3 かぐや姫、シンデレラと対峙する
こうして白雪姫は、『かぐや姫』の物語世界で、温かい家庭を得る事ができました。かぐや姫は月に連れ戻される事も無く、現在は『シンデレラ』の物語世界で過ごしています。その、かぐや姫は、ある日シンデレラに携帯で話しかけました。
かぐや姫「シンデレラ? 今、通話できますか?」
シンデレラ「あー、かぐや姫か? ちょっと待ってくれ。今、小人達とフットサルで対戦してるから」
携帯機は便利なもので、様々なホビーの情報を教えてくれます。手製のボールで球技を楽しむのが、最近のシンデレラの日常でした。
シンデレラ「ふー、終わった。アタシと小人じゃ、やっぱアタシの方が有利だから勝つよなぁ。で、何か話があるのか?」
かぐや姫「それですよ、シンデレラ。貴女は今のままで良いのですか?」
ごまかしは許さないという、強い口調で、かぐや姫はシンデレラに問い掛けます。
かぐや姫「いつまでも森の中で、小人達と過ごすだけで満足ですか? 白雪姫が森の中で小人と過ごしていたのは、逃亡生活を強いられていたからです。でも、貴女は違うでしょう」
シンデレラ「何だよ、説教かよ。母親みたいな事を言わないでくれ」
かぐや姫「言いますよ。貴女には意地悪な継母しか居ないでしょう。それなら誰かが言わなければいけないんです!」
シンデレラは黙り込みます。かぐや姫は続けて言いました。
かぐや姫「ねぇ、シンデレラ。わたくし、貴女の物語世界の情報を見ました。正式な未来では、貴女は城に、ガラスの靴を置いていきます。貴女の継母は、自分の娘の足を切るんですね。ガラス靴のサイズに足を合わせるために」
シンデレラは、まだ黙ったままです。かぐや姫は言葉を続けます。
かぐや姫「貴女は、それが嫌なんでしょう? どんなに酷い目に遭わされても、貴女の方は、家族を傷つけたくない。だから王子様との結婚で幸せになれるのに、その権利を手放そうとしている。そういう事ですか」
シンデレラ「……アタシは、王子様と結婚するような柄じゃねぇよ。ただ、それだけさ」
かぐや姫から目を逸らしながら、シンデレラは答えます。
シンデレラ「身分制度って奴が、そもそも悪いんだ。舞踏会で王子様との結婚をちらつかされれば、そりゃあ皆、おかしくもなるさ。他の誰かを蹴落とさないと幸せになれないって言うなら、そんなものをアタシは求めない。ただ、母さんが居てくれれば良かった。それだけで……たった、それだけでアタシは良かったのに……」
シンデレラの声が、震えて止まります。
かぐや姫「……貴女は以前、言いました。『幸福になる権利をゲットしようぜ』と。それで言うなら、貴女には幸福になる義務もあると、わたくしは思います」
シンデレラ「……そんな義務、聞いた事が無ぇよ。誰が決めたんだ、そんなの」
かぐや姫「貴女を愛していた、実の母親。そして貴女の事が好きな、白雪姫や、わたくしが決めました。貴女の母は、娘が不幸せである事を望みますか? 貴女の友は、貴女の不幸を喜ぶと思いますか? わたくしは貴女の不幸を許しません。立ち上がりなさい、シンデレラ!」
シンデレラ「……どうしろって言うんだ。元の筋書き通りに、王子様と結婚しろってのか」
かぐや姫「それは貴女が決めてください。貴女が本当に納得できて、それで幸せになれるのなら。どんな選択でも、それをわたくしは支持しますよ」
シンデレラは上を向いて、少し、鼻をすすりました。
シンデレラ「全く……本当に、母さんみたいだ……」
かぐや姫「貴女が本来、参加するはずの舞踏会までは、まだ数日あります。それまで、何をすべきか、よく考えてくださいね」
シンデレラ「ああ、分かった。その時までには結論を出して、あんたに伝えるよ……ありがとうな、かぐや姫」
最後に小さな声で、シンデレラは礼を言って。そして、かぐや姫は何も聞こえなかったかのように、静かに通話を切りました。
そして『シンデレラ』の物語世界で、舞踏会が行われる当日となりました。シンデレラの継母と娘は、既に城へと出かけています。かぐや姫は舞踏会に行くつもりも無くて、一人で留守番をしている状態です。やきもきしながら、かぐや姫はシンデレラからの連絡を待っています。
かぐや姫の携帯が鳴ります。もちろんシンデレラからで、かぐや姫は急いで携帯を手に取りました。
シンデレラ「悪いな、連絡が遅れた。何をするか決めたよ。アタシは、そっちの世界に戻る」
かぐや姫「舞踏会に出るのですね? なら早く来なさい。もうカボチャの馬車が迎えに来る時間が近づいてます」
シンデレラ「あんたも、お人よしだよな。アタシの代わりに舞踏会に出れば、王子様と結婚して幸せになれるだろうに」
かぐや姫「怒りますよ!? 貴女は白雪姫と、わたくしの苦難を救ってくれました。次は貴女が救われる番です……と言っても貴女は、結婚を望んでいないようですが」
シンデレラ「ああ、その通りさ。アタシは自分の世界に戻って、そして舞踏会に出る。けど、それは王子様との結婚のためじゃねぇ。城の、お偉い連中に言ってやるのさ。『てやんでぇ!』ってな」
かぐや姫「それから、どうするのですか。また、この家で継母と暮らすつもりで?」
シンデレラ「もう家には戻らねぇよ。その方が、アタシも継母達も幸せってもんさ。何処か住まいを探すよ。どうにもならなくなったら、別の物語世界に避難させてもらう」
かぐや姫「そうですか……では、わたくしは貴女と入れ替わりで、『白雪姫』の物語世界に移動しましょう。いいですか、辛い時は遠慮などせず、わたくしを訪ねてきなさい。わたくしが貴女を、絶対に幸せにしてみせます」
シンデレラ「ああ、そうさせてもらうよ……愛してるぜ、かぐや姫」
かぐや姫「ええ、わたくしも愛していますよ、シンデレラ。さぁ早く、舞踏会の準備を」
こうしてシンデレラは、元の世界へと戻って、そしてカボチャの馬車に乗って舞踏会へと向かいました。かぐや姫は、『白雪姫』の物語世界へと移動します。
かぐや姫「さて、わたくしは、この世界の危険人物を処理しましょう。あの女を排除しないと、白雪姫が元の世界に戻る時、困りますから」
何やら怖い事を言いながら、かぐや姫は目的地へと向かっていきました。
『シンデレラ』の物語世界では、舞踏会が盛り上がっています。そこで一人、ガラスの靴を履いた美女が注目を集めました。一体、何処の姫様だろうかと皆が、ざわめく程の見目麗しさです。ところが、その彼女がガラスの靴を脱ぎ棄てて、裸足になったから周囲は騒然となりました。
その裸足の美女、つまりシンデレラは、持っていた木靴に履き替えます。この木靴は庶民しか履かないもので、シンデレラが普段、使っているものです。その木靴で、シンデレラは床をリズムに乗って蹴り鳴らし始めました。
シンデレラ「皆さま、ご覧あれ。これがタップダンスですわ」
行商人から貰った携帯機で、シンデレラは未来のダンス動画を見ていたのでした。それが面白くて、今日の舞踏会の直前まで、彼女は様々なダンスを練習してきたのです。エネルギッシュな動きに、お城の貴族達は圧倒されています。
シンデレラ「そして、これがブレイクダンス。ああ、このスカート、裾が長すぎますわね」
魔法で用意された、豪華なドレスの裾を、シンデレラは引き千切って短くします。唖然としている周囲を尻目に、シンデレラは床に背中を付けて高速でクルクル回ります。バックスピンという技で、普通、スカートを履きながら使う技ではありません。男性達は、あんぐりと口を開けてます。
女性達「わ、私にも、そのダンスを教えて!」、「私も!」、「私も!」
男性達と対照的に、女性達は、すっかり新しいダンスに魅了されていました。お淑やかであれと、これまで抑圧的に育てられてきた女性達には、シンデレラのダンスが輝いて見えたのです。もはや彼女達は、男性達の事など綺麗に忘れて、忘れられた男性達は立ち尽くすばかりでした。
シンデレラは女性達に、快くダンスを教えます。中にはシンデレラを虐めていた義理の姉達も居て、その姉達が子供のように笑いながらダンスに興じている姿を、眼を細めてシンデレラは見つめておりました。
シンデレラ「お姉さま達も、きっと、ストレスが溜まっていたのですね……」
時間は、いつしか深夜零時の時刻が近づいています。魔法が解ける時間ですが、シンデレラは、会場から出ようとはしませんでした。零時の鐘が鳴り響きシンデレラの服は、みすぼらしい元の姿へと戻り、またもや周囲を驚かせます。
シンデレラ「アタシは庶民のシンデレラ……。そのアタシにも、貴族の皆様を楽しませる事ができたのなら、光栄ですわ……てやんでぇ」
最後に、小さく、そう言って。ちょっと舌を出してみせたシンデレラは、すっきりした表情で、子供のように朗らかに笑いました。