星のクオリア6
赤い砂漠の夜、日没で冷え切った砂の上でオニキスとルビーのにらみ合いが続く。
ルビーは中国拳法の構えのまま、自身の周囲に炎を纏う様に渦巻かせていて、対するオニキスは両手を腰の高さで広げてルビーに掌を見せるように構えている。
オニキスが能力を使う時は掌から力を放つ事が多い為、戦闘時は自然とこの構えをとるようになった。
夜の闇に紛れて遠目からは見えにくいがオニキスの周囲の空間は揺らめく陽炎の様にぐにゃりと歪んでおり、何らかの力がそこに滞留しているというのがわかる。
それはクオリアとしてのオニキスの力、重力操作の影響によるものだ。
張りつめた糸の様に高まる緊張感の末……先に仕掛けたのはルビーだった。
猛烈な加速と同時に赤い砂を蹴り上げて走り出すと、地面に炎の軌跡を残しながら30メートル程の間合いを一息で詰めてきた。
それを見越していたオニキスは背後に飛び退きつつ、周囲の重力球を生成しルビーを阻む様に次々と撃ち込む。
ルビーはネコ科の獣の様なしなやかな身のこなしで紙一重で重力球を避けながら、拳から繰り出した火球を放ってオニキスの重力球にぶつけて相殺する。
更に加速して突っ込んで来るルビーは何がなんでも接近戦に持ち込むつもりらしい。
ルビーの戦い方は実直であり、本人もそれを隠そうともしない。
それにクオリアの中ではオニキスが肉弾戦が不得手である事をよく知っているからこそというのもある。
(くっ!……やはりルビーの方が速い……ならば!)
追いつかれると悟ったオニキスは逆に急停止して地面に踏ん張って迎撃の姿勢を見せると、そこに間髪入れずにルビーが一切の減速が無いまま突撃した。
スピードが十分に乗った、しかもルビーの体躯からは想像も出来ない程の破壊力を秘めた拳がオニキスを捉えようとした瞬間、オニキスは逆にルビーに接近する事でギリギリで拳を避け、そのままルビーの拳とすれ違うと、カウンターで重力球を放つ。
「哈ッ!!!」
ルビーはオニキスを振り返る事なく突き進み、転進と同時に回転しながら追いすがる重力球を回避して、拳をオニキスへと向けて、気合と共に直径20メートルの巨大な火球を連続で撃ち込んだ。
オニキスも火球を迎撃するべく重力球を撃ち込むが、その瞬間、火球の中に青い蝶の翅が見えた。
なんとルビーが自分で放った火球の真ん中を突っ切って来たのだ。
「しまったっ!?」
「もらったわよ!!!」
オニキスが気付いた時には既に遅く、もう回避行動が間に合わない。
ルビーの蜂の様に鋭いドラゴンキックで左手で受ける。
しかし充分に力を練られていなかったいで蹴りの方向を逸らして威力を減衰させるのが精一杯だった。
それでも蹴りの衝撃で吹き飛ばされながら、なんかとか体勢を立て直すと、両手両足を地面に付いて蛙の様なポーズで地面に貼り付いて、オニキスはどうにかこうにか着地に成功した。
追撃を警戒したオニキスだったがルビーが襲い掛かってくる様子は無い事に違和感を覚えた。
「居ない……!?」
怪訝に思うオニキスの背後から赤い砂に紛れて研ぎ澄まされた鋭さを持つ炎が襲い掛かる。
「ハァッ!!!」
「ちぃっ!!」
オニキスは急ごしらえの反重力場を形成して、なんとかルビーの攻撃を防御しようと試みる。
そこへ渾身の力を込めたルビーの鉄山靠が『文字通り』炸裂する、ルビーは鉄山靠に炎を力をプラスして大爆発させたのだ。
ルビーの猛攻はそれで留まらず、次は今の爆発よりも更に強い炎の予兆が見える。
こうなってはオニキスとて出し惜しみ出来る状況ではない。
こうなったら単純な出力で相手を上回るしかない……そしてそれはルビーの望む所だった。
「ルビィィィィ!フレイムッ!!!」
「グラビティ!オニキス!」
お互いに自身の能力名を叫ぶ事をトリガーとしてリミッターを取り払い、限界まで力を引き出してぶつけ合う。
そしてクオリアは自身の身体を物理的に削って能力を使用する為、限界まで能力を使えばヒトの形を保てなくなる。
つまりガレスと出会った時のオニキスの様に体のどこかを欠損してしまい、五体満足ではいられなくなる。
戦闘中にこうなってしまう事はクオリアの明確な弱点だ。
自分達の身体を能力の源に変換し消費するクオリアの特性から、自分の身体が砕ける事はクオリアの二人は重々理解していた。
チャンスはこの一回のみ、こうなってしまっては何が何でも相手の出力を上回って、相手を戦闘不能にするしかない。
オニキスの重力とルビーの炎が激突した時、紅蓮の炎で鉄血砂漠の空までもが真っ赤に染まった。
僅差ルビーの炎がオニキスの重力に競り勝って、オニキスの四肢は完全に砕かれてしまった。
「やった!!!」
自身の両腕も砕け散ったが、バラバラになって吹き飛ぶオニキスを見てルビーはようやく己の勝利を確信した。
しかしその瞬間、ルビーの足元の砂がすり鉢状に窪んで蟻地獄の様に、ゆっくりとルビーの両脚を飲み込み始めではないか。
「なによコレ!?」
虚を付かれたルビーだったが、すかさず残った力で炎を推進力に変換するとジェットブースターの要領で脱出を試みた。
しかしおかしな事に加速しても足元の緩慢な流砂から全く脱出出来る気配が無い。
余力が少ないが為に出力が落ちているのかと思ったが、ルビーは違和感に気付いた。
(さっきの衝突の時、オニキスはやけに呆気なく私の攻撃を食らった。クオリア同士が全力でぶつかって『あの程度』で済むはずが無い……)
しかしあの時オニキスも間違いなく全力で能力を使用していた筈……戦いはルビーが優勢だっととは言え、あんなに一方的に打ち勝てるのはおかしい。
(確かにオニキスも全力だったハズ……まさか……!?)
そう、その答えはルビーの足元にあった。
これは蟻地獄ではなく、地中に発生した超重力に砂が吸われているのが『蟻地獄の様に見えているだけ』
そしてオニキスの攻撃はルビーの油断を誘う為にまだその力を解放してはいなかった。
「全力に見せかけて二段構えだったって事!?やってくれたわねッ!!」
ルビーがオニキスのいる方向をにらみつけると、そこには首だけになったオニキスが転がっていた。
「本当に危ない賭けでした……でも、今回は私の勝ちですね」
その言葉を最後にオニキスが目を閉じると、巨大化した重力球にルビーの全身が飲み込まれた。
「……オニキス!アンタ覚えてなさいよ!!!」
バツン!とオニキスの重力球が弾ける音がして、それきり砂漠は静寂を取り戻したのだった。