無垢が故の、予期される凄惨な寄り道
あれれ? ここ、どこだろう? ええと······あっ、わかった! ここは、お姉ちゃんにいつもあぶないから気をつけなさいって言われていた所だぁ。
どうしたんだろ? ねちゃってたのかな? まあ、いいか。早く帰らないと、パパとママもしんぱいするよね。
少女は、ようやく体に馴染んできたランドセルを背負い直して、家への帰り道を歩き始める。
時刻は、とっくに少女が家に帰り着いていてもおかしくはない黄昏時。少女は、気が付くと帰り道の途中に横たわっており、急いで帰らないととその場から動き始める。
傍らに、少なくない数の花束とお菓子やジュースが置かれていた事に気付かないまま。
ああ〜! ここ、お姉ちゃんがお母さんにはナイショで、おこづかいもって帰りに食べさせてくれるって言ってた、ドーナツやさんだあ! たのしみだなぁ。
少女は、誕生日に母には内緒で姉が学校にお小遣いを持っていき、その帰りに食べさてくれると約束していたドーナツ屋の前で足を止める。
少女の誕生日は一週間後、その嬉しさもひとしおといった所だろう。少女は、目を爛々と輝かせて軒下まで駆け寄り、店の中を覗きながらどれにしようかと目移りさせている。
しかし、そんな少女を気に留める大人は一人もおらず、その地域の子供への関心の低さがそこに表れてしまっている。だが、そんな事を気にせずに少女はひとしきりドーナツを眺めると、再び帰路を歩き始める。
その途中、街を歩く大人達が噂話をしている声が聞こえる。なんでも、三日ほど前にこの近くで事故があり、はねられた子供は病院に運ぶ前に死亡。はねた車の運転手は、そのまま轢き逃げしたらしいと。
ふ〜ん、そんなことがあったんだ。しんじゃった子は、かわいそうだけど、わたしにはかんけいないからね。
でも、早く帰らないとパパとママも、お姉ちゃんもしんぱいするよね〜。
そんな事を思いながら、少女はテクテクと家路を歩く。商店の並ぶ通りを抜けて、住宅街の辺りまで来ると、少女はある家の前で足を止める。
ここの家の子、いつもわたしにいじわるするんだ!
「もうっ、大っきらい!」
少女が叫んだ瞬間、ガシャンとタイミング良くその家の窓ガラス数枚が割れる。それを少女は、自分に意地悪したから罰が当たったんだと、罰を与えた神様に感謝する。
直後、その家の人間が石でも投げられたのではないかと慌てて出てくるも、少女がそれをするわけ無いと思ったのか首を傾げるだけで直ぐに家の中に戻る。少女も、さすがにそれには首を傾げるが、まあいいかと気にせずに残り僅かな帰り道を歩いていく。
そして、あと数歩で我が家だという所で、少女は毎日撫でている隣家の犬を見かけてしまう。だが、いつもは少女の姿を見ると柵まで駆け寄ってくる犬が、その時は機嫌が悪いのかウゥ〜ッと少女を威嚇する。
あれ? いつもはなかよしなのに、どうしたの? わたしだよ?
少女は、一生懸命犬に解ってもらおうとするも、犬は威嚇するばかりでどうにもならない。
それから、犬を飼った事の無い少女は気付かないが、その犬は唸りながらも尻尾を自らの股の間に隠している。
もう、来てくれないならいいや。またね、バイバイ。
少女はそう言って、手を振りながら隣の自分の家へと歩いていく。
そうして、家の前まで来ると少女は、キィーと門扉を開けて玄関の前に立つ。
あれ? 何で、家の前にちょうちんがあるんだろ? おまつりでも、やってるのかな? まあ、いいや。
ただいまぁ〜!
ガチャガチャ、少女が押しても引いても、玄関は鍵がしまっていて開かない。
ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャ······。
少女は、何度も何度も何度も何度も、それが何かの間違いかの様に、いや正しくは間違いであって欲しいかの様に、開かない玄関を押し引きし続ける。
おかしいなぁ、だれもいないのかなぁ? 気づいていないだけかもしれないから、にわに回ればだれかいるかも。
まったく、きのうもおとといも······アレ? キノウニオトトイ?
少女は、そうして笑顔だった顔を一変、年齢に似つかわしくない冷たさの感情が死んだ表情で、リビングが覗ける庭へと回る。
ソファにダイニングテーブル、その奥に母がいつも立っているキッチン。そこには、いつもなら母と姉が、遅れて父が帰ってくる家族の居場所であった。しかし、そこには誰もいない。
すると──
──バンバンッ!
ネェ、イルノワカッテイルンダヨ! ワタシニハミエナイケド、ソコニイルンデショ?
ナンデ、アケテクレナイノオォォ!
──バンバンバンッ、バンバンバンッ、バンバンバンッ、バンバンバンッ、バンバンバンッ、バンバンバンッ、バンバンバンッ、······ドンッ!!
何度も何度も、少女は呼び掛けながらガラス戸を叩き続け、最後に諦めと落胆が込められた拳が打ち付けられる。
実は、リビングには少女の言う通り、少女の家族が肩を寄せ合って震えている。ガラス戸には、御札が貼られておりその効果で少女からは家族の姿が見えない。カーテンを閉めないのも、そうして中に誰もいないと思わせないと、少女が諦めないと言われているからだ。それでも、叩かれる度にガラスに浮かんでは消える小さな手形に、姉と母は泣きながらその身を寄せ合っていた。
だがしかし、そんな事少女は知りもしないし、状況を理解する事もない。
モウイイヨ······ワタシ、ワカッチャッタカラ。
ミンナ、オコッテイルンデショ? ワタシガ、イウコトキカナカッタカラ。デモネ、ワタシハゴメンナサイシタヨ。ソレデモ、ユルシテモラエナイノハ、モウヒトリゴメンナサイシナクチャイケナイヒトガイルカラダヨネ?
ワタシヲ、ヒイテニゲタオジチャンガ。
そうして、還る事の出来なかった少女の、家に帰るまでの『寄り道』が始まった。
マッテテネ、オジチャンニゴメンナサイサセタラ、スグニカエッテクルカラネ。