第127話 早業
途中安達の相談を経て、昼食となった。
このときは春野・日高も安達・加賀見・俺と合流して食べると決めていたのでこの五人で輪を作ることになった。
「サッカーは今どうなってるんだろうね」
「知らない。推移も見てない」
途中、そんな会話が交わされた。
女子四人がサッカーを嫌いというわけではない。
サッカーの種目には今年も王子が出場しているからだ。
王子は去年の球技大会でのやらかしもどこ吹く風か、今年の球技大会にもサッカーで出ていた。
かつての人気を取り戻しつつあることもあって、周囲にそのことをとやかく言う者は少なかった。
さすがに去年と同じ真似はさせるまいと運営側も目を光らせているだろうが、女子四人にすれば面白いはずがない。
春野は持ち前の優しさで王子やサッカーの件が話題に上がっても曖昧に笑うだけだった。
不満が出ているのは主に春野の幼馴染からだ。
「今はサッカーボールも見たくない」
おお、何かもうサッカーそのものを嫌ってるような勢いだ。でもボールに罪はないぞ。いやマジで。
「それじゃサッカーのゴールは?」
「見たくない」
「サッカーのグラウンドは?」
「もちろん見ない」
「ホイッスルは?」
「……微妙?」
「いや何の話してんの黒山君もサッちゃんも」
何の話だろ。というより何で日高はこんなしょうもない質問に乗っかってきたんだろ。
「アイツを直接見に行く必要はないと思う。でも、アイツのクラスが優勝するかどうかは知っておいた方がいい」
加賀見が春野・日高に配慮しつつ意見を述べる。
加賀見が言っているのは無論例の球技大会にまつわる噂を踏まえてのことだ。
この球技大会においては何かしらの種目でクラスを優勝に導いたMVPが意中の相手に告白すると成就する、という噂が広まっている。
つまり告白するにはまず自身のクラスが優勝しないと話にならないのだ。
去年の球技大会においても王子は自分のいるクラスがサッカーで優勝した直後に告白へ踏み切っている。
例え本人が直接認めなくとも噂にあるMVPを意識しての行動なのは明らかだった。
皮肉なことに王子はそのときに噂をぶち破るような失敗例をその場にいた人達全員に見せつけてくれたわけだが。
王子がそんな失敗例をものともせず今年も春野へ攻め入るとすれば、まずクラスの優勝が前提になる可能性は大いにあった。
そんな同じ轍を踏むような愚かなマネをするのか、という疑問もあるがそもそも去年の彼の行為が愚かそのものだったので楽観はできない。
サクライ君(仮)といい、本当に恋愛感情は頭をおかしくする作用でももたらすのかと思ってしまう。恋愛って怖い。
「……うん。でも、私は見に行かない。悪いけど凛華も行かせたくない」
春野の行動にまで注文を付けてくる日高。
普通なら春野がそういうのに従ういわれはないと思うが、
「……私も、できれば遠慮したいかな」
当の本人はアハハ、とどこか乾いた笑いとともに日高へ同調していた。
「大丈夫。結果は私が確認してくる」
「私も。だからリンちゃんもサッちゃんもバレーに集中してほしいな」
安達と加賀見がいつになく心強いな。
「ありがと! ゴメンだけどそっちはお願い!」
「ありがとうね、ミユちゃんマユちゃん!」
春野と日高も本来の明るさを取り戻したようだった。
「あ、ところでさー」
日高が俺の弁当に目を向ける。
「ん、どうした。食べ足りなくて他人の弁当まで欲しくなったのか」
「そんな食いしん坊じゃないから。いや凛華ってそう言えば磯辺揚げ好きじゃなかったっけ」
それはまたシブ……いやいや女子高生には珍しいタイプのような。
「え? 好きというか、別に嫌いじゃないけど……」
普通と言わんばかりのリアクションを取る春野のことを、隣に座っていた日高が突如肩を引き寄せた。
そして何か耳打ち。春野がわずかに驚いた表情を見せる。今日の春野何かそんな表情多いな。
「皐月……?」
「リンちゃん……?」
ミユマユも二人の行動に疑問を感じだした。俺もだ。
日高が春野の耳から離れると、
「……あ、うん。そう言えば好き、かな?」
春野の口から日高に操られてるとしか思えない一言が。
「ということで黒山、悪いけど磯辺揚げと凛華の方に残ってるおかず、交換してあげられない?」
……何かどっかで経験したことあるシーンだな。ああ、植物園のレストランか。
あのときも春野と互いに昼食を一口だけ交換したような気が。
「え」
「皐月、本気?」
まあ、そりゃ正気を疑うよな。
「うん、マジ」
日高がそう答えるのと前後して、春野が
「く、黒山君はどのおかずがいい?」
春野が弁当箱を俺の前に差し出した。
食べるペースが速くないゆえか、結構な量が残っていた。
こうなってしまうと、春野は引かない気がする。
配慮のできる常識人だが、一度こうと決めたらなかなか簡単に諦めてくれない。
この一年以上の付き合いのなかで、俺が春野に対して得た印象だ。
「あー、じゃこれいいか」
適当に漬物あたりをチョイス。
ミユマユがそんな俺に意外と思ったかのようなリアクションを見せてくるが、仕方ないだろ。
「わかった」
そして、春野は俺が選んだおかずを自分の箸で俺の弁当箱に入れた。
なかなかの早業だった。
「あれ、あーんは?」
日高、お前そんなこと春野に耳打ちしてたのか。
「黒山君も、これ、私の弁当箱に持ってきてくれると、嬉しいかな」
しかしそんな日高のしょうもない確認は無視の方向で、春野が俺にお願いしてきた。
「ああ、わかった」
俺もさっさと自分の弁当箱に残っていた磯辺揚げを自分の箸で持ち上げ、春野の弁当箱にイン。
弁当の交換作業は以上で終了した。
日高はずっと頬を赤らめてる春野をニヤニヤと見ていた。
ミユマユは
「……昼食終わったらどうしよっか?」
「……とりあえず最初はサッカーの状況を見る」
春野の奇行に特にコメントを寄せず、雑談を再開していた。




