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20/21

20、貴方に未練はありません

 

「ラインハルトさん!」


 戦いが終わった。

 わたしが駆け寄ると、ラインハルトさんは銃を構えたまま喋った。


「ここまでだグラウスくん、君にもう抵抗の余地は無い」


 さっき撃った弾数を数えていたからわかる、ラインハルトさんに渡したショットガンの残弾はあと1発。

 もし再装填(リロード)するとなったら、その隙にこいつが何をするかわからない。


 後が無いのは、こちらも同じだった。


「グラウスくん、国王陛下に死の呪いを掛けたのは……本当に君で間違いないんだね?」


「はっ!」


 銃口を突き付けられながら、ヤツは気持ち悪い笑みを見せた。


「だとしたらどうなんだ? 君たちが死ねば真実を知る者はいなくなる。僕は引き続き王の座に着いたままだ」


「はぁ!? あなたはもう先輩達に負けたじゃないですか! 男なら潔く認めるべきでは!?」


 舐め腐った様子に、今日攫われたフウカが憤りを見せる。

 けれど、グラウスは全然余裕と言った顔で––––


「私は小説に出てくるような都合の良い悪役とは違う、私がこの部屋の封印魔法を解いた瞬間、外で待機している近衛に突入しろと命じておいた」


「ッ!」


「チェックメイトなのはそっちだったな、反逆者共」


 指が鳴らされる––––ことはなかった。

 神速で動いたラインハルトさんが、手の神経脈を斬り裂いたのだ。


 当然魔法は解除されず、近衛も押し入って来ない。


「あいにく僕も、フィクションに出てくる間抜けな兵士とは違うんでね。人間を殺さず苦しめる手段はいくらでも知っている」


 さっ、さすが……。

 銃口が再び、苦しむグラウスへ向けられた。


「魔法のトリガーは指か、残念だったな––––もう動かせない」


「ぐあぁっ……!! ッ! シュツットガルトぉおッ! 俺を殺せば民意が黙っていないぞ! 悪は滅び去る、たとえ軍政を敷いてもすぐに転覆するだろうなぁ!!」


 叫び散らかすグラウスに、ラインハルトさんは頬を吊り上げた。


「とうとう口調まで変わったか、やれやれ……国王陛下がお嘆きになるわけだ」


 ラインハルトさんは、一瞬だけその碧眼でわたしを見た。


「サク、悪いがそこに置いてあるカバンから魔導ラジオを取ってくれ」


 言われてみれば、ラインハルトさんが突入して来た天井の真下に大きなカバンが落ちていた。

 開けてみると、確かにラジオだった。


「チャンネルは何でも良い、そろそろ時間だ……サク。君が身体を張って得た証拠をここで公開する」


 ラジオのスイッチを入れると、すぐノイズ混じりで声が入って来た。

 よく聞いてみれば、教導団の隊長さんだった。


 占拠した放送施設を使って、全周波数で流しているのかも。


『エッフェルト王国の全国民へ本日、このような形でありながら真実をお話したいと思います』


 ラジオを聞いて、グラウスがほくそ笑む。


「フンッ、無駄なことを……我が国の民はバカだ。公式発表でもないクーデター軍に声明など意味はな––––」


 喋っていたグラウスの鼻が斬られる。


「ラジオはおとなしく聞くものだぞグラウスくん、サク……音量を上げてくれるかい?」


 隊長の声明内容は、今回のクーデターが起こった経緯、王族がやって来たこれまでの倫理に反する行為。

 でも、確かにこれだけでは大衆の支持は得られない。


 そう思った矢先、衝撃の言葉が放たれた。


『では、今ここに今朝グラウス王子によって拉致された聖女が、命を掛けて録音した音声があります––––お聞きください』


 グラウスの顔が青ざめる。

 流され始めたのは、今朝わたしが近衛によって拉致された時の音声記録だった。


 これは、昨晩ラインハルトさんに頼まれて自宅で作った“魔導音声レコーダー”という名の宝具。


 そういえばラインハルトさん、試験局で隊長さんにこれを渡してたっけ。


 ––––『わたしをこんな強引に拉致して、王城へ連れていくのですね? 良心は痛みませんの?』


『良心? もしかして倫理観の話をしているのかな? それとも法律かね?』


『両方よ、今時––––法治国家でこのような拉致行為なんてして、もし明るみに出れば王政府は失脚しますよ』


『聖女さん、そりゃ無理な話だ……。なんたってアンタはもう一生王族の“所有物”だからよ、物が訴えなんてできるわけないだろ?」


 ひざまづくグラウスが、汗を滝のように流す。


『技術試験局にわたしが出勤しなければ、同僚が必ず通報します』


『無駄無駄、既にこっちでカバーストーリー作って関係各所に話通してるからさ。アンタは隠してた借金を残して夜逃げ、警察は懸命に捜索すれど見つからず……晴れて聖女さんは、今年も1万人はいる行方不明者の仲間入りってわけだ』


 ラジオは包み隠さず、王政府の闇を全て明かした。

 この会話は、近衛しか使わないコールサインの話もしてるから捏造も疑われない。


 ラジオを切ったラインハルトさんは、これ以上なく嬉しそうにトリガーへ指を掛けた。


「絶対王政は儚いものだな……、こうも簡単に崩れ去る。全ては––––サクを獲物にしようとした君の招いた結果だ。必然だよ、グラウスくん」


「ッ……!! ふざけるなッ! ふざけるなふざけるなふざけるなッッ!!! ざっけんなぁ!!!」


 涙を流して叫び散らかしたグラウスが、すがる目でわたしを見つめた。


「俺は……お前が、サク・ブルーノアが欲しかっただけなんだ! 俺だけに宝具を作ってもらいたかっただけなんだ!!」


 わたしは冷たく蒼目で見下ろすと、伸びてきた手を拳銃のグリップで思い切り殴った。


「おあいにくですが王子、わたしには絶対に譲れない信条があります」


 眼前で泣きぐずるガキに、全力で言い放ってやった。


「わたし、サク・ブルーノアは––––推しだけにしか宝具を作りません!」


 王子の顔が絶望でいっぱいになる。

 途端、隣にいたラインハルトさんがわたしを力強く抱き寄せた。


 えっ、ちょっ。

 心臓の鼓動が一気に早くっ、


「だそうだグラウスくん、君の命を繋ぐ紐はこれで全部切れた。最後に良いことを教えてやろう」


 わたしと密着したままの状態で、ラインハルトさんは引き金に力を入れた。


「サクはずっと、ずっと昔から僕が狙っていた人間だ。誰にも渡したつもりは無いし、渡すつもりも無い」


 トリガーの遊びが、限界まで引き絞られる。


「サク・ブルーノアは僕の“婚約者”だ、お前如きが手に入れようなんぞ––––幾億年早いんだよ」


 玉座の間に1発の銃声が轟く。


 全てが終わった……。

 わたしを狙っていた悪は滅ぼされ、今隣にいるのは––––


「なんて、つい勢いで言ってしまった……すまない。不愉快だったかな? サク」


 これ以上ないくらい不安そうにわたしを見つめる推しへ、わたしは嘘偽りなく答えた。


「いえ、最っ高に嬉しいです。これからも––––たっくさん貴方だけに宝具を作りますよ」


 一連のクーデターは成功に終わり、悪事を行っていたグラウス・エッフェルト元第1王子はこの世から消えた。


「ッ」


 玉座の間を覆うガラスから、眩しい光が差し込んできた。

 あまりに綺麗で。一瞬目を細める。


 海の向こうから、太陽が––––国の夜明けが訪れたのだ。


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