第138話 ファッションぐらい
(日高曰く)デートの当日、俺は春野と例によって駅で合流した。
「おはよ、黒山君!」
「おはよう」
と挨拶。ちなみに今は午前11時ぐらい。11時ぐらいは早いのだろうか、と思ったけど人によりけりだろうな、そこは。ということは春野も朝の11時は早いと思うタイプなのか?
「今日も迷惑掛けちゃうけど、よろしくね」
「ああ」
遠慮しいしいの春野の服装は、落ち着いたファッションを身に纏っていた。
夏の頃までの春野は俺や日高との外出の度に刺激的な服装をしていた。
大方日高に唆されてしてきた格好はいずれも普段の春野からは考えられないほどに露出の多いものばかり。よって、近くを通り掛かった通行人(特に男性)から視線を向けられることが多く、春野はもちろんのこと目立つことが好きじゃない俺も相応に負担がのしかかっていた。
しかし、今回はそのようなイカれた服ではなかった。
当然と言えば当然かもしれない。
時期はもう秋分も過ぎ、いよいよ秋本番。
この前までの猛暑はとっくに終わり、最近は朝晩もめっきり涼しくなっている。
そんな中で真夏の雰囲気全開の肌寒い格好なんて春野もゴメンであろう。日高だってムリには着せなかったことが想像される。
「どうしたの、黒山君?」
春野の方(正確には春野の着ている服の方)を見て黙っていたら、春野が心配そうに声を掛けてきた。おっと。
「いや、久しぶりに普通の春野を見た気がして」
「え、どういう意味?」
俺の所見に対し、春野はチンプンカンプンの様子。
「暑いときはなかなかフランクな格好してたからな」
仕方ないのでオブラートに包まず言ってあげる。
「あ、あー……そだね」
春野にとっても恥ずかしい思い出なのか、俯きながら頬を赤くしていた。
「黒山君は今の私と夏のときの私、どっちのファッションが好き?」
また答えるのが難しい質問を。
こんなのどっちを選ぶにしても相手の気分が微妙になること請け合いじゃないか。
それとも「どっちの春野も素敵だよ」とか言ってほしいのだろうか。
俺もそういうのが気障ったらしくも無難かと思ったのだが、せっかくだしこの場で言いたいことを優先させてもらおう。
「お前が自然に楽しく過ごせる方」
「え……?」
春野はまたしてもチンプンカンプンな様子を見せた。
そりゃ意味わからんよな、そんなことだけ言われても。
「お前、ファッション次第じゃ動きづらそうにしてた日があったからな」
今年の夏のときは明らかに春野が今までしてこなかったような格好をした結果、春野が周りの目に怯えるような仕草を見せることが多かった。夏のプールのときなんてその最たる例だった。
「そ、そうだったかな……」
「俺にとっちゃ、自分の好みに合わせて自分のしたい格好にしてくれた方が楽しそうだし、相手にしやすいぞ」
慣れない服で臨んで終始肩肘張った状態でいてもらうより、各々思うがままの服を着てもらった方がずっと気楽だ。
大体、自分のファッションぐらい好きに選択させろってんだ。
「うん、ありがと、答えてくれて……」
春野は何を思ったか、微笑んでいた。
春野と合流し、街中を歩くことしばらく。
「ね、ちょっと相談だけどさ」
「何だ」
「この前の、その、腰に手をやるの、二人でやってみない?」
え?
「冗談か?」
「ううん、ホントに」
そうかー……。本気と書いてマジなのかー……。
「理由を教えてもらえないか」
「皐月が言ったデートの目的に沿うかな、と思って」
ああ、アレか。
春野に将来に備えて男慣れしてもらう云々、てヤツか。
植物園のときも同じ名目であり、春野はいろいろと自分から行動を仕掛けてきていた記憶がある。
日高から男に慣れるのに必要だから、とか言われてやってるんだろうな。
俺が返答を考えていると、
「ダメ……?」
春野が上目遣いになる。
最近になって思うんだが、これは天然? それとも計算? 奄美妹とかなら後者だと断言できるが、春野の場合は果たしてどうなんだろうか。
相手が加賀見だったらよかったのに。何の容赦もなく一蹴できるから。
「あー、わかったわかった。じゃ練習するか」
そう言って、半ばヤケになりつつも春野の腰に手を回した。
小さな動物を扱うように、慎重に春野の腰に自分の腕を巻く。
我ながら全くやったことのない仕草に、得も言われぬむずがゆさを覚えた。何だコレ。世のカップルはこんなことを人前で臆面もなくできるのか? スゴくない?
「じゃ、じゃあ」
春野も俺の行動に応え、俺と同じく俺の腰に手を回した。
やはり春野の緊張も相当なもので、俺の腰に巻き付く春野の腕がどこか固く締まり、力が不要に強い感じがした。
横にいる春野の顔について、見るのは遠慮した。
男に免疫のない春野がこんなマネをしてる以上、どんな反応をしているのかは明白だった。
しかし、春野の暴走はまだ止まらないらしい。
「キスも、練習した方がいいのかな?」
正気を疑う発言が春野の口から飛び出した。
いつものような明るくハキハキとした口調ではなく、俺に聞かせるつもりかどうかもわからないぐらいの小ささでぼそりと呟くのが異様に生々しかった。
「しなくていいだろ」
一体日高から何を吹き込まれてきたんだ、お前。
「ア、アハハ、そうだよね……」
春野も今の自分の発言を冗談とばかりに引っ込めるや否や、
「胡星先輩……?」
何でこんなときに、と思うような声音が俺の耳にくっきり響いた。
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