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第117話 アイス

 夏休みも過ぎて秋の季節が来たにもかかわらず、眩暈(めまい)を起こすような猛暑はこれといって収まりを見せていない。

 日傘を差していても外の空気はすっかり太陽でホッカホカになっていて、少しでも歩くと汗が額から首から噴き出してくる。真冬にコートを何重に着込んで体中をカイロだらけにしてもこんなに暑くはなるまい。

 そんな防寒グッズ顔負けの気候で駅へと向かう俺が考えていることは一つ。

 とうとうこの日が来てしまった、と。


 駅に到着するともう待合せの相手の姿が見えていた。

「すみません、待たせちゃいました」

 相手に先に謝っておく。

「気にしないで、私が誘ったんだから」

 相手こと奄美先輩は被っていた帽子の鍔を片手に取り、鷹揚に返した。


 そう、今日は奄美先輩との外出。

 今まで俺が奄美先輩に協力してきたお礼として、俺に外食を奢るというイベント。

 既に奄美先輩が行き先なり予定なり決めているので、俺はただ従うだけ。

 そう、従うだけ。だって相手先輩だもん。長幼の序は守らなくっちゃ。

 休日まで人とペースを合わせて行動するのはしんどいが、一方で今回は先輩に付いていけばいいのでそういう点は楽といえば楽だ。

 少なくともこの日に葵や女子四人から外出を誘われても

「ゴメン、奄美先輩との先約があって」

 と言えるのはありがたかった。


 ちなみにただの仮定ではない。

 昨夜に事実安達からのお誘いがあったのだ。

「黒山君、明日ヒマ? ヒマだよね?」

 俺の予定を半ば(いや、100パーセント?)決めつけて掛かる安達からのメッセージに俺は堂々と、

「明日は奄美先輩と用事がある」

 と返した。

「ああそう。それで明日はマユちゃんと一緒にね……」

 おや? 話が致命的に嚙み合ってない気がするよ?

「話聞いてるか? 奄美先輩と用事あるから行けないって言ってるんだ」

「いやそんな嘘いいから」

「マジだマジ。何なら奄美先輩に直接確認してみるか?」

「え、本当?」

「ああ。今まで協力したお礼に食事を奢ってくれるんだと」

「協力って榊君の件?」

「その通り」

 ここからなぜか少し間が空いた後、

「うん、わかった。邪魔してゴメンね」

 と安達が納得してくれたのだった。

 ちなみにだけど俺の発言は知り合いの女子達(春野を除く)から十中八九嘘扱いされてるような。俺そんなに信用ない? まあ俺も俺みたいな奴の言葉信用しないけど。だって嘘ばっかり吐くんだもの。


 そんなちょっとした出来事もありつつ、奄美先輩との外出がやってきた。

「さ、行きましょうか」

「ええ」

 奄美先輩が目的地へ颯爽と足を踏み出すのを受け、俺は急ぎ奄美先輩の横に並んだ。後輩を導く先輩の構図が今見事に成り立っているように思えた。

 奄美先輩の立ち居振る舞いだけでなく、今の服装を踏まえてもそう映るだろう。

 奄美先輩の服装はワンピースだった。

 明るさが抑えられた薄い緑の布地に、前を留めるボタンが5個ぐらい縦に並んだタイプ。

 そのワンピースを同じ色の紐でくびれに巻いた姿は、奄美先輩に品のある大人しい女性の印象を与えるのではなかろうか。

 前に公園を巡ったときもそうだが、俺との外出のときは大人びたイメージの服を着てくることが多いな。いや、まだ2回目だしたまたまか。


「野沢公園のとき以来かしら? 二人でお出掛けするのって」

 無口で移動するのを嫌ったのか、奄美先輩が俺に話し掛けてきた。

「ええ、そうですね」

 あそこでは王子とのデートをシミュレートするのが目的だったと記憶しているが、いざ公園に繰り出してみたら当のターゲットである王子が二人の女子といる場面に出くわしてしまった。

 そこで外出は強制終了となったわけだ。

 奄美先輩にとっては不運な出来事そのものでしょうに、話題に出しても平気なんですか。心臓強いですねえ。

「よかったらまたあそこに行ってみない?」

 どうやら場所自体はお気に召したようで。

「まあ、どうでしょう。妹さんとかと一緒に出掛けたりはしないんですか?」

「冗談。喧嘩ばっかりになりそうよ」

 岸家といい奄美家といい姉妹というものは基本仲が悪いのだろうか。

「同じ学年の御友人は?」

「私の友達、あんまりああいう所巡るの趣味じゃないみたいなのよね」

「そうですか」

 ……これ、俺が奄美先輩の趣味の場所に巡る展開にならないよね?

 いや月に一回の外出のついでだったならまだいいけど、それ以外にも予定を()じ込まれるのは勘弁願いたいぞ。



 二人で歩いている途中、アイスクリーム専門店のすぐ横を通り過ぎた。

 店の周りには多くの人が暑い外で行列を成し、店から出されたアイスクリームを受け取るとすぐに口へ運んで嬉しそうな表情をしていた。

「アイス……か。こっちでも季節にピッタリだったわね」

「今からでも変更しますか?」

「あなたはどうしたいの?」

 奄美先輩は選択を俺に委ねてきた。

「自分は、まあどっちでも」

「なら遠慮しときましょ。この中で行列を並ぶのは苦痛だわ」

 ああそういうことですか。

 今は一応俺も奄美先輩も自分の日傘を差している。それでもやはり暑いもんは暑い。


 ここで、お店の近くでアイスを食べていた女子二人が俺達の方に近付いてきた。

「え」

「何?」

 いきなりのことで戸惑いつつ、近付いてくる女子達に注目するとすぐに正体に気付いた。

「奇遇ですね、先生」

「ちーっす」

 正体は岸姉妹だった。


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