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第110話 一人称

 岸姉妹に会った翌日、俺達はまた同じ学校のベンチに集まった。

「とりあえず、主人公みたくなるって言っても何をすればいいんですか?」

 奈央は俺にさっそく教えを乞うてきた。いいぞ、主人公を目指す気概が感じられる。

「まずは特徴を付けることからだな」

「特徴?」

「そうだ。マンガやアニメに出ている主だったキャラ達は見た目なり性格なりに特徴を付けて各々に個性を出しているもんだろ?」


 これは何も主役に限った話ではない。

 主役に味方する脇役、対立する敵役に描写の多い人物は基本的にわかりやすく際立った設定を有している。

 外見でも中身でも特に目立ったところのないいわゆる「普通」を称している主人公も多く見掛けるが、それだって作品を読んでいくと例えば悪役に絡まれて困っている人を何らかの手段で救うというように、得てして「普通」なんて言葉では括れない見応えある活躍をするものである。


 そもそも作品の筆頭に上がるような存在が本当の意味で何ら特徴がないのではそもそも主人公として成り立たない。

 中にはそんな主人公もどきが出てくる作品もあろうが、見所のある特徴が一つもない主人公というのは魅力らしい魅力もないということではないか。

 大勢の読者・視聴者から嫌われる主人公だって言い換えれば嫌われるだけの「特徴」を有しており、時にはその主人公が織り成す物語自体は面白いという可能性も考えられるが、好かれる要素どころか嫌われる要素すら持ってない主人公はそもそも作品に登場する必要があるのだろうか。

 少なくとも俺にとってはそんな主人公を生み出す気には到底なれなかった。


 横道に逸れた。

 今は岸姉妹を主人公に仕立て上げる局面だ。

 この二人にはいつ見ても面白いと思えるような素晴らしい主人公になってもらわねば。観客に「金返せ」なんて言われないレベルにしなくては。

「んー、まあ」

 奈央がさっきの俺の説明にとりあえず同調した。

「そういうのばかりじゃないでしょうけど、大方はそうですかね」

 深央も概ね同意、という姿勢だ。

 どうやら二人ともマンガやアニメは人並に嗜んでいるらしい。お陰で話が早い。

「だから第一印象からしっかりとキャラを覚えてもらえるように、口調だけでも変えていった方が手っ取り早い」

「例えば?」

 奈央が掘り下げてきた。


「そう、お前なら一人称は『僕』で行くとか」

「へ?」

 奈央に向けてそう提案すると、奈央は一文字で返答した。

 深央は突然顔を俯かせて息をプッと吹き出した。

「ギャルっぽい言動を取るのがいいだろう」

「ちょ、ちょっと待って、ください」

 奈央が俺を手で制した。

「どうした。『アチキ』の方がいいか?」

「ちょっとそれは、何というかその、慣れないっていうか……」

「これから慣れていけばいい」

「ええっと、その、本気で言ってんですか?」

「もちろん。深央を見てみろ」

 さっきから顔を奈央から背けて笑うまいとプルプル我慢してるんだぞ。それだけ奈央が「僕」と自称することにウケてる、てことだ。


「……ちなみに深央の一人称は?」

「え」

 奈央が自身の妹を思いっきり睨んだ後でそう聞いてきた。

「『ウチ』だな」

「ウ……ウチって?」

「プフッ」

 今度は奈央と深央のリアクションがあべこべになった。やっぱ姉妹だな、コイツら。五つ子や六つ子だったらもっと絵面(えづら)が盛り上がりそうだ。

「それで誰に対しても常に敬語で接すれば掴みはバッチリだな」

「……」

「アハハ! いーじゃん! やりなよそれ!」

 無言で固まる深央に対し、奈央は手を叩いて大笑いしていた。

 我ながら悪くない設定だと思う。


 片や自分のことを僕と呼ぶギャル口調の女子。

 片や自分のことをウチと呼ぶ敬語女子。


 マンガ・ラノベ・アニメでもちょっとは印象に残りそうな手合いなのに、ましてや現実にこんなのがいたら相当濃ゆいだろ。少なくとも俺なら初見の時点でしばらく忘れそうにない。

「……黒山先輩、一つ確認しますけど」

「どうした?」

「先輩はそんな口調の人と関わりたいですか?」

 ……どうしよう、深央からの質問に「いや、ムリかな」って答えることができない。

「よし、リハーサルやるか」

「質問に答えてください。しかも何のリハーサルですか」

「地区大会の」

「何の地区大会ですか」

「そんな変な奴絶対関わりたくないってことだよね」

 この後岸姉妹を説得するのにしばらく時間を費やし、何とか当初の俺の提案を通すことに成功した。


 そして練習に入った。

「それじゃ俺が『アクション』って言ったらさっき言った設定で二人会話してみてくれ」

「はい……」

「はあ……」

 何だろう、二人してやけにテンション低いな。まあいいか。

「本番よーい」

「ドラマの撮影?」

「何も考えず言ってるでしょ、先輩」

「アクション!」

 俺の合図とともに、岸姉妹が面と向かい合った。

「ねえちょっと深央聞いて~」

「何ですか?」

 一言目、特に問題なし。

「この前わ……僕のお気に入りのピアスがどっか行っちゃってさ~」

 奈央が「私」と言い掛けたのは明らかだったが、とりあえずスルー。最初はそんなもんだろう。

「今何で嚙んだんですか」

 ……と思ったら深央がスルーしてくれなかった。おや?

「お前こそそのぎこちない敬語は何?」

 あれあれあれ? なーんかおかしな方向に行きそうな。

「カーット! おーしよかったぞー」

 とりあえずここで一旦差し止め。

 岸姉妹はどういうわけか無言になり、互いを睨み合っていた。

 初日にしてこんな調子だけど大丈夫なのだろうか……。


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