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第139話 奇遇ですね

 声の主は、葵だった。

 葵の周りには見慣れぬ女子達が3人ほど。恐らく葵の同級生にして、友達なのだろう。

「ゴメン、ちょっとだけ時間ちょうだい」

 と葵が周囲の友達に断った。

 距離が結構あるので春野の耳には届かなかったかもしれないが、葵が一人だけ友達の元を離れ俺達の元へ近付いてくるのを見れば、春野も向こうのやり取りは大体察しただろう。


「奇遇ですね、胡星先輩、春野先輩」

「あ、ああ」

「こ、こんにちは、葵ちゃん」

 俺も春野も、挨拶の言葉に一度詰まってしまった。

 俺と春野が互いの腰に巻いた腕は当然とっくにとうに解除され、今は互いに常識の範囲内の間隔を取っている。ソーシャルディスタンスだっけ? よく知らないけどそんなヤツ。


「お付き合いしてるなら、言ってくれてもよかったんじゃないでしょうか」


 何の前触れもなく突然ズバリ。

 そりゃ葵から見たら誤解するよな。

「違う。俺達は断じて交際していない」

「そ、そうだよ」

 春野も俺も否定した。

「それなら、さっきのは何なんですか」

「さっきの?」

「私が声掛けるまで、互いに腰に腕を回してましたよね」

 やっぱそこ突っ込んでくるのか。


 互いの腰に腕を巻くような仕草なんて、女性の友達同士なら戯れでやることもあるかもしれない。

 しかしながら男女の場合となれば、友達の関係でそれをやるのは見受けることはあるまい。おふざけでやるにしてもハードルが高い。

 少なくともどちらか片方に恋人がいるのならそこそこまずい行為と言っていいと思う。

 なのに男女でそういうことをするのなら、やはりその男女がカップルだからという事情以外は、まあ考え付かない。

 俺でさえそのような光景を客観的に見たらカップルと判断してしまいそうなだけに、葵への説明が面倒だった。


「それと、何かキスしようとしてませんでした?」

 ……コイツ、春野のぼやきが聞こえてたのか?

 春野は確かにキスについて呟いていたが、あの小声を葵のいる距離から聞こえてたなら相当な地獄耳だぞ。実に安達以上の聴力の持ち主といえよう。

 もっとも実際に聞こえてたわけではないんだろうが、葵にとってはそういう雰囲気に見えたらしい。鋭いな、この後輩。

 もう葵には何言っても信じてもらえなさそうだし、「お前には関係ないだろ」で済ませようかな。

「あれ、はね。言ってみれば私の練習に、黒山君が、付き合ってくれた感じ、なんだ……」

 と、春野がここでカミングアウト。

 もう申し開きはできないと悟ったか、白状する方針にしたらしい。

 俺としてももはやどうするのが最善なのかわからないだけに、春野に対応を任せることにした。楽だし。


「練習、ですか?」

「そう。実は……」

 日高から春野に男慣れしてほしいとのことで、俺を対象に春野が男と距離なく接する練習をしてもらおうと今回二人での外出を敢行したこと。

 そしてあらかじめ日高に言い渡されたお題をこなしていた最中であること。

 以上の事柄を適度に要約しつつ、春野が説明し、俺が時々補足を入れた。

 ……やっぱり日高に唆されてたのか、春野。薄々感付いていたとはいえ、お題については俺も初耳だったぞ、おい。後でそのお題の詳細を俺にも共有してくれ。切実に。

「……そうですか」

 葵は果たして、納得してくれたのだろうか。

「でも何で、胡星先輩なんですか? 春野先輩や日高先輩なら、仲良さそうな人達一杯いそうですが」

「そ、それはね……」

「春野は基本、女友達ばっかだぞ」

「そうなんですか?」

 どうも葵は春野と日高の交友関係に詳しくないようだ。学年も離れてるしムリないか。

「てことは春野先輩も日高先輩も、男の方の友達は胡星先輩だけ?」

「友達ってほど仲良いかはわからんが……」

「……」

 春野が俯き、黙り込んだ。ホワイ?


「貴方の認識は置いといて。でも意外でした。春野先輩、男の人が……」

 葵がここで、何かに気付いたかのような表情を見せた。

「いえ、すみません春野先輩。お時間取らせました」

「い、いや、いいよ全然!」

 そして、やにわに頭を下げてきた。何だ何だ、この変わり身は。さっきまでどこか責めてる感じの口調が、嘘みたいだぞ。

「俺らより、向こうに待たせてるお友達はいいのか?」

 俺が視線にて、葵の友達に注意を向ける。

「ええ。なのですみませんが、また今度」

「わかった。じゃーね、葵ちゃん」

「じゃあな」

 葵は友達のいる場所に戻っていった。



「……ビックリしたな」

「ア、アハハ、葵ちゃん、いつも元気で明るいよね」

 春野、葵に対してそこまで気を遣うことないと思うぞ。いや、皮肉なのか? 春野に限ってまさかとも思うが。

 春野の方は葵に元気を吸い取られたのか、さっきよりテンションが落ちてるように見えた。

「……疲れたなら日を改めるのもアリなんだが」

 俺自身チャンスという思いもあったが、今の春野の調子を見ていると、多分同意するだろうな、という予感がした。

「うーん……黒山君には悪いけど、今日はもう大丈夫、かな」

 ほら、やっぱり。


 今日はもう帰るという方針に決まった俺達は、駅に向かって歩いていった。

 もちろんその間、手を繋いだり腰に腕を回すことはしなかった。


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