18、非道王子、グラウス・エッフェルト
「どうしたのかなサク・ブルーノア、さっきまでの威勢はどこにいった?」
荒れ果てた玉座の間に、グラウス王子の声が響いた。
ヒビだらけの床に、所々が剥がれ落ちた壁。
天井から降って来た瓦礫に埋もれながら、わたしは激しい痛みに嗚咽を漏らす。
「ぅ……、ぐッ」
霞んだ視界の奥で、冷酷な笑みを浮かべたグラウス・エッフェルトが見下ろしていた。
右手には、紅色に輝く禍々しい剣が握られている。
けれど、そんなものはどうでも良い。
問題なのは、左手にいる人間––––ヤツにとっての“盾”だった。
「先輩!! わたしのことなんて良いですから! その宝具で自分ごと殺してください!!」
グラウスに首を抑えられ、盾代わりにされたフウカが叫ぶ。
「フンッ……無様なもんだな、自慢の宝具も後輩が邪魔では当てられんか」
「ッ……!」
瓦礫をどかし、ヨロヨロと立ち上がる。
最初に玉座の間が封鎖された時、わたしは真っ先に銃をヤツへ向けた。
けれど、残り1発というプレッシャーは少なくない躊躇をわたしに与えたのでしょう。
結果として、グラウスはフウカの身体を盾代わりにしてこちらの攻撃を阻止した。
精度の落ちた今の銃では、ピンポイントでヤツを狙えない……!
結果として銃を腰にしまわされ、なすがままに嬲られている。
「ハッ! まだ立つか、なら良い……腰の宝具は抜くなよ。そのまま立ってろ」
言うが早いか、グラウスの宝具が長大な鞭のように長さを増した。
剣がわたしの足へ絡みついたと思った瞬間、もう視界は反転していた。
「フッハッハ! 後輩想いが身を滅ぼすと知るがいい!」
空中で子供が扱うおもちゃみたいに振り回されたわたしは、勢いのまま壁に背中から叩きつけられた。
「がっは……ッ!?」
全身が痺れると同時に、激痛が感覚を奪う。
そのまま床へ落ちたわたしへ、砕けた壁の瓦礫が覆い被さった。
「まだ生きてるか……聖女は随分と頑丈だな、苦しいか? 大人しく僕の所有物になっていればこんな目に遭わず済んだものを」
クソ王子の罵倒が非常にうざったい。
なんなのよアイツ、男のくせに女の子を盾にしてこんな戦い方するとか……。
最低、あり得ない。
朝は逃げ出してほんっっっと正解だったわ、とりあえず––––
「ゲホッ……、そんな戦い方でイキって、……わたしの作ったその宝具はきっと泣いてるわね。この泥棒野郎っ」
安い挑発を繰り出す。
人間のできた方にはこんなもの通用しないけど、相手はプライドが高いだけのクズ。
人間とすら見ないわたしの煽りに、血管を浮き上がらせた。
「まだ無駄口を叩く元気があるとは……、ずいぶん強気な態度だがもう動けんだろう? お前は所詮、ただの弱い女だ」
近づいて来たグラウスが、仰向けに倒れるわたしを見て下賎に笑う。
「もう一度だけチャンスをやる、俺の所有物に戻れ。そしたらこの聖女は解放してやる」
グラウスはわたしのお腹に乗った瓦礫へ足を乗せると、痛ぶるように踏み躙った。
大理石の破片が腹に食い込んでいく。
「カハッ……」
痛みと嘔吐感で、口から胃液が漏れ出た。
苦しい、痛い……ッ。
でもまだだ、まだ“その時じゃない”……!
「つまらん、もう抵抗する力も無いか」
より一層足に力が加えられ、わたしの腹部の上で硬い瓦礫が擦り潰された。
とことん痛ぶって満足したのか、グラウスは宝具を振り上げる。
「顔は良いからな、首を跳ねて民衆に見せてあげるよ。クーデターの首謀者として––––なッ!!」
宝具が振り下ろされると同時、わたしは一瞬のチャンスに賭けた。
傍に落ちていた瓦礫を咄嗟に掴み、ヤツの顔面目掛けてぶん投げたのだ。
「ガッ……!?」
運良く、本当に運良く瓦礫はグラウスの目に直撃する。
すぐさま首を動かし、攻撃を回避。
耳のすぐ横で、床が抉れた。
「ぬっ……、だああぁああ!!!」
もう綺麗さも優雅さも無い、根性と気合いだけで身体を動かし、怯んだグラウスの宝具を掴んだ。
「なっ……! こいつッ!!」
一時的に攻撃手段を奪ったわたしは、右手でハンドガンを抜いて––––
––––ダァンッ––––!!!
発砲音がこだます。
火を吹いた銃口は、グラウスの右耳から僅か数ミリという場所で放たれた。
ッ、すんでで躱されたか……!!
でもこれだけの大音響を食らって、動じないヤツは魔物にだってそういない。
間違いなく鼓膜を破いていた。
「があぁっ!?」
生じた隙を見逃さず、わたしはグラウスの手からフウカを引っぺがした。
ついでにさっきのお返しとばかりに、全力で蹴り飛ばす。
「先輩!!」
涙目の後輩をすぐ背中に隠し、未だ悶えるグラウスと正対した。
「ここまでです王子、勝敗は決しました……。大人しく降伏してください」
チラリと見れば、銃は無惨な状態となっていた。
スライドが砕け、もう次弾送り込むことはできないだろう。
つまり……もう撃てない。
「グゥッ……フゥッ! 降伏だと? 笑わせる、この国において私は絶対の正義だ。国家反逆罪で裁かれるのはお前らだぞサク・ブルーノア」
右耳から血を垂らした王子は、再び宝具に魔力を込めた。
もうわたしに対抗手段は無い。
でも、信じられることは1つだけあった。
「いいえ王子、この国は今日をもって––––」
天井が揺れた。
1回、2回とドンドン激しさを増していき、
「暴虐な絶対王政を終えます!!」
わたしの声と同時、天井が爆裂した。
崩れ落ちる大量の瓦礫と共に、1人の男性が降り立った。
信じていた通り、期待していた通り、わたしの“推し”は最高の場面で到着する。
「お痛が過ぎたなグラウスくん、チェックメイトだ」
黒髪を揺らし、ショットガンを握った伝説の兵士––––ラインハルト・フォン・シュツットガルトさんが煙の中から現れた。