1 シンデレラ、月に向かって吠(ほ)える
昔々、それぞれの時代で、白雪姫とシンデレラとかぐや姫の物語が展開しておりました。
白雪姫は継母である、お妃さまから美を妬まれ、お城で殺害されそうになった事から森へと逃れて。シンデレラも継母と、その娘達から虐められ、「てやんでぇ!」と反発して。そして、かぐや姫は自分を棄てた、月からの使者に寄って一方的に連れ戻される日が近づいておりました。
三者三様の苦しみを抱えるヒロイン達。その彼女らの元に、ある日、旅の行商人が訪れます。行商人は、「代金は結構です」と言って、ある物をそれぞれのヒロインに渡しました。
私「あー、どーもどーも。旅の行商人です。今回の商品は、形は携帯電話に似てますね。あ、携帯って言ってもヒロイン様には分かりませんか。気にしないでください、へっへっへ」
いかにも怪しげです。訝しげなヒロインに、行商人は、自分が未来からの来訪者なのだと語りました。
私「こちらの世界は物語の舞台として、多くの方々から見られてるんですよ。で、未来の視聴者から、『ヒロインの扱われ方が可哀想だ』っていう抗議が寄せられましてね。そこでケーブルテレビ局の私が、ヒロインに今回の商品である、通信機能付きの携帯型タイムマシンを渡しに来たって訳です。良く分からない? まあまあ、気にしないで」
商品の使い方は、小型の携帯電話に見えるタイムマシンが、音声で教えてくれるそうです。音声は他にも、未来では女性の人権が広く認められるようになるといった情報まで教えてくれました。
私「その機械、小型燃料で、ずーっと使えます。充電の必要とか無いんですよ、そもそも物語世界に電気なんか無いですし。その機械で、他の物語世界の言語に自動翻訳されますし、異なる世界に行き来もできます。物語の未来を変えてみてください。そういう展開を視聴者も望んでいるんでね。予備の機械もプレゼントしますんで。じゃあ、私はこれで失礼」
言うだけ言って、行商人は去っていきました。その後、ヒロイン達は既に機械に登録されている連絡先を確認して、携帯電話の要領で話してみます。こうして白雪姫とシンデレラと、かぐや姫は互いに出会ったのでありました。
白雪姫「この機械、未来を教えてくれるんですね。私、毒リンゴを食べちゃうんですか……」
機械は携帯電話よりも便利で、三人が同時に会話できます。画面からは相手の顔も見えて、オンライン会議みたいな状況です。
シンデレラ「アタシは舞踏会で、王子様と出会って結婚……? そんな柄じゃねぇよアタシ」
かぐや姫「わたくしは、やはり月に帰されてしまうのですね……どうにも、なりませんか」
静かに嘆く、かぐや姫です。これにシンデレラが反応しました。
シンデレラ「おい、諦めんなよ。行商人も言ってただろ、アタシ達の未来を変えてくださいってよ。機械も言ってただろ、未来は女性の人権が認められるって。アタシ達には今、この時しか無ぇ。この機械で、アタシ達の『幸福になる権利』って奴をゲットしようぜ!」
かぐや姫「でも、どうやって? 月からの使者は強すぎるんです。どんな軍事力でも勝てはしません」
シンデレラ「頭が固ぇな。行商人の話を思い出せよ。この機械を使えば、アタシ達は異なる世界に移動できるんだぜ……」
かぐや姫の物語世界では、いよいよ月からの使者が、天から降りてくる時が来ました。帝が率いる軍隊が、月からの使者を押し留めようとしますが、全く歯が立ちません。使者はかぐや姫が住む屋敷の中へと入りますが、そこで思わぬ存在と遭遇しました。金髪の少女です。
シンデレラ「残念だったな。かぐや姫は、もう、この世界に居ねぇよ」
その通りで、シンデレラが提案したのは、ヒロインを別の物語世界へ移動させる事でありました。シンデレラも継母からの虐めにウンザリしていたので、そこから逃れられます。現在、『かぐや姫』の物語世界にはシンデレラが居て、『シンデレラ』の世界には白雪姫、そして『白雪姫』にはかぐや姫が居る状態なのでした。
シンデレラ「親の都合で娘を操るんじゃねぇよ。アタシらの人生は、アタシらが決めるんだ。簡単に支配できると思うな。帰りやがれ、てやんでぇ!」
シンデレラに怯えた訳でもありませんが、月からの使者も、世界から消えたかぐや姫を連れ戻す事はできません。不承不承、使者は帰っていきました。
『白雪姫』の物語世界では、お城から逃げた白雪姫を追跡するべく、継母である妃が魔法の鏡を使っていました。その鏡が、こんな事を言います。
魔法の鏡「お妃さま。白雪姫が、この世界から消失しました」
お妃さま「消失? おかしな表現だね、死んだって事かい?」
白雪姫の美しさを妬んで、殺害しようとしていた妃ですが、その白雪姫が居なくなってくれたのなら文句がありません。すっかり上機嫌になりました。
お妃さま「あの娘が居ないのなら、この世界で最も美しいのは私だ! 今夜は乾杯だねぇ」
実際にはこの時、『白雪姫』の物語世界には、かぐや姫が居たのですが。妃は何も知らず、ワインを飲んで浮かれまくりました。