十一話
二千花を助け出した俺達は一度隔離地区から出ることにした。元々、旧江戸川高等学校まで行ったら引き返す予定だったし、面倒くさいのに目をつけられた可能性もあったからだ。そして翌々日、しっかりと探索するための準備をして旧江戸川高等学校付近のビル内で再度本日の予定を確認することにした。
「それじゃあ、今日からの探索の目標を示す」
燿はそう切り出しながら地図を広げた。特になにもいうことなく百地がハイエルフのクリスタルを取り出す。クリスタルがグルグルと回って場所を指す。
「昨日、一昨日と変わらないね」
「その辺りを拠点に活動していると見るべきか」
「場所が面倒くさいなぁ」
燿が実に嫌そうに顔を顰めた。
隔離地区には治安の悪い地域がある。いやまぁ、ランダムで化け物がポップする時点で治安もクソもないわけだが、それでも治安の上下というのは存在する。例えば、隔離地区への正式な入り口である門から直近の拠点までの大通りは治安が良い。探索者は行き来するし定期的に補給のための人員が通るから化け物も比較的少ないからだ。三箇所ある門、308号門、318号陸橋門、501号門から続く道とその先にある軍の拠点、そこから外れると治安が悪くなっていく。具体的に言えば犯罪者が現れ始めるのだ。
一口に犯罪者とは言っても個性は色々ある。重犯罪で指名手配を受けた犯罪者からそこまで重い罪でなくとも刑務所に行きたくなくて逃げてきた犯罪者、ヤクザにテロリストに工作員に隔離地区は犯罪者の楽園とか言う意味不明な言動に惑わされて来た阿呆など。総じて言えることは生き残っている奴は厄介だということだ。探索者や軍と違い補給路そのものがなく、あるのはヤクザやテロリストが使う細々とした物。そんな状況で一月でも生き残っているような奴が厄介でないわけがない。
クリスタルが指しているのは俺達が今いる旧江戸川高等学校付近と旧市鹿本学園の間辺り、十四号線を越えて同潤会通りと中井堀通りの間を3ブロックほど南下した辺りだ。
「まぁ、コイツを試すのにちょうど良いと思うかな」
燿が軽く叩いたのは昨日持ってきていた91プリではない。91リプの三分の二ほどの大きさでかなり簡素化された銃、短小銃「梅」だ。短小銃は人が発砲可能なサイズの魔術小銃弾頭を作れない時代に苦肉の策として生み出された銃種だ。十五ミリ以上という人が拳銃で撃てないが分類上は一応拳銃弾を使用する。短小銃は魔術小銃弾頭が量産可能になるまでの短期間で使用されると考えられ、「梅」は当時設計された三種類の短小銃の中の原型であり最も簡素化された銃だ。なんせ基本は単発で連発はオプションであり、そのオプションが標準装備となったのが一つ上のバージョンである「竹」になる。
間に合わせ故にとにかく安くするために部品点数を極限にまで減らし、なおかつ簡単に壊れないように加工精度もぎりぎりまで緩くした設計のためとにかく頑丈でAK47よりも壊れ辛い。そのため魔術小銃弾頭が量産され始め国内の公的機関の銃器が小銃に切り替えられても、発展途上国やとにかく銃が欲しい中国で求められ続けたため短小銃などという分類が作られる程度に今でも残っているのだ。
ちなみに、日本国内で短小銃を使っている者は殆どない。帯に短し襷に長しを体現したような存在なので普通は91リプのような6.5ミリ小銃を選ぶ。ただ、燿の体格で91リプは少々デカすぎた。射程を考えれば91リプは欲しいところなのだが、今は百地がいるからカバーできるがゆえに「梅」の購入を決意した。弓矢で小銃並みの射程と精度とかマジイカレてるな蛮族。
「数日は周辺探索をして危険度を測る。俺達でも問題ないと判断できたら徐々に目的地を目指して進行する」
「ダンジョン1階を踏破できるならこの辺りは問題ないらしいけど?」
「そうやって油断して死ぬのはマヌケのすること」
燿は地図を背嚢にしまい込み、槓桿を引いて弾薬を装填する。ダンジョンで実際に死にかけたからな……アレは油断していたわけじゃないが油断しなくても死ぬという良い体験だった。
「ところで人は殺せる?」
燿が突然閃いたかのように問いかける。二千花は目を丸くしている。
「私は問題ないかな」
「二千花はありそうだね。まあ、べつに無理しなくて良いよ。そもそも攻撃担当じゃないし」
殺人に躊躇う様子のない二人に二千花は絶句した。ダンジョンで化け物討伐するのならともかく人はなぁ……平和に生きてきた二千花では難しいだろう。蛮族は蛮族だから本当に問題ない。人肉を生で食ってても不思議じゃないし。
ダンジョンにしろ隔離地区にしろ、探索者同士の殺し合いは御法度だが犯罪者をぶっ殺すのは見逃される。そもそも明確な物証があったとしても警察が捜査に行けないしな。だから警察から探索の録音録画を推奨されるんだが。
「なんで隔離地区に来てまで人が人を襲うんでしょう?」
「ヒトガタみたいな化け物ぶっ殺すよりも人ぶっ殺す方が簡単に思えるからじゃないの?」
ぽつりと呟いた二千花の言葉に燿は当然のように答えた。百地は不思議そうに首を捻る。
「人間の方が強くない? 普通に考えて」
「そりゃね。基本的に隔離地区探索してる探索者はヒトガタぶっ殺せて当然だからね。ただ、そこまで考えられない阿呆は結構いるんだよ」
燿は実に苦々しそうに答える。私にも顔があれば同じような表情をしていただろう。阿呆共に散々苦しめられてきたからな……。
「躾や教育の行き届いたやつしか相手にしてこなかった二人には分からねえだろうな、阿呆は本当にお前らの想像以上に阿呆だぞ」
「僕が弱くないことを理解させるために殴り飛ばしても理解出来ずに何度も突っかかってくる奴とかいるからね……」
こんな女みてえな奴に俺が負けるわけがねえって何度殴り飛ばされても言ってたからな……問題はアレが特別阿呆じゃなくて似たレベルがゴロゴロしていることなのだ。
「不思議に思わない? 隔離地区ができてから何十年と経っているのに未だにチンピラを当然のように警戒するだなんて。全滅しててもおかしくないし、むしろ極々少数になってて当然でしょ? 普通に考えたら」
「それはまぁ……補充されているということですか?」
「そうだ。で、どころから補充されているかというと探索者からだな」
「……隔離地区に出てくるチンピラは元探索者だと?」
信じられないという表情の二千花に燿が無言で頷く。
「探索者なんて元重犯罪者でなければ誰でもなれる職業だ。犯罪をやってきて偶々捕まらなかった奴とかも当然いる。そういう奴らは何故か隔離地区内部のチンピラやヤクザ共と取引を始める。弾薬等と隔離地区の拾得物を物々交換するわけだ。そっちの方が探索するよりも楽だと考えるんだろうな。そして銃器の損耗率と消耗品の消費率の不自然さやらなんやらからバレて隔離地区へと逃げてチンピラの仲間入りをする。そうやってチンピラの数が一定に保たれているわけだ」
「クソみたいな生態系ですね……」
「出くわせば無駄に弾薬消費するだけだし本当にクソだよ」
舌打ちする燿にそうじゃないと二千花は言いたげだったが、特に何も言わなかった。
今更ですけど人生が原因で更新頻度が落ちます。