15、覚悟なんてとっくにできてます!
周囲の景色が凄い速度で流れていく。
徒歩とは圧倒的に違うスピードで、わたしたちは移動していた。
「さすが教導団の馬だ、なかなか良い子じゃないか」
わたしのすぐ前で手綱を握るのは、伝説の軍人にしてわたしの推し。
ラインハルトさんだった。
彼は巧みな馬術で、初めて乗る馬に対しても完璧に乗りこなしていた。
わたしは彼の腹部を掴みながら、激しい揺れになんとか持ち堪える。
「もうすぐ王城ですね……」
ここに来るまでに、何度かロンドニア教導団の兵士たちと遭遇したけど、みんなラインハルトさんだと知るや道を開けてくれた。
もう実質、王城直通の道はわたしたち専用と化していた。
「後輩くんが待っているんだろう? 急がなくてはな」
あそこにわたしの後輩……、フウカが囚われている。
絶対に助け出して見せる、あんな王子の所有物になんかさせてたまるか。
「あえて、あえて野暮なことを今の内に聞いておこう……サク」
「なんでしょう」
「君は––––“人を殺す覚悟”はあるか?」
ラインハルトさんは、声色を重くしながら続けた。
「ここから先は重武装した近衛が守っている、さっきみたいな峰打ちは無理だろう。だからこそ、君が作った宝具を使うことになる」
思わず腰を触った。
そこには、簡易で作ったホルスターに収まった鋼鉄の武器––––自動拳銃がある。
「君は軍人じゃないし、傭兵でもない。どうしても無理なら……僕が全部行っても良い。君には選ぶ権利がある」
これは、きっと彼なりの不器用な気遣いだ。
今後の人生に大きく影を落とす、人間として最低の行為に対する最終確認。
ここで無いと答えれば、この方はきっと自分だけで全てを背負うでしょう。
けど、そんなことは––––
「ラインハルトさん。わたしは聖女です」
腰から取り出したハンドガンを、右手で力強く握る。
「この10年間……、理由はどうあれ軍に宝具を納め続けて来ました。そしてそれは、既にわたしを光の世界から遠ざけています」
バカみたいに重たい銃上部のスライドを引いて、初弾を装填する。
エキストラクターがリムを噛み込み、弾丸を薬室へ押し込んだ。
「わたしは10年間、間接的にずっと人殺しをして来ました。人間を効率良く殺せるよう、貴方がより多くの敵兵を殺せるよう––––宝具作りに全てを捧げて来ました」
道路の先に、兵士たちが見える。
彼らは教導団ではなく、近衛だった。
「だから今さら確認なんて不要なんです、だってわたしはもう––––」
揺れる馬上で、横へ姿勢を傾ける。
照準をゆっくりと定めていき、
「10年前から……立派な人殺しです、聖女という名の––––悪魔なんです。何十万もの人間を殺して来た、覚悟なんてもの、とっくにできています!」
発砲。
火薬の燃焼ガスで押し出された弾丸は、弓矢なんて比べ物にならない速度で近衛を掠めた。
こちらへ気づいた敵兵が、雷撃のエンチャントされた剣を振るう。
「敵襲!!」
「やっと来たか反逆者共め!! 今ここで死ねっ!!」
アイツらは……! 昨日技術試験局へ来た護衛の近衛たち。
大事な職場を、これ以上なく罵倒してくれたヤツらだった。
「グラウス様のもとへは行かせん、中級魔法––––」
殺意と殺意が交差する中、わたしはトリガーを連続して引いた。
けたたましい発砲音と同時に、剣を振ろうとした近衛が倒れる。
もう二度と、動くことは無い。
生じた隙を縫って、馬は近衛の防衛ラインを飛び越えた。
「クッ……、ハッハッ! ハッハッハッハッハ!!! 本当に、本当に君には驚かされてばかりだ!!」
大笑いするラインハルトさんの背後で、わたしは弾倉をリロードする。
「そんなにおかしかったですか?」
「いやなに、僕は聖女という存在を少し甘く見ていたようだ。でも君の抱える闇と決意に触れて、その甘さは一瞬で消え去ったよ。君はただの聖女ではなく……最高の戦士だ」
彼は満足そうに言った後、わたしに再び問いかける。
「後輩くんを救うために、自由を取り戻すために……どこまでも進む覚悟はあるかい?」
ラインハルトさんの言葉が耳に響く。
彼が言う通り、城内は重武装の近衛に守られているだろう。
わたしたちの力だけでは到達できないかもしれない。
だが、攫われたフウカのために。
そして推しからの期待に応えるため! わたしはわたしの全てを捧げる覚悟を持っていた。
「自分は聖女としての使命も大切にしますが、貴方のためならどんな犠牲も厭わない。ラインハルトさんが行く場所には、わたしはどこへだって付いて行って見せますよ」
決意を込めた言葉が口からこぼれると同時に、わたしは再びハンドガンを構える。
「さあ、ラインハルトさん。進みましょう! 全てを取り戻すために、王城へッ!」
ラインハルトさんは笑顔で頷き、馬を駆り始める。
風に舞う蒼髪をなびかせながら、わたしたちは決死の覚悟で城へと突入していく。
王城の壁が迫るにつれて、敵の数も増えていく。
しかし、わたしたちの前に立ち塞がる者は、わずかな間に打ち倒されていった。
ハンドガンから放たれる一発一発が、敵の命を簡単に奪い去る。
血の匂いが充満する中、戦場は一層激化していく。
ラインハルトさんの背中に寄り添いながら、わたしも力強く引き金を引き続けた。
自分の魂に宿る悪魔と向き合いながら、闘いを続けていく。
やがて、王城の大門が目の前に迫ってきた。
その門をくぐれば、フウカとの再会が待っている。
「待ってて、必ず助け出すから!」
心に誓いながら、王城の大門へと向かって駆け抜ける。
前方に広がる未知の戦場へと、わたしたちは飛び込んでいくのだった。