第137話 デートでも
第二校舎のすぐ横。
春野と日高が人目を避けたいときによく利用していた場所だ。
今ではその回数も減ったようだが、内緒話をする際にも使われることがあった。
「やー」
そんな場所へ日高が呼ぶということは、つまりそういうことだろう。
彼女は既にここに来ており、やって来た俺に挨拶してきた。
「や、黒山君」
春野もまた、日高の隣で待っていた。
「用事は何だ。カツアゲか?」
「私らのこと何だと思ってるのさ」
「こんな陰気な場所に呼び出すのなんて恐喝とか暴行に相場は決まってんだろ」
この場所にはあんまり人が足を運んでこない。
その気になれば、そういうおっかない行為もできるということだ。
春野と日高にどういう心境の変化があったのかは知らないがとうとうそういう凶行に、という恐れもなきにしもあらず。いやー残念だ。学校生活でいろいろストレスが溜まってたんだろうか……。
「いやそれ以外の話もしたことあるでしょ」
日高がはぁ、と息を吐いて話題を変える。
どうやらカツアゲとは違うらしい。
「そうじゃなくて、凛華とまたデートしないか、てこと」
俺にとってはカツアゲよりも厄介で、なおかつ以前も聞いたことあるような用件らしい。
……それはそうと、とうとうデートって言い切ったぞ、コイツ。
今年の一学期頃、日高は俺と春野をこの場所に呼び出し、二人きりで植物園に出掛けるよう促したことがあった。
日高は過去の経験から男が苦手になった春野に対して少しでも免疫を付けてくれればと理由を説明していたが、後日に日高が俺と春野の仲を面白がり、あわよくば結ばせたがっていることをバラしていた。
今回は、その焼き直しというわけか。
ここに呼ばれた時点でそういうのを警戒しなかったわけじゃないが、行かなきゃ行かないでより面倒そうな事態が待ち受けているのを長い経験で察していたのと、ひょっとしたらもっと違う用事の可能性(例えばカツアゲとか)があることから、こうして足を運んだ。
その結果が、言わんこっちゃないことだった。
前回と違う点といえば、俺と春野が出掛けることをデートなんてストレートな表現は使っていなかった。俺はもとより、春野に対してももはや取り繕う気ないな、これは。
「ア、アハハ、デートって皐月」
春野も一体どういうつもりなのか。
今までだって日高が春野と俺を何かとくっつけようとしているのに、春野も散々付き合わされてきた身だ。
こうも同じことを繰り返されればさすがに春野も、日高がどういうつもりで俺との外出を促しているか察しそうなものである。
ましてや日高はたった今「デート」なんて身も蓋もない表現を使っているのだ。俺と春野をカップルに見立ててはしゃいでいるのは言い訳も効かないぐらいに明らかだった。
普通の人ならこうして色恋沙汰でからかわれることなんてあんまり面白いものじゃないと思うのだが、春野にそこまで気にした様子が見られない。
日高がこういう性格なのを知ってて、「いつものことか」と諦めに近い感情で受け入れているのか。
はたまた元々春野自身がそうやってからかわれても大して気にしないような鈍……もとい主人公のごとき大らかな性格なのか。多分後者だな。
ともあれ春野が表立って日高の提案に反対する気配がないのは、俺にとって憂える事態だ。
「あれー、黒山、もしかして乗り気じゃない?」
日高も俺の反応に予想が付いていたのか、さっそく俺に確認してきた。
恐らく、春野の前では春野を拒絶するようなマネを俺がしないと踏んでのことだろう。腹立つことに、図星だった。
「そういうわけでもないが……」
図星でありつつもどう言い訳して逃れようか、と考えていたから、
「それなら、私とデートでもする?」
日高の突拍子のない提案に、頭が付いていかなかった。
「え……?」
春野も同様だったらしい。
多くの人を惹きつけそうな微笑みは薄れ、緊張の色がやや混じった表情を見せてきた。
俺ではなく、日高に向けていた。
「いや、なぜ?」
突然の日高の言葉に、とりあえず意図を確認したいと頭が働き、そんな返事が口を衝いた。
すると日高は、
「なーんて、ウ・ソ。もー二人とも本気にしちゃって!」
アッハッハ、と陽気に笑いだした。
……何だ嘘か。
「ああ、冗談だったか。そりゃそうだよな」
今までの話の流れで、日高がそんなことを本気で言うわけない、なんてのは充分推測できることだった。
それなら俺、というよりも俺よりずっと騙されやすい春野をこの場でからかった、と考えるのが妥当だよな。
何だか冗談とは思えないような、少し静かなトーンで言ってくるものだから、気付かなかった。日高もこんな感じでジョークをかますんだな。
「……あー、ウソ、だよね! 全く、驚かさないでよ」
春野は日高の冗談に注意し、もう、とだけ済ませた。
こうして友達の冗談を真に受けるのも日常茶飯事なのだろう。春野はすぐに気分を切り替えているようだった。




