8、グラウス・エッフェルトの本性
エッフェルト王国の誇る王城は、言葉じゃ表し切れないくらいに荘厳だ。
天へ伸びるいくつもの尖塔、そこから空を泳ぐ国旗。
外観は煉瓦調の作りで、内装に至っては一体どれだけお金を掛けたのか、思わず突っ込みたくなるレベル。
そんな眩しさで満ちた、闇だらけの王城内でわたし––––サク・ブルーノアは柔らかいソファーに座っていた。
もちろん、対面に腰を下ろすのは、
「思いの外アッサリ手に入ってしまったな、これは君の総意と捉えて良いのかい? ブルーノア君」
王国第一王子、グラウス・エッフェルト。
彼の口から出る言葉は、いかにも傲慢という言葉が似合っていた。
全くもってふざけている、どの口でほざいているのだろう。
「無理矢理拉致しておいて総意だなんて……、恥じらいというものはないのですか? 王子」
「我が国の人的資源は、当たり前だが全て王族の物だよ。それは君も例外じゃない、けれど特別なことならあるよ」
椅子を立ち、わたしの隣にやって来た王子は、不気味な笑みを浮かべる。
「君は多くの聖女が特権行使で腐っていく中、たゆまぬ努力で才能を維持し続けた……。聞いているよ、軍の装備は年々良くなっているとね」
当然ですとも。
わたしが毎日推しだけを想い、オーバーワーク上等で宝具を作り続けたんですもの。
決して––––
「だからさ、独り占めしたくなるのは当然だと思うんだよねぇ。君の作る宝具をさ」
こいつのためになんか作っていない。
間違っても、どこを踏み違っても、こんなわたしを––––“人間扱い”しないヤツになんか作りたくないッ。
グラウスはわたしの肩に腕を回すと、より一層顔を近づける。
身体が震えた。
「お前はもう僕の物だ、僕だけの聖女だ。僕のためだけに宝具を作り、僕のためだけに生きろ……栄誉なことだぞぉ。もっと喜んだらどうだ?」
「……ッ! お断りです、わたしはあなたの物ではありません。近寄らないでくださいッ!」
「フフッ、良いのかい? そんな口聞いて」
刹那、グラウスの瞳が金色に光った。
これは––––
「『拘束魔法』」
「あぐっ!?」
空中から現れた光の鎖が、わたしの首や手足を縛り上げた。
宙に吊り上げられ、呼吸が困難になる。
「王族に逆らうということは、何をされても文句は言えないも同然の行為だ。なぁに、躾というやつだよ」
王子の目の光が強くなると、わたしを縛る鎖も肌へドンドン食い込んでいった。
痛いっ……! 苦しいッ、視界がドンドン霞んでいく。
「さぁ訂正しろブルーノア君。わたしは、貴方だけに宝具を作りますってね」
命の危機に晒されたこの状況……、普通なら嫌でも言うのが正解なんだろう。
でも、
「わっ、わたしは……」
正解なんて知ったことか! この身が引き裂かれようと構わない。
痛みなんて怖くないッ、わたしは!
「ゲホッ……わたし、サク・ブルーノアは––––推しにしか宝具を作りません!! お前になんか、一生作ってやるもんか!!」
わたしの全力の宣言を聞いて、グラウスはため息をつきながら立ち上がった。
「つまらない信念だ、物に思考はいらない」
王子の手に、光の剣が現れた。
とても鋭利で、わたしの体なんか簡単に引き裂けそうな武器。
寒気が全身を走った。
「足を斬り飛ばされても、同じことが言えるかなぁ!?」
わたしが歯を食いしばったのと、グラウスが剣を振るより僅かに早く––––事は起きた。
その時間にしてたった1秒の差が、運命を変えた。
「よく言った、サク・ブルーノア」
オシャレな窓を叩き割りながら突っ込んで来たのは、黒色の軍服を着た黒髪の男性。
真っ直ぐな碧眼に捉えられたグラウス王子は、入って来た突入者の強烈な蹴りを食らって吹っ飛んだ。
壁をぶち破って通路に倒れたグラウスを見つめながら、彼––––ラインハルト・フォン・シュツットガルトさんは頬を吊り上げた。
「ふむ、これが王族の蹴りごたえか……敵軍の新兵よりかはいくらかマシだな」
彼が腕を振ると、わたしを縛っていた光の鎖が一瞬で解けた。
咳き込むわたしに、手が差し伸べられる。
「立てるかい? サク」
「ゲホッ……、はい!」
たくましい手を取った矢先、背後から声が轟いた。
「シュツットガルト……!! 貴様っ、王族である僕に対してこの仕打ち……! どういうつもりだ!」
「クス……、ハッハッハ! どういうつもりだと? 聖女を公然と拉致し、腐敗に突き進む王族に従う者が一体どこにいる? 相変わらず君はマヌケで面白い道化だ」
「僕を道化だとッ!? 貴様は今、この国の全てを敵に回したのだぞ!! ブルーノア! 今すぐこっちへ戻って来い!!」
怒り狂う王子を、わたしは冷たく一瞥した。
「お断りします、わたしはあなたの“物”ではありません」
「ッ……!!!」
身体が宙に浮く。
何事かと思ったけど、すぐに答えはわかった。
「しっかり掴まりたまえ、サク」
ラインハルトさんが、わたしをお姫様抱っこで担ぎ上げたのだ。
ちょっ! 大胆過ぎる!
「さて」
顔だけ振り向いた彼は、オーガのような形相のグラウスに微笑む。
「アウフ・ヴィーダーゼーエン(また会おう)、グラウスおぼっちゃま」
次の瞬間、窓を飛び出してわたしは空にいた。
日々繰り返される日常が砕け去り、未知なる未来へ踏み出した。