第119話 面識
かくして奄美先輩・俺は岸姉妹との食事と相成った。
お目当ての店に入り、一同テーブルの席に着く。
「いい雰囲気のお店ですね」
「デートに行くにはいいかもねー」
岸姉妹がお店の雰囲気に感想を述べる。
「デートって、私に恋人はいないわよ」
奄美先輩、デートという言葉に反応。
奄美先輩にすれば王子と交際するのを諦めた以上、恋愛に関する事項は触れたくないのであろう。
「あー、胡星さんと付き合ってるわけじゃないんスね」
奈央がいきなり噴飯物の確認をしてくれた。まだ御飯食べてないけど。水を飲んでる最中だったら噴水物になってたなとくだらないことが頭を掠めた。
何でこんなことを言いだすんだ、と思ったが今の俺達の状況からすればそう勘違いしても仕方ないのかとすぐに得心が行ってしまった。
俺達が岸姉妹と会ったとき、俺は奄美先輩と二人きりだった。
岸姉妹が道中で質問してきた内容を整理すると、俺と奄美先輩は飲食店で食事するのが目的で二人だけで移動していた。
以上の事柄を見るだけでもカップルの行動と想像されて何らおかしくはない。俺が傍観者の立場ならまずそう判断する。
しかしこうしてストレートに確認してくるのって正直どうなんだ?
同級生や後輩ならまだしも先輩相手にそれを聞いてからかってくるのは結構度胸あるな。
「つ、付き合ってるって……」
さしもの奄美先輩も後輩のからかいにタジタジである。
顔を赤くして後輩から目を逸らしている。この手の色恋沙汰をツッコまれるのは苦手なのだろうか。
「もー、奈央」
深央がここで奈央の制止に入る。ちょっと遅くない?
「あー、すみませんでした奄美先輩。ちょっと確認した方がいいかと思ったんで」
「いやいいの。……確認?」
奈央の謝罪を受け入れつつも、奄美先輩は奈央の言い訳にあった一部のワードが引っ掛かったらしい。
「もしカップルだったら気を遣わなきゃいけなかったかな、て」
ああそういうことか。カップルのイチャイチャを邪魔しちゃ悪いなという分別ぐらいはお前にもあったのか。
「いやお前ら確認するにもこのタイミングじゃ今更じゃないか?」
俺達は既に岸姉妹入れて四人でこの店にまで足を運んでしまっている。
料理まで注文した上で姉妹だけ今すぐ退店なんてできるわけもない。
「うん、僕も今更とは思ったんだけどさー。もしカップルだったら次からは気を付けなきゃと思ったの」
「ウチもそこまで考えが及んでいませんでした。改めて申し訳ありません」
苦笑いしつつも朗らかな雰囲気を崩さない奈央と、両手を膝に置いて頭を下げてくる深央。
俺が叩き込んだことながら、ややもするとコイツらがキャラを作ってることを忘れそうになった。
「そ、そう」
奄美先輩は先程の恥じらい状態からとっくに回復していた。
「でも貴女達、黒山君といつ知り合ったの?」
奄美先輩にすれば岸姉妹は初対面となる。
俺の友人について奄美先輩はそこまで接点がなくとも顔と名前ぐらいは知っていたつもりだろうから、ここへ来て知らない顔がいるのは意外だったんだろう。
あれ、でも奄美先輩って奄美妹こと葵と密に情報を共有してなかったか?
葵の方には岸姉妹の情報をある程度伝えてある。
それなのに葵は奄美先輩に岸姉妹のことを教えてなかったのだろうか。
「ウチらの出会いは中学からですね」
「中学? それはまた長い付き合いね」
「2年前に初めて会ったんです」
「ただ、僕ら途中で転校しちゃって」
「あ、そうだったの?」
「最近になってここへ越してきたらたまたま先生が同じ高校に通ってて」
料理はまだ来ていない。
外部から割り込まれることが当面ないなか、奄美先輩はさらに岸姉妹の話に踏み込んでいった。
「ねえ、黒山君へのその呼び方って何か由来が?」
「ああ、中学の頃に先生……黒山先輩へ演技を教えてもらったことがあって」
「演技の中でのアドリブで、変わった呼び方をしてみたらこれがすっかり慣れちゃって」
「へー。演技ね……」
奄美先輩が俺の方に注目。俺にも事情話せってことですかね。
「そんなこともあったな」
「ウチらにとってはなかなかない体験でしたね」
「特に部活もやってなかったしね」
奈央が後ろ頭に腕を組んでいる。すっかりリラックスしてるな、お前。
「私からも気になるのですが、奄美先輩は先生とどのようにして面識が?」
今度は深央が奄美先輩に質問するターンに。
「そう、ね。ちょっと彼に頼み事をしてて」
「その頼み事にしばらく協力してた、という関係だな」
簡潔に述べさせてもらった。
「頼み事? 初対面の人に頼み事してきたんですか?」
……うん、そこ気になるか。
「まあ、いろいろあるのよ」
暗にあんまり深く足を突っ込んでくれるなという気配を滲ませ奄美先輩が応対した。
「そうなんですか」
深央はその一言で締め。
奈央も二人のやり取りに混ざることなく無言で終わった。
折よく牡蠣の料理が運ばれてきた。