ちょっと長めの、劇までのプロローグ
私が通っている高校は女子校で、私は高校二年生。演劇部の部員で、ただし演じるよりは劇の脚本を書く方が多い。今は九月で、三年生は引退をしてるから、私のクラスメートが演劇部の部長となっている。そして、この部長と私は恋人同士だ。
この演劇部とは別に、私のクラスでは、今月の文化祭で劇をやる事になっていた。で、私が劇の脚本を書く事になったのだけど、困った事に劇の内容が決まっていない。これは私の落ち度では無く、クラス内で意見が割れたから。現在、劇の内容の候補としては、『かぐや姫』、『白雪姫』、『シンデレラ』の三つが挙がっている。
その三つの支持者が、それぞれ派閥みたいになって抗争を繰り広げている。話し合いは紛糾して、結局、脚本家である私が何とか解決しろと。そんな無茶振りをされているのだった。
恋人「ごめん、待った?」
私「あー、大丈夫。ちょうど劇の脚本をどうしようか、考えさせてもらってたから」
今は放課後で、私達はコーヒーショップに居る。コーヒーよりも、甘いスイーツの方が大人気のチェーン店だ。学生同士の私達が、健全にお付き合いをするのには良い場所である。ケーキやフラペチーノで糖分を補給しながら、私達は劇に付いて話し合うのだった。
恋人「文化祭は今月だから、『かぐや姫』が時期的にはピッタリよね。中秋の名月って言うし」
私「そうね。かぐや姫をやりたがってる子も演劇部だし。彼女をヒロインにすれば、劇の内容も安定するのは分かってるんだけど」
かぐや姫を演じたがっている子は長髪で、見た目が和風の美人だ。ちょっと演技に自信を持ちすぎてるのが玉に瑕である。
恋人「ただ、『白雪姫ちゃん』の人気も根強いのよ。本人は内気なのに、周囲の支持者が、『彼女が演じる白雪姫を見たい!』って言って」
私「推薦されて、祭り上げられちゃってるもんね。まあ私も、彼女が白雪姫なら正直、見てみたいけど」
『白雪姫ちゃん』は色が白くて、学校で一番の美少女だと思う。それでも私は、目の前に居る恋人の方が好きだけど。演技の経験なんか無い、内気な子なのに、期待には応えたいらしくて「が、頑張ります!」と言っている。白雪姫ちゃんは中々、芯は強い子なのだった。
恋人「で、問題児のシンデレラね。あの『てやんでぇ!』が口癖の子。彼女も妙に人気者で」
私「生まれてきた時代を間違えてるよね。七十年代のスケ番が現代に来たみたい」
昔はスケ番と呼ばれる女番長、つまり女子の不良さんが居たらしい。そんなファッションの彼女は金髪で、校則が厳しい他校なら退学になっていた事だろう。ちなみに白雪姫ちゃんと違って性格も強気で、シンデレラ役には自ら立候補している。
恋人「シンデレラを自分と、重ね合わせて見てるらしいのよねぇ。それも王子様との結婚なんかには、全く興味は無いらしくて」
私「『アタシには分かるのさ。シンデレラの、魂の叫びが!』とか言ってるものね。映画のロッキーみたいな解釈なのかしら」
無名のボクサーが、ボクシングで世界タイトルマッチを戦って、そして敗れる話。そういう映画の主人公であるロッキーをシンデレラちゃんは崇拝しているらしかった。午前零時で魔法が解ける少女というのは、なるほど確かにロッキーと重なる部分があるかも知れない。
恋人「無名のロッキーが、試合中の十五ラウンドだけ、世界中から注目されるのよね。舞踏会の間だけ輝けるシンデレラと、確かに似ているかも」
テーブルの上のスイーツを、あらかた食べ終える。さて、私達も結論を出さないと。
恋人「それで、劇の演目はどうする? 『かぐや姫』、『白雪姫』、『シンデレラ』の三つが候補で、どれを選んでも別の支持者から恨まれそうだけど」
私「あー、大丈夫。三つとも、オリジナルストーリーで、まとめて演ろうよ。私が脚本を書くから」
恋人「え、まとめて!? 全部をやるの!?」
恋人ちゃんは驚いてるけど、何とかなると私は思う。私としてはオリジナルの脚本を書きたくて、ちょうどいい機会だと思っていた。そもそも私は、この三つの話に付いて、以前から気に入らない点があったし。
私「『かぐや姫』、『白雪姫』、『シンデレラ』だけどさ。どれもヒロインが受け身だと思わない? かぐや姫は月に連れ戻されちゃうし、白雪姫は逃避行の末に毒リンゴで仮死状態でしょう。シンデレラは舞踏会から立ち去って、自分を虐める継母の家に戻っちゃう」
恋人「女性の社会的地位が低い時代の話だものね……今も大して変わらないかも」
私「その三つの物語世界を繋げて、ヒロインが互いに、自由に行き来できるようにするの。ヒロインには、もっと自由な選択肢が与えられて、別の世界に行く事もできるし留まる事もできる。その中で、本当に自分らしいハッピーエンドを見つける話を書くわ」
ヒロインが王子様と結婚する展開は、女子が憧れる話なのだろうし否定はしない。これからも、いわゆるシンデレラストーリーは語られ続けるのだろう。ただ私達のような女子の同性カップルは、王子様との結婚を望んでいないのだ。
結婚が最上のハッピーエンドだとすれば、その幸せは、同性婚を認められない私達には決して訪れないという事になる。それが私は嫌だった。せめて物語の中だけでも、私と恋人が自分らしいハッピーエンドを探せるような世界を書きたい。それが今回の話を書きたいと思った、本当の動機だ。
恋人「……例えば、劇の中で、女子同士が結婚するとか。そういう展開もある?」
流石は私の恋人で、私がオリジナルの話で何を書きたいのか、想像が付いているようだった。苦笑しながら、私は答える。
私「そこまでは書かないよ。現代でも難しいのに、昔の話で同性婚があったら、それは不自然すぎるだろうし。ただ、女性同士の愛くらいは書くかな」
もうストーリーも思いついた。白雪姫役の子は、内気で演技も未経験だから、セリフや出番を少な目にする。白雪姫の出番を序盤に持ってきて、劇の中盤でシンデレラの話に決着を付ける。そして最後に、演劇部員である、かぐや姫役の子の演技で劇を終わらせるという構想だ。
私「私の脚本で、三つの劇の支持者に納得してもらう。時間も無いんだから文句は言わせない」
恋人「頼もしいわね、天才脚本家さん。支持者の説得は私に任せて」
お世辞なのだろうが、それでも私は、恋人からの賛辞が嬉しかった。結局、私は彼女にさえ褒めてもらえれば、その他の評価はどうでも良いのだ。
私「三つの劇は基本的に、誰でも知ってる話だから、それぞれストーリーの前半部分は省略する。そうしないと上演時間の中に納まらないもの。一応、劇のナレーションで簡単にストーリーを説明するわ」
恋人「じゃあ大変だろうけど、頑張って脚本を書き上げてね。劇が成功したら、今度のデートで、うんと楽しませてあげる」
という訳で、私は張り切って脚本を完成させた。私のデートが懸かっているのだから失敗は許されない。その後は、主に私の恋人が、それぞれの劇の支持者を話術で丸め込んだ。そして稽古が始まる前に、劇のヒロイン達と脚本家の私、そして総監督である恋人ちゃんを交えての話し合いを行う。
白雪姫「演技は未経験ですが、皆さんの足を引っ張らないよう、頑張ります!」
私「他のヒロインよりセリフは少な目だから、気負い過ぎないでね。きっと大丈夫よ」
恋人「シンデレラはどう? セリフが多めだけど」
シンデレラ「てやんでぇ!」
私「そうそう。何事も気合よね、行ける行ける。かぐや姫は、どう?」
かぐや姫「他の皆さまが足を引っ張らなければ、わたくしの演技で劇を締めてみせますわ」
恋人「こら、演劇部だからって調子に乗らないの。部長の私が許さないわよ」
恋人ちゃんは叱りつけてるけど、委縮されるよりは、よっぽど良い。こうして稽古は始まって、そして本番の日を迎えた。劇のナレーションは私の恋人が担当するので、個人的に楽しみだ。女子校の文化祭なので、キャストは音声役も含めて、全て女子である。なお私も、劇にはチョイ役で出演している。
舞台の幕が上がる。劇のナレーションが始まった。