9、機密施設は普通の外見
王城から救出されたわたしは、王都内にある陸軍関連施設とされる1つの建物に連れて来られた。
見た目は普通の木組みのお家で、とても軍事施設には見えない。
「凄く……普通の家ですね」
わたしの正直過ぎる感想に、ラインハルトさんは思わず吹き出す。
「ハッハッハ! それはそうだとも、ここの正式名称は“陸軍第215施設大隊兵舎”。れっきとした偽装施設だからね」
扉は通常の鍵ではなく、ラインハルトさんがドアに触れると魔法陣が現れる。
これは……、封印魔法。
「主の帰還だ、開け」
魔法による施錠が解け、扉がアッサリ開く。
中の間取りは、フローリングの床だったりキッチンだったり、一軒家として当然の作り。
だけど、決定的に違う部分があった。
「これ、2階への階段はどこへ続いてるのですか?」
見上げれば、階段の先はカラフルな絵の具で塗り潰したような長方形の光に直結していた。
「気になるなら、覗いてみると良い」
ラインハルトさんに言われた通り、わたしはゆっくり階段を登って……光の中へ顔を突っ込んだ。
そして、驚愕する。
「こ、ここって……!」
視界に入ったのは、真っ青な空。
わたしの顔は、どこか王都内にある別の建物の屋上に出ていた。
すぐに顔を引っ込めて、階段を駆け降りる。
「あれ、空間魔法の類いですよね!?」
「その通りだ、サクも気になってるだろうから教えてあげよう。ここの第215施設大隊兵舎という名前は、嘘だ」
「嘘……」
「あぁ、一見なんでもない無害な施設に聞こえるだろう? そして本当の名は––––」
ラインハルトさんは、背後の扉を閉めた。
「陸軍特殊部隊、第36特務施設と言う。現王政府への“クーデター”を計画する、我々の重要拠点だ」
放たれた言葉に数秒愕然とするも、わたしはすぐに意識を取り戻した。
「クーデター……、だからあんなに躊躇なくグラウス王子を蹴り飛ばせたのですね?」
「あぁ、君が拉致されるとわかった瞬間––––この計画は始動した。全てはサク、君が中心となって動いているんだ」
あまりに突然過ぎる情報。
最推しの軍人が、まさかクーデターの首謀者だったなんて……。
しかも、わたしが中心って。
「僕は本当に君へ恩義を感じている、だから……サクが王族の奴隷に等しい所有物となることだけは、どうしても耐えられなかった」
じゃあ、今始まったクーデターは……“わたしを助けるため”に計画してたってこと?
ラインハルトさんは、いずれ王子があんな暴挙に出ることを予測していたというの?
「それだけじゃない、サク……君はこの発展した王都を見てどう思う?」
ここで安易に答えるのは簡単だ。
けれど、それは絶対しちゃいけないことだと思った。
正直に、思ったことを伝える。
「……歪ですね、見かけは発展していても、それらの恩恵は王族とその関係者に集中している」
「君の言う通りだよ、僕は昨日君の家へ訪れて……やっと実感した」
ラインハルトさんは、激情を抑え込むように拳を握り締めた。
「国と軍に尽くし続ける献身的な聖女が、あんな虐げられるような生活環境に置かれている。こんなものは発展ではない、ただの肥満だ」
そう言い切ったラインハルトさんは、わたしのすぐ前まで来ると、握っていた拳を開いた。
「だからさっきの蹴りは、肥え太った醜い王族への“宣戦布告”と言って良い。私が選んだ、この国へできる最大の献身だ」
クーデターへの貢献など、反社会的という次元を通り越したものなんでしょう。
でも、今のわたしに選択肢はない。
わたしは、サク・ブルーノアは––––
「この戦い……貴方と一緒に居させてください、そして、今まで通りワガママを言って欲しいです。どんな宝具でも––––お作りしましょう」
この軍人に“溺愛”してしまっている。
わたしを人間とも見ない王族より、最推しのために働いてやる!
「……実に良い目だ、蒼く美しい。本当に強い瞳。その言葉を待っていたよ」
わたしと推しの、全てを賭けた戦いが始まった。