第120話 来月までに
そんなこんなで食事を終え、一安心したところで。
「奄美先輩、先生、この後お二人はどちらへ?」
深央が俺達のスケジュールを確認してきた。
「この後の予定は特にないわ。駅へ行って解散するだけね」
「そうですね」
奄美先輩の言葉に同意する。
奄美先輩は受験勉強をしなくてはならず、元々そんなに外出へ時間を割くつもりもなかったのだ。
俺も元々一人で過ごしたいという意向があって、奄美先輩の意思を尊重するという体で賛成した。
「そうなんですか」
「僕達はこの後別のお店を回る予定なんだけど、一緒にどう?」
奈央がそう水を向ける。なぜか視線は俺寄りになっていた。
「いや、この後俺も勉強したいしな」
と当たり障りのない言い訳を使用。学生の本分だ。文句あるまい。
「そう。それじゃ、ここでお別れだね」
「残念ですが、本日は楽しかったです。また機会があれば」
ということで岸姉妹とは本日ここで別れた。
「個性的な子達だったわね」
岸姉妹と別れて駅に向かいだして開口一番に奄美先輩が放ったのは、岸姉妹への印象だった。
「全くもって」
俺が彼女達を主人公にすべく叩き込んだ演技を惜しみなく披露してんだ。そりゃ個性溢れるキャラクターに映るさ。もうしなくてもいいのに。
「彼女達とは仲良いの?」
「アイツら二学期に転校してきたばっかなんですよ。俺も先日会ったばかりで」
「ああ、さっき話してたわね」
「だから仲良いかと言われても何とも」
とだけ答えた。岸姉妹とは実際にそんな程度の関係だ。
しかし今の奄美先輩の質問。
これは女子四人に続き奄美先輩も彼女達に興味を持ってくれましたか。
この調子で俺と接してきた人達がアイツらに興味を持ってくれれば俺も楽ができるというものだ。
……そう考えると岸姉妹が今の主人公ムーブをかますのは都合がいいのでは?
俺がそうであるように、大抵の人は主人公のごとく特徴的な人間には関心を抱くと思う。
相当性格が悪い場合はその限りでもないが、岸姉妹は姉妹同士でもない限り配慮をしつつ、適切な距離を調整して付き合えるタイプだろう。
中学の頃や現在の女子達への態度を見るにそんな人と仲良くなれないようには思わない。
その上で重要なのは今でも俺の伝授した主人公さながらのキャラを表に出し続けていることだ。
俺としてはもうどちらでもよかったが、初めて交流する相手にとってみればあの奇矯な口調は相手への興味をますます深めるはずだ。
関わりたいかどうかは……まあ人によると思うが、ハマる人にはバッチリとハマると思う。
何せあんな口調をプライベートで使う人は現実になかなかお目に掛かれない。語尾に「のだ」を常に付ける人ぐらいにはインパクトがある。
女子四人も葵も奄美先輩も岸姉妹の口調を聞いた上で彼女達の情報を得ようとしているのは、すなわちそういうことと見ていい。
岸姉妹の演技指導は俺にとってムダにならずに済みそうなのか。
帰りの足が心なしか軽くなった気がした。
奄美先輩と乗った電車は、ガラガラに席が空いていた。
四人掛けの席へ斜向かいに奄美先輩と座った。
さて、言い忘れるところだったけど一応言っておくか。
「牡蠣の料理、おいしかったですね」
「ええ。私も楽しめたわ」
奄美先輩と俺は元からオススメと紹介されていた牡蠣料理を頼んだ。
牡蠣は冬が旬のイメージだったが、夏に旬を迎えるタイプの牡蠣もあるらしく、濃厚な味わいがあった。
「でもあの子達、お金持ちだったのね」
「自分も多少知ってはいましたが、いざ目の当たりにするとびっくりしました」
岸姉妹も俺達が牡蠣の料理をすぐに選んだのを見て、同じものを注文したのだ。
それなりに値が張ることと、二人とも後輩に当たることから俺と同様に奢ることを奄美先輩が提案したら
「お気遣いありがとうございます。でも、飛び入りですし自分で払います」
「僕も、ここまでしてもらったら悪いんで」
と丁重にお断りしていた。
そしてそれなりの額のお金を財布から躊躇なく取り出し支払う双子の姿はちょっと大人っぽく見えた。
「ちょっとカッコつかなかったわね、黒山君」
後輩が自腹を切っている前で俺は奄美先輩に奢られていた。
「確かに」
否定はしない。しかし、そういう約束である手前、そして今まで協力してきた対価という話である以上は払う気にもどうにもならなかった。
ちなみに俺の奢られる様子を見た岸姉妹からは
「ウチらとの食事の際もお金出しましょうか?」
「胡星さん、そんなお金困ってたん?」
俺のことを見事に哀れんでくれました。こんな経験生まれて初めて。
奄美先輩の家の最寄り駅に到着した。
「それじゃ、またね黒山君」
「はい」
奄美先輩が席を降り、電車のドアへ向かっていく。
「来月までに食べたい料理あったら言ってね」
その言葉を残して、先輩は電車を出た。
奄美先輩はもう次の外出まで考えてくれてるようだった。
もう何度お願いしたかわかりませんが
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