第111話 お邪魔します
岸姉妹にはその後も数日掛けて演技指導をした。
姉妹揃ってこの打合せに飽きて来なくなるんじゃないかと密かに懸念していたが、その懸念はどこへやらで二人は休むことなく指導を受け続けた。
「先生! わ……ウチもだいぶ自然になってきてませんか?」
いつの間にか俺のことを深央は「胡星さん」、奈央は「先生」と呼ぶようになっていた。
俺が提案したわけではなく、姉妹のアドリブだった。
俺としては自発的にキャラ設定を増やしてくれるのは歓迎だったので、特に異論なくその呼び方を受け入れていた。
「アハ、今『私』って言いそうになってんじゃん」
「うるさいボクっ娘ギャル」
「芝居でやってんだよウチ弁慶」
「内弁慶ってそういう意味じゃないでしょ」
談笑を挟みながらも演技に打ち込み続ける姉妹の姿は、部活で切磋琢磨する学生達に負けるとも劣らぬ熱意と楽しさが見て取れた。
そして金曜日を迎えると、深央から
「先生、土日はどうします?」
と尋ねられた。
「別に休みでいいと思うが」
毎日演技の練習というのもさすがに疲れるだろうし彼女達も遊びたいであろう。
そう思っての一言だったが
「うーん。ウチは引き続き演技の練習しようかな、と」
「そーそー! どうせ僕ら暇してるだけだしねー」
岸姉妹はむしろ練習にやる気だった。
二人がやる気になってくれるのは俺としても大変ありがたかった。
それならばと俺は二人へ持ち掛けた。
「なら俺の家で演技の練習するか?」
「へ?」
「ウチらが、先生の家にですか?」
「ああ。難しいなら別に大丈夫だが」
俺の家の方が何かとやりやすいってだけだしな。
元々予定になかったし二人が乗り気にならないなら別の場所でもと思っていたのだが
「僕は大丈夫!」
「ウチも問題ないです」
奈央・深央がともにOKを出した。
翌日の土曜、我が家の最寄り駅にて岸姉妹と合流した。
岸姉妹を連れて通い慣れた通学路を経て、我が家に到着。
玄関の鍵を開けて
「ただいま」
と扉を開けると岸姉妹が続けて
「お邪魔します」
「お、お邪魔しまーす」
おずおず玄関に入ってきた。
「お前ギャル口調はどこ行った」
「言えるわけないでしょこんなときに」
奈央に苦言を呈している間に
「胡星? お友達来てるの?」
岸姉妹の声を受けて、母親が質問してきた。
「ああ」
と頷いた後、母親がパタパタとスリッパの音を立てて玄関にやって来た。
「こんにちは、胡星のお友達?」
「あ、はい」
「こんにちは。二年の岸深央と言います」
「同じく二年の岸奈央、です。えっと、私達双子で、私の方が姉です」
「いい子達ね。息子がお世話になっております」
瑞々しい自己紹介を聞きながら、母親が微笑ましく岸姉妹を見守っていた。
「お茶持ってくるね」
と母親が一旦引っ込んでいる間、奈央・深央・俺は俺の部屋に入った。
「失礼します」
「男子の部屋って初めてー」
深央の敬語も、奈央のギャル口調も、学校で聞くより幾分か硬さが出ていた。
「どうした。自然な感じからちょっと離れてるぞ」
「そう言われましても」
「違う場所だと緊張しちゃうって」
そうか。でもな。
「それだと学校以外のよそで友達と遊びに行くときにバレちゃうだろ」
これからは色んな場所に連れてどこでも自然体でキャラを演じられるようにしなくてはいけないのかもしれない。
「うーん……まあ」
奈央の返事が妙に歯切れ悪い。
「そう、ですね。そうならないように、今日もちゃんと練習しましょうか」
深央が意気込みを新たにする。いいぞ、それでこそ未来の主人公だ。
俺はこの日も岸姉妹へ演技の練習を叩き込んだ。
演技の練習を始めて1時間ぐらい後。
「ちょっと休みませんか」
「さんせー」
深央の休憩の誘いに奈央が乗っかった。
「わかった。どのくらい休めばいい?」
「えっと……」
「10秒から10時間まで選べるぞ」
「幅広っ」
「それじゃ10秒で」
「え、嘘でしょ深央」
「あれ、奈央は10時間も休みたいの?」
「いや30分ぐらいでいいじゃん」
「すみません先生、奈央がこう言うもんですから30分でお願いします」
「え、何で僕がワガママ言ったみたいになってんの」
「ったくしょーがねーなー」
「胡星さんもキレ気味なの何で?」
「いや特に理由ないけど」
「もうムリこんな奴ら……」
奈央が両手で頭を抱えている。どうした、頭痛がするのか。
深央と俺が母親の持ってきたジュースをストローで吸う。深央の分のジュースは俺のよりも勢いよく減っていた。声出し練習してた分喉が乾いていたのだろうか。
「あのー、先生」
「何だ」
「先生は私達の他に教え子を抱えてたりしますか?」
ん?
「もしくは過去に教え子がいた、とか」
「いや、それはないな」
「そうなんですね」
真意の掴めない深央の質問にとりあえず答えたところ、深央の表情がいくらか和らいだ。どうした?
「あ、僕もしつもーん」
「今度は何だ」
「ひょっとして胡星さんが女の子を家に招いたのも今日が初めて?」
ますます意味のわからない質問が。
「まあ、そうなるな」
「へー。初めてって割には落ち着いてるね」
「別にうろたえる理由もないと思うが」
「ふーん」
奈央も深央も揃って俺の目を見てきた。
示し合わせたようにそっくりな無表情を浮かべていてやっぱり双子だなと思う一方、なぜ無表情になっているのかは見当が付かなかった。
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