星のクオリア7
クオリア・ルビーとの激戦の末、今度は首だけになったクオリア・オニキスは身体が再生するまでの間、何も出来る事が無く暇だったので、仕方なしにぼーっと星空を眺めていた。
(日が昇る頃には最低限動ける程度までは再生してくれるといいんですけど……)
クオリアの自己再生には個体差があり、同じクオリアでも体調等によって速度が変わる。
オニキスの自己再生速度は兄弟の中では遅くも無く速くも無い、丁度真ん中くらいだ。
実際にどの程度の速さかというと、腕一本なら大体一時間で再生する。
しかし失った身体の質量に比例して掛け算の様に再生にかかる時間が増えていく為、今回の頭だけになった場合は再生し終えるまで約8時間はかかる。
因みに全身を失ってコアだけの状態になってしまった場合、全て再生するには丸一日かかる。
(…………………………しかしヒマですね)
満天の星空は確かに美しいが、動けない状態のまま一晩中見せられるとなると流石に飽きてくる。
しかし身動きが取れない状態のオニキスには他にやれる事も無く、とりあえず目を閉じて朝まで寝る事にした。
・・・
ガレスはすっかり湯冷めしてしまった体で一晩中バイクを走らせて、道中夜行性の改造動物に襲われたりしながら夜の山を越え、どうにかこうにか火事のニュースがあったという鉄血砂漠に到着した。
「それにしてもさみぃな……こちとら半分変温動物だってのに、これでハズレだったら流石に泣けて来るぜ」
砂は熱をため込まない為、砂漠の昼夜は温度が激しく、夜の砂漠は氷点下まで気温が下がる事もある。
鉄血砂漠も例に漏れず、今は吐息が白くなる程寒くなっていたが、しかし今夜は少々事情が違っていた。
ルビーの最後の一撃が放った余熱が、まだ砂漠に残っているのだ。
(この熱……もしかしたら……?)
ガレスはより暖かい方向へ行けばオニキスに会えるのではないかと推測し、ホバークラフト仕様に換装したバイクを走らせる。
ホバークラフトはどんな悪路でもスムーズに移動出来る優れものなのだが、唯一の欠点として非常に燃費が悪く、そして貧乏傭兵のガレスにとってそれは致命的であった。
「……あっ!居た!」
暗闇の中、用心深く熱を辿って暗い砂漠を進んでいくと、前方に百メートルはあろうかという大きなクレーターの中心で転がってるオニキスを見つける事が出来た。
「おーい!」
ガレスは大声で呼びかけながら、オニキスの首が転がっている所へと向かった。
それにしても『砂漠で生首を見つけて喜色満面に近づくヒト』なんて、事情を知らない人が見たら随分サイコな光景に見えるだろう。
「……え!?その声はもしかしてガレスさんですか?なぜここに?」
首だけのオニキスはガレスの方向に顔を向ける事も出来ないので、夜空を見たままだった。
ガレスはオニキスの首を拾い上げると、自分の顔の正面の高さまで持ち上げて目線を合わせた。
「鉄血砂漠で原因不明の火事が発生したってニュースで聞いて、もしかしたらと思ったら居ても立ってもいられなくて……勢いで街を飛び出して来ちゃったよ、はは」
「本当におせっかいな人ですね……貴方には感謝していますが、私の事はもうほっといて下さい」
オニキスは呆れた風を装って敢えて冷たく言い放った。
ガレスをクオリアの戦いに巻き込みたくないと思ったからだ。
「……だけど君、今だって首だけになっちゃってるじゃないか。いくらなんでも危なっかしすぎる!放っておけないよ!」
「貴方みたいな普通のヒトと私達クオリアは何もかもが違うんですよ、これ以上はハッキリ言って迷惑です」
さらに冷たく突き放す様な言い方のオニキスには取り付く島も無い様子だった。
「……すまない」
落ち込んだ表情のガレスにオニキスは強い罪悪感を感じたが、それでも冷たい態度を貫かざるを得なかった。
おそらく彼のヒトの良さや好意につけ込んで利用し、捨て駒にでもした方がオニキスの任務は達成しやすいだろう。
しかしオニキス自身の感情として、それは許容出来そうになかった。
このおせっかい焼きの大男を利用する事は彼に対する恩を仇で返す行為になるし、何よりもヒトの優しさに付け込むのは卑怯な真似はしたくない。
クオリアは鉱物生命体で何もかも違うとガレスを突っぱねたが、心はヒトと同じなのだ。
「わかったら今すぐ街に帰って下さい」
非常に辛かったが、オニキスは祈る様な気持ちでガレスが諦めて立ち去るのを待っていた。
しかしガレスが取った行動は、オニキスの予想を超えるものだった…………………………………………土下座である。
「……ええぇ?何をしてるんですか貴方は???」
困惑するオニキスによそにガレスは赤い砂の地面に力いっぱい額を擦り付けながら言った。
「これは俺のわがままだって言うのも、君に何か込み入った事情があるのもわかってる……だけどどうしても君を放っておく事が出来なないんだ!頼む!俺も連れて行ってくれ!」
「はぁ!?私の話を聞いてなかったんですか貴方は!?」
「そこをなんとか!この通りだ!」
まだ夜も明けない鉄血砂漠でオニキスとガレスの不毛な問答がしばらく続いた……が、結局の所、最後にはオニキスが根負けした。
「もうわかりました!わかりましたから!いい加減に頭を上げて下さい!!」
「やった!ありがとうオニキス!」
「……はぁ、いいですか?危ないと思ったらすぐに一人で逃げて下さいね?私達クオリアの戦いというのは、通常のそれとはまったく違う……例えば自然災害のぶつかり合いの様なものなんですから」
「わかってるさ、俺だって命は惜しいし自分の身を最優先に考える……だから心配ないさ」
「……ホントに大丈夫なんでしょうか」
そんな訳で、オニキスの旅に付いて行く事になったガレスに首だけのオニキスが言った。
「そうだ。出発する前に頼みたい事があるのですが……」
「ん?なんだ?」
「あのすり鉢状になってる地面の中心に赤い宝石がある筈なのです……それを探して来て下さい。そんなに深くは埋まってないと思うので、表面の砂をどければすぐに見つかるはず」
オニキスが言ってる場所というのは、つまりルビーが倒された場所の事だ。
「赤い宝石……一体どういうことだ?」
オニキスの指示の意図がわからなかったガレスが聞き返した。
「私達クオリアの身体には必ず核となる結晶が存在します。それがヒトでいう所のクオリアにとっての心臓と同じ様なものなのです……先程私と交戦したクオリアの核……彼女が再生する前にそれを確保しておきたい」
「成程そういう事か……わかった、ちょっと探してくる!」
ガレスは二つ返事で了承し、指示された場所の地面の砂を手で掻き分けて宝石を探す……するとオニキスの言う通り地面からそれ程深くない所から目当ての宝石が見つかった。
三角形を二つ繋げた双三角錐の形をした、炎の様に真っ赤な大粒のルビーだった。
宝石に興味のないガレスも思わず魅入ってしまう程の鮮烈な美しさを持つその宝石……そんな事をする気は毛頭無いが、売ったら相当な高値が付きそうだ。
「おぉ~スゲーなコレ……!!」
「……なにジロジロみてんのよ、オッサン!!」
「うおお!?なんだなんだ!?」
突然どこからか聞こえてきた声に驚いたガレスは危うく宝石を落としそうになった。
ガレスの周囲に人影はなかったが、手元にあるルビーがチカチカと点滅している。
「驚いたな……その状態でも話せるのか……」
「デカイ図体でみっともないわね……ってあら?アンタ、マテ研のヒトじゃないの?」
「いや、違うが……」
「じゃドロボー!?」
「いや違うが!?」
「じゃあ一体なんなのよアンタ?なんでこんな時間にこんな場所に居るワケ?」
「オニキスの……えー……付き添い、みたいな?」
「そんなの知らないわよ!」
「それよりも、なんだこれ?俺は今どうやって会話してるんだ?」
「アタシがアンタの脳みそに信号飛ばしてるだけ」
「えぇ?クオリアって凄いんだな……」
ここでルビーは何か察したようだった。
「なるほどね……読めたわ。オニキスのヤツ、私を封印するつもりなんだわ」
「封印?」
「くわしくはオニキスにでも聞きなさいよ、私はもう寝るから」
「えっ、まだ君に聞きたい事が!もしもし?もしもーし??」
それっきりガレスが話しかけてもルビーは何も言わなくなった。
ルビーにはまだ聞きたい事があったが、話してくれないのではどうしようもない。
ガレスはルビーとの会話を諦めて宝石をオニキスの所へもっていく事にした。
「宝石持ってきたぞー」
「……確かに。お疲れ様でした」
「そういえばこの宝石が封印がどうのって言ってたんだが、何の話だ?」
「我々クオリアには皆自己再生の機能が備わっています、この赤い宝石……クオリア・ルビーも放置すれば約1日で再生し、再び私の前に立ちはだかるでしょう」
「なるほどな」
「私のイヤリングに触れてください」
ガレスが言うとおりにすると、イヤリング型のキャスターが起動して長方形の箱が現れた。
拾い上げて見てみると、それはマテリアル研究所のロゴマークが描いてある面は蓋になっている小物入れの様な造りをしていた。
「なんだいこの箱?」
「それは通称『宝石箱』と呼ばれている装置です。その中にクオリアシリーズの核を入れると自己再生を阻害し、封印する事が出来ます」
「なるほどな、じゃあここにさっき拾ってきたルビーを入れるんだよな?」
「はい」
「これで良し……では出発しましょう、私を運んで下さい」
オニキスの指示に従って、ガレスがオニキスの頭を丁寧に持ち上げた。
「はいよ……それにしても生首と話すって、どうも慣れねぇなぁ」
「それは……まぁ、我慢してもらうしかないですね」
こうしてフリーランスの傭兵ガレス・ギャランティスは自身をクオリアの謎多き少女、オニキスの目的すら判然としない旅に同行する事になった。