第124話 役得
アイツこと王子は去年の球技大会、自分のクラスがサッカーで優勝した機に春野へ告白してきた。
今でも葵ら一年にまで広まった語り草となっているようだが、日高にすれば自身の幼馴染をこれ以上見世物みたいにするのはたまったものじゃないらしい。
「榊は今年もサッカーに出るんだっけか」
「うん。アイツと同じクラスにいる私達の友達に裏を取ってきた」
用意周到なことで。
「だからアイツのいる七組が出るサッカーの試合は、まず近寄らない」
そりゃあな。今にして思えば俺達全員で王子が優勝する場に居合わせて春野のいる場所を認識させてしまったことも迂闊だった。
できる限り春野を王子から遠ざけておけば奴の告白するチャンスは少なくなってくる。
王子が春野を探して迫ってきたときは露骨に逃げ出すマネをしても周りは文句言うまい。日高は間違いなくそう対処するだろう。
とにかく、王子に春野の姿をまともに見せないのが肝要なのは俺でも理解できた。
と、ここで日高が王子以外の点にも踏み込んできた。
「今回私が一番警戒してるのはアイツだけど、他の男共にも凛華へアプローチ掛けようとするのが出てくるかもしれないんだよねー」
「それ言い出したらキリないんじゃないか」
校内の男のみならず、街中で春野を見掛けた男からもナンパされる可能性は常に警戒しなきゃいけなくなると思うんだが。いや実際春野と日高は既にその意識で日常を過ごしてるのかもしれない。そう思うと頭が下がる。
「今日のイベントはバカな噂が立ってるから特に気を付けないと」
日高がバッサリ。去年は言わずもがな、今年も気を張り詰めなきゃいけなくなりそうな原因となっているだけに容赦はないようだ。
「それで、具体的にはどうすればいい?」
加賀見が日高に確認。日高の様子から腹案があると見て尋ねたというところか。
「フフ、それはね……」
日高が俺の方に視線を向ける。
「黒山と凛華に二人きりでしばらく一緒にいてもらおうってことさ!」
突拍子のない日高の戯言に
「ええ⁉」
春野が律儀に驚いてくれた。いや演出とかではなく素でビックリしてるのはわかってるが、なんてベタなんだろうか。
「……どういうこと?」
「ゴメン、私も説明欲しいな」
加賀見、安達が怪訝な表情。いやこんなの日高がただ冗談吹かしただけだろ。お前らまで真に受けなくても。
「これから告白しようって相手が異性と一緒に過ごしてるところを見たら相手の気をすっごく削げると思うんだよねー」
それはあれか。俺を春野の彼氏に偽装しようって肚か。
つまり本気でこんなアホな案を実行に移そうってことか。
「それなら今の私達で行動してもいい。黒山がいればそれでいいってことだし」
な。加賀見に同意するのも癪だが。
「それだと効果薄いと思う。黒山が凛華の友達の一人としてしか映らなくなるんじゃないかな。現にアイツは去年黒山含めた私達で囲っても全く構わずに告白してきたんだし」
去年の王子は俺達どころかサッカーの優勝のイベントに駆けつけた観客達の目もあるなかで告白してきた。
でもそんな奴の胆力を考えたら奴に限っては男と二人きりで過ごしていようと構わずアプローチしてきそうな気が。
ああ、王子以外を牽制するのには効果あるのか。でもなあ。
「……それ、ホントに効果あるのか?」
どうにも日高がいつもの調子で俺と春野をくっ付けようと画策しているようにしか思えない。
今回は春野のためという大義名分があるからなおのこと。
「ある」
何だその断言は。
肝心の春野さんは頬を赤らめたまま特に意見を発さず。
お前もイヤならイヤとハッキリ言った方が、と思いきや
「……私は、いいと思う」
なんと日高に賛同してきた。
「おお!」
日高が何とも嬉しそうな声を上げた。さらには春野の様子を見てニヤニヤしていた。
「黒山君は、イヤ、かな?」
春野が俺の意向を確認してきた。
春野がこんな案に乗っかってきた理由はよくわからない。
よくわからないが、春野自身がこの案に賛成というならば俺から強く反対するのは難しい。
仮に別の案を押し通して去年と同じかより悪い結末にでもなったらその責任は取り切れない。
「わかった。それじゃ必要になったらそうするか」
本日の大体の行動方針はこれにて決まった。
「じゃ、よろしくねー」
日高はすっかりご機嫌顔に。おい、お前さっきまで王子のことを警戒して不機嫌そうな顔になってたんじゃないのか。
「……うん、黒山君、リンちゃん、今日は頑張ってね」
「ガンバ」
安達・加賀見はいつも通りの落ち着いた態度。
加賀見が俺の方に近付いて
「役得とか思ったりしてない?」
と小声で意味不明なことを言ってきたので
「いや別に」
と同じくらいの小声で返事しておいた。
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