまま優しさ溢れる穏やかな笑顔で二人に挨拶をした。
「…………」
「…………」
「…………」
ガレスとオニキスは勿論マッチョマンすら無言の、なんかよくわからない沈黙が訪れた。
二人などお構いなしにマッチョマンは悠然とサイドチェストのポーズへと移行していた。
ゆっくりと時間を掛けながらポーズの変更を終えたマッチョマンがようやく口を開いた。
「半年ぶり位かな?久しぶりだね、オニキス」
「……貴方は相変わらずですね、アンバー」
「お前ら知り合いかよ!!」
ガレスは奥歯になにか挟まった様な顔でオニキスに聞いた。
「あー……もしかして、その、彼も?」
「そうです、彼も私と同じクオリアです。彼は、クオリア・アンバーは主に岩石や地面に作用する力を持っています」
オニキスの簡単な紹介を受けて、アンバーが爽やかなスマイルとバチコーンという情熱的なウィンクをガレスにプレゼントした。
「あはは……どうも……」
すっかりアンバーの持つ独特な雰囲気に呑まれてしまったガレスは、曖昧な愛想笑いを返す事しか出来なかった。
アンバーは改めてオニキスの方に向き直ると一転して厳しい表情になった。
「オニキス……僕がここに来た理由は、わかってるよね?」
アンバーの声や表情は相変わらず穏やかだったが、場の緊張感が増した事を二人共が即座に理解した。
クオリア・アンバーは強い……そして戦いは避けられないだろう。
「メタトロンを持ち出すなんて、どうしてそんなことをしたんだい?あれは僕達の言わば原石……もう一人の親とも言える存在。無限のエネルギーがあるなんて言われているけどさ、別に独占したからって何かが出来る訳でもないのに……一体どうして?」
「…………」
アンバーは表情を曇らせて、心底残念そうに首を左右に振った。
「沈黙か……僕に君の事情はわからないが、それもいいだろう。気が進まないが僕も上からの命令通りに動くとするよ……オニキス、君が研究所から奪っっていったメタトロン……力づくでも返してもらうよ?」
「えぇ、私も譲る気はありません」
三者の緊張が極限まで高まっていた時、突如として大きな地震が牧草地帯を襲った。
突然の地震に家畜達は怯えて逃げ惑い、果樹達もザワザワと葉を鳴らした。
「地震!?これがアンバーの力なのか!?」
「いや、僕はまだ何もしてないよ」
慌てるガレスを尻目にアンバーはゆっくりと拳を振り上げると、それをそのまま渾身の力を込めて地面に振り下ろした。
強力無比なアンバーの拳は爆発の様な打撃音を周囲に響かせると地震はピタリと止まって、代わりに地中から岩盤が大きく隆起した。
「何かするのはこれからさ……いくよ」
ガレスが並び立とうとするのをオニキスが片手で制止した。
「オニキス、俺も……」
「貴方は下がっていて下さい」
オニキスの言葉に明らかな拒絶を感じたガレスは、おとなしく見守る事にした。
ここで意地を張って足手まといになっては話にならない。
「……わかった、だが危ないと感じたら無理矢理にでも助けに入るからな」
ガレスのこと言葉にオニキスは少し困った様に微笑んだ。
「私は貴方が素直に逃げてくれた方がやりやすいのですけど……」
「オニキスが勝てばいいんだよ、そうしたら俺も危ない目に合わないし、全部上手く行くさ」
「簡単に言ってくれますね、全く……」
ガレスが後方に下がってからも、暫しの間オニキスとアンバーは無言で対峙していた。
恐らくどちらかが動けば、その瞬間に戦いの口火が切られる事になるだろう。
息の詰まるような静けさの後、アンバーが最初にオニキスに向かってスプリンターのフォームで走り出した。
それに反応するようにオニキスも翼を展開するとアンバーの突進を迎え撃つ構えを見せた。
アンバーの進路を阻害する様に両手から散弾の様に細かい重力球を前方にばら撒くと、アンバーは重力球の雨を地面から生成した岩の盾で受け止めながら走り続けた。
岩の盾が重力球を受け止めると穴あきチーズの様にボロボロになって消失してしまうが、アンバーも素早く次の岩盾を再生成してまた重力球を防ぐ。
アンバーの周囲の空間が歪む……オニキスの能力によって彼の周囲の重力が倍加しているが、アンバーのパワーはそれをものともしない。
「フゥン!」
アンバーは思い切り足に力を込めると、足元の地面が隆起して二人の間に巨大な岩盤の壁が現れて、それがオニキスの居る方向に向かって倒れてきた。
オニキスはそれを後ろに飛び退く事で回避すると、今度は負けじと30メートルはあろうかという巨大な重力球をアンバーに向かって撃つ。
なんとアンバーは重力球へ向かって真っすぐに突っ込んでいくではないか。
あの勢いのままでは巨大な重力球を回避する事は不可能だ。
「もらった!」
勝利を確信したオニキスが叫ぶ。
重力球は言わば『防御無視の空間攻撃』であり、重力球に込められた超重力が弾けた周囲の空間ごと物質を巻き込んで対象を圧壊させる。
そこに盾の固さは関係ないのだ。
どの様な防御力を誇ろうとも空間諸共潰れては意味を成さない。
「それはこっちの台詞だよ!」
防御も反撃も無意味……な筈だった。
アンバーの真っ直ぐに突き出した拳はオニキスの重力球を「割って」そのままの勢いでオニキスの脇腹に突き刺さった。
オニキスは咄嗟に斥力を発生させてアンバーとの距離を取ってパンチの威力の軽減を試みるものの、脇腹は一部抉れてしまい、胴体にも大きくヒビが入った。
「ぐぅぅぅ!!!バカな!?私の重力球が!?」
アンバーはそのまま追撃はせず、空中に浮いたままアブドミナル・アンド・サイのポーズを決めていた。
「オニキス……どうやら君は僕の能力を勘違いしているみたいだね?僕の能力で割れるのは地面とか腹筋だけじゃないんだよ」
「そんな……」
アンバーの能力についてオニキスは完全に初耳だった。
いくら兄弟とはいえ、研究者でもないオニキスが他のクオリアの能力を勘違いをしていたとしても、それは仕方ない事だ。
「もういいだろう?……大人しくメタトロンを渡してくれ、オニキス」
自分が優勢だというのにアンバーの表情は暗かった。
アンバーの優しさや苦しみを察したオニキスだったが、それでもこちらにも引けない理由はある。
「……それは出来ません」
とは言ったものの、オニキスとアンバーの能力・戦闘スタイルは抜群に相性が悪い。
オニキスの能力は防御無視が強みなのに、それを先程の様に無効化されては意味が無い。
高い誘導性を持ち、サバイバーすら無効化出来るオニキスの力も強みを殺されてしまえば、普通の銃弾と大差ない。
そして銃弾程度の威力ではアンバーを止める事は不可能だ。
さらに言うとオニキスはさっきの一撃を腹部に貰った事で機動力が落ちていて、無理に動けば胴体に入ったヒビが拡がってしまい、身体が砕けそうになってしまっている。
一気に窮地に追い込まれたオニキスが次の一手を考えあぐねていると、オニキスと入れ替わる様にガレスが背後からアンバーの前に立ち塞がった。
「選手交代だぜ!」