転生公爵令嬢の危機管理と悲観
設定は緩いです。なんとなく読んで頂けると嬉しいです。
私はホープ公爵家の長女マリアベル・ホープ。
今日は孤児院への慰問へ行き、今はその帰り道である。
ホープ家専用馬車の中には、私の他に専属侍女のマーサと専属護衛騎士のカインの3人、そして我が家の御者ルイスも入れて計4人での帰還の最中だ。
「うおっと!・・・」
馬を操るルイスの驚愕する声と共に、馬車が急停止する。かなり揺れたが、カインに支えられ私とマーサはなんとか座面から飛び出さずに済んだ。
「どうした!」
カインがルイスに問い質す。
「人が急にっ・・・」
その応えに、カインは私とマーサにここにいるよう声をかけると外に飛び出した。
少しの間外の2人のやり取りがあってから、やがてカインが戻って来た。
「若い女性が急に飛び出して来て、ひかれた訳ではありませんが倒れたそうです」
「え、大変だわ。すぐに馬車に乗せて」
慌ててそう指示すると、2人がかりで馬車の中に行倒れの女性が運ばれて来た。
私と同じくらいのまだ14~5の少女で、衣服は薄汚れていたが、元は上等の服だと分かる身なりだった。
保護した女性を伴い帰宅した私は念の為、マーサ、カイン、ルイスに内密にするよう頼みこっそり中庭の別邸に運ばせ様子を見ることにした。何故ならこういうことを、両親も兄もいい顔をしないのが分かっているからだ。頼んだ3人は私にとって信頼できる者達であり、それ故私個人の行動を共に出来る安心の者達なのである。
その後、何食わぬ顔で帰宅し頃合いをみてカインを連れ別邸を訪れると、先に居たマーサが少女と話している最中だった。カインに外の見張りを頼み、改めて向き合うと少女が頭を下げる。
「こちらに連れて来て頂きましてありがとうございました」
元は可愛らしい初々しい顔立ちであろうに、今その顔は憔悴しきった絶望に彩られた老婆のような表情である。私が事情を聞く前に、マーサが掻い摘んで説明してくれた。
彼女は、リリシア・スワニー元子爵令嬢で、怒りを買ってしまった侯爵家並びに父である子爵の命により、除籍され着の身着のまま放逐の憂き目に合ったそうなのである。
驚いた私は我が家で保護を、と言いかけたものも、リリシア嬢に首を振られた。
「情け深いホープ公爵令嬢様、有難いお言葉ですが、それは無理です」
それを聞いたマーサも頷いている。そうだった、申し出た私も実はそう思っている。他家の裁定を覆すなど、公爵家といえども、いらぬ諍いを生むし、王家からも睨まれてしまうからだ。
もっとも穏便に済む方法として、修道院へ送ることになった。身なりを平民のように整え、親しくしているシスターに紹介状を書いてもらい馬車で送り届けた。これ以上の事は出来ぬ心苦しさにも関わらず、リリシア嬢は涙を浮かべ感謝を述べ去って行った。下位貴族である彼女と会う機会は今までなかったが、このような出会いでしか会えぬことを残念に思った。
それらの事が恙なくやり終えた日の夜、就寝についた私は眠るどころではなく、この世の無常さに激しく憤っていた。
「上位貴族が下位貴族令嬢に横恋慕した挙句、思い通りにならないからといって冤罪をでっち上げるなんて最低だわ。おまけに父親まで睨まれたくないからって切り捨てるなんてどう言う事っ?」
怒りが中々収まらない。
「この国の人権はどうなってるの?・・・あれ?・・・人権?」
なんだろう?と、一瞬思ったが怒りの勢いはまだ止まってなかった(汗)
「高位貴族の男たちに言いたいわ、間違いを気付いて正す事を覚えないさい! ついでに被害女性に謝りなさい! ううん、謝っても済むことじゃないわ、謝って済むなら警察はいらないわよ!・・・?」
え? 警察? 何それ? あれ? 人権?
急に頭の中に沸き起こった言葉の数々に自分自身驚いている。
こんな言葉知らない・・・・ いえ、知っている。私は身分の上下も無く、安心で安全な平和な日本に住んでいた・・・
それからどんどんその記憶流れていきて混乱するも、幸いにも就寝状態だった私はそのまま頭を休める為眠りについた。
翌日、家人に体調が悪いと告げ、全ての予定を取りやめると、自室に籠った私は、記憶の整理をすることにした。心配そうなマーサには大丈夫と微笑み一人にしてもらった。
私の記憶・・・・
残念ながら個人としての記憶はないみたい。ただ進んだ科学と平和な生活を享受していた諸々を思い出した。
これってよく読んだ例の異世界転生ってこと? そうよね、ロイアール国なんて前の世界で聞いたことないし、知ってる中世史とも噛みあわない。
まさか、例の悪役令嬢とか出てくるゲームの世界じゃないでしょうね(汗) 乙女ゲームなんてやった事ないわよ!
あ、でも、この世界、魔法とかスキルとか冒険者とか無いわね。残念だわ。ううん、違うでしょ(汗) それならよくある、乙女ゲームの世界じゃないだろうから安心?
いえ、待って!
私って公爵令嬢よね。歳は14歳、成人まで後2年。現在王太子殿下の有力婚約者候補・・・ 正直他に釣り合う令息はいないから、これを逃すと結婚は絶望的? それこそ修道院送り?(汗)
なんだろう? 思い出すまで考えてもみなかったけど、今まで何の疑問もなかったけど。自分の身の振り方を考えよう!
王太子殿下こと、アラン・ロイアール様と結婚したい?・・・・・・
無いわ~~~~~~~~~~~~!!!!!!
顔はまあまあだけど、陰険、陰湿、好色、うわあぁ・・・ なんで今までの私平気だったの? 違うわ、私たち令嬢は受け入れるのが務め。逆らうなんて考えは及ばないわね。う、無理無理、今となっては受け入れられない(泣)
だけど、婚約にならなくても、それはそれで終わってしまうわねきっと。この世界はいわゆるファンタジー的なユルさや抜け穴、チートなんて無いし、人々の身分の格差は残酷なくらい大きいわ。平民を差別するわけではないけど、よほどの伝手が無い限り、貧しく、貧しければ、容姿にも知識にも現れてしまう。同じ年齢でも、貧しい者は早く老いるし豊かな者は若くある。
おまけに、徹底した男尊女卑。女が自活出来る道があるかすら怪しいわ。それこそ修道女になるくらいしか思いつかない。侍女や家庭教師は紹介とか背景とか問われるだろうし。私の場合高位すぎて、かえって敬遠されそう・・・・
私はどうしたらいいだろう?
「マリアベル様、とてもお美しいですわ」
マーサの称賛の声も空しい。今日は例によって、婚約者候補を集めた王家のお茶会。欠席したいけどそれは絶対に出来ない。瞳と合わせた青いドレスに金色の髪にも青色の髪飾りを付け、公爵令嬢にしては質素な装いで纏めている。
そう、記憶があろうと無かろうと性格や好みは変わらない。私は元々華美は苦手なのだ。自分の容姿にもさほど興味はなかった。ふふ、貴族令嬢としては失格ね。マーサ、カイン、ルイスのいつもの共を連れ王宮に向かった。
そして、今、軽い危機である(汗)
「どうした? ホープ公爵令嬢。私との仲を深めるチャンスだぞ」
厭らしく顔を歪める殿下に絶賛迫られいる私。しまった、みんなのいる場所から離れるんじゃなかった。思い出してからは、どうも息苦しさが募るようになって一人になるなんて失態を仕出かすとは。令嬢は一人になっては絶対にいけない。基本よ、これ! 狙ってくださいと言わんばかりだわ。
けれど、思いがけない救いが現れた。3~4人の令嬢が偶然を装って割り込んで来た。有難いけど(汗)
私が抜け駆けしたと思って慌てて来たのだろう。令嬢に囲まれて満足気な殿下を残し、そそくさと遠退いて難を逃れた。あの様子だと、殿下のアレは常習なのだろう。好感なんて一ミリも無い、嫌悪しか湧かない。
そうして殿下を避けまくっていたのだが、努力は実らず正式な婚約者に選定されてしまっていた。
多分父が猛烈にプッシュしたのだろう。娘を生贄に差し出す気かと絶望した。
もう、無理。でも絶対逃げられないし、逃げおおせても、生きていく術がない・・・・せっかく生まれたこの世界だけど、自分で人生を絶たなければならないわね。
私は気がついたら自死をするしか逃げられないと腹をくくった。
半月もしない内に王宮に上がらなくてはならない。その前にやり遂げなくては・・・・
ホープ公爵家の令嬢である私は、12歳の誕生日に密かに、ある2種類の毒を母から渡された。
一つは常に持ち歩き、不埒な者に汚されそうになった時に服む即効性の毒。
二つ目は自然死、病死に見える死に方が出来、尚且つ毒だと感知されない毒。これはどういう時に使うのだろうと思ったが、今が正に使う時ではないか!
これは父も知らない、代々母から娘にと引き継がれて来た物らしい。だが、滅多にない貴重な物だというのが分かる。これを使用する時は渡された者の自由だという。ならばそれを実行するのみ。
その前にやらなくてはならない事をやっておかないと。
マーサには年齢を理由に王宮には連いてこなくてよいと伝えた。私が必要ないのかと泣かれたので、そうではなく、王家からの要請だと言い訳し、退職手当てをはずむからそろそろ孫孝行してはどうかと伝えれば、寂しそうにけれど了承してくれて、来月には実家に帰る事が決まった。マーサは元々男爵家令嬢で婿入りした夫に先立たれた後、爵位を売り生活費に当て、その上で私の侍女として、ホープ家に入ったのである。娘達は平民だが金持ちの商家と婚姻を結び子供が3人づついるそうである。働き者のマーサには孫に囲まれて幸せになって欲しい。
カインにもやはり、王家から護衛は配されるので、私の専属は外れてしまうが王室の騎士団に推薦状を書いたので、それを持って行けば大丈夫と伝えた。何やら難しい顔をしていたが渋々了承を得られた。カインは孤児だった。幼い頃慰問に行く母について行った孤児院で出会った男の子で、騎士になりたいと母や私に訴え、ホープ家の専属騎士になるべく、鍛錬を積んで今に至るのである。そう考えると幼馴染といっていいのかもしれない。道を切り開いて幸せになって欲しい。
ルイスはそれほど前の二人みたいに関わりはないが、それなりに世話になった。私の普段着などの御下がりの服や小物など、処分を頼むという体で渡しておいた。年頃の娘がいるそうなのでぜひ役立ててくれるといい。
協会のシスターには寄付を多めに渡した。ずっと出来なかった門の修復に使って欲しい。
孤児院にも多めに寄付を送っておいた。私が只のお金持ちだったら、もっと子供たちに何か出来たと思うのだが残念である。記憶を取り戻した今なら、文字や計算を教えるなど、もっと役に立つことがしたかったがそれはもうしょうがない。
さて、王宮に上がるまで二週間を切ってしまった。そろそろ前ふりが必要だろう。
眩暈や頭痛がすると訴えベッドに籠る。しかし、寝れば大丈夫と医者は断った。何日かそうやって籠った後、いよいよ実行に移す。
翡翠と水色水晶の飾り石のついた小箱を開ける。包装に包まれた白い錠剤が3錠。1錠飲めば意識を失い、2錠飲めば仮死状態になり、3錠飲み込めば自然死のように死に至る。これは水は要らない。母は気がつくだろうが、黙っているだろう。迷わず3錠飲みくだした。
意識が遠ざかる。さよならマーサ、さよならカイン、シスター、子供たち、ルイスも、ありがとう。
ふふ、私って結局親しい貴族令嬢はいなかったわね。今度生まれ変わる時はどうか優しい世界に・・・
・・・・・・
・・・・
「・・・・・・ア・・ベル・・・様、マリアベル様っ」
酷く喉が乾いて飛び起きた。え? 何? 私死んだはずじゃ?・・・
口を開こうとして咳込んだら、すかさず水が入ったコップを渡され夢中で飲んだ。頭がまだはっきりしない。
「此・・処は何処?」
「マリアベル様っ!」
マーサの声だ。暖かいふくよかな身体に抱きしめられているのが分かる。
「マー・・サ?」
聞いたが、返って来たのは嗚咽交じりの泣き声。そのままぼんやりしていたら、今度は両手を大きな手で包まれた。この手は知っている。
「カイン・・?」
聞けば返事のように、強く握り込まれた。ここはどこだろう? ホープ家の屋敷ではない。水を飲んで乾きが癒えるとまた眠くなってきた。
薄い意識越しに体を休めてくださいと聞こえた。
結論で言うと、私の自死計画はマーサとカインの二人に気づかれていたらしい。そう言えば忘れていたが毒の秘密を、母から渡されてすぐマーサに言ってしまってたのである。私は実の母以上にマーサを信頼していたのだ。マーサも私を大切に思ってくれていて良かった。人選を間違えていたら大変なことになっていた。
私の計画に気づいたマーサとカインの二人は親しい協会のシスターをも交え相談したという。マーサは私の毒薬のうち1錠を抜き取って、ただの栄養剤の錠剤とすり替え、仮死状態にして協会に安置された私を納骨の前日に身柄を抜き取りその後棺の蓋を閉め、空の棺を埋葬させたという。母は気づいたらしいが何も言わず、父は憤り、王家は次の婚約者探しをすぐ始めたという。そして此処はリリシア嬢を送った修道院だというから驚いた。
リリシア嬢はすっかり美しく元気になっていた。もうすぐ平民の恋人が迎えに来てくれると嬉しそうに語った。恋人は隣国を行き来する商人で、あの時国にはおらず、帰って来た恋人は事の次第を知り必死になってリリシア嬢の行方をつきとめたそうである。リリシア嬢は恩人である私も一緒に隣国に行かないかと声をかけてくれた。隣国は身分制度も殆ど無く、割と何でも自由なのらしい。商売のイロハも教わったら良いと力になる旨を伝えてくれた。話しているうちにすっかり仲良くなった。嬉しい!初めての女友達ゲットだぜ!(笑)
「マリアベル様、お別れは寂しいですが隣国行きは賛成です」
それは、私は死んだことになってるが、やはりどこで露見するか知れず危ないとマーサが言った。
「そうね、隣国で生まれ変わってみようかしら」
「私も、いや、俺も行きます」
私の前に膝ま付き、真っ直ぐ目を見てカインがそう言ってきた。
「カイン、貴方は平民だけど腕も良いし、騎士爵も夢じゃないわ」
「貴女を愛しています。ずっと諦めていた・・・初めて孤児院でお会いした時から、貴女だけを見て来た」
突然の告白にオロオロしてると、マリアベル様は鈍すぎます、とマーサに笑われた。リリシア嬢も目を輝かせて見守っている。でも言われてストンと気持ちが落ちて来た。私も子供の頃からカインだけを唯一の友達だと、家族だと思ってきたのだ。最近では急に大人びたカインにどうしていいか分からずにいた事もあったのだけど、それは秘密にしておこう。
「素敵だわ、美男美女だし騎士とお姫様ね」
「良かった、本当に良かった、これで安心して実家に帰れます」
後ろで色々言っているリリシア嬢とマーサを他所に、いつもと全然違う甘い言葉で口説いてくる私の専属騎士に、しばらく翻弄される私は嬉しい悲鳴を上げっ放しである。
「もう、この人生諦めていたのに、ちゃんと責任をとってちょうだいね」
そう言ってみたら、カインが嬉しそうに笑った。
「喜んで、俺の姫君」
end
マーサside
私がマリアベル様に初めてお会いしたのは、マリアベル様が3歳の時だった。
夫を亡くし、2人の子どを抱え仕事を探していた時、運良くホープ家に御奉公に上がれることになった。
子供たちを実家の両親に預け仕送りするには、余りあるほどの手当てを頂いた。それだけはあの公爵様には感謝している。
ホープ家嫡男である7歳違いの兄君は専属の男性の侍従が着き、私はマリアベル様専属の侍女にして頂いた。
緩く波打つ美しい金の髪に、澄んだサファイアのような青い瞳、凛とした整った顔は麗しく、将来の楽しみなお嬢様だった。
ただ、マリアベル様は非常に変わった貴族令嬢だった。どこか大人びて落ち着きがあり、あまり我儘も言わないし、ドレスや宝石にも興味はないようだった。もったいないなと思いつつ、嬉しかった。協会や孤児院の寄付や慰問も奥様に代わってされるようになり、高い身分にもかかわらず、あまりそれにこだわりがないご様子だった。
ある時、実家の父が重い病気にかかった時、ホープ家御用達の医者を派遣して、私にも帰宅するように命じてくれた。有難い。本当にお優しい方だ。不思議なのだが、自然とそういうことをなさることが出来るのだ。私は神様が遣わした天使なのだと思っている。
孤児院から拾ってきた子供にも普通に接し、友達のように仲良くなってしまった。少年が身の程をわきまえてくれるといいのだが、心配には及ばなかった。一途にマリアベル様の為に尽くし着いて行く覚悟があると分かった。
14歳になったマリアベル様は、最近又ちょっと風変わりになられたが、元々変わった方なのであまり気にしなかったのだが、そんな時、王太子殿下の婚約者に選ばれてから、どこか思いつめたような顔をなさるようになってしまった。無理もない、あまり素行のよろしくない方だと聞いている。
だけど、
マリアベル様、自死を試みる程思いつめておられたとわ、労しい・・・
何故気付いたかと、後に聞かれたが、分からない訳がない。私を含め、あの方の数少ない心を許せる者たちに、まるで形見分けのように身の回りの物をくださったり、お金をくださったり、身の振り方を与えてくれたり、まるで永久の別れのように寂しそうに微笑んだり、何かを決意したような顔をなさったり、それで思い出したんですよ、奥様から頂いたという母から娘へ代々受け継がれた毒の話を。
訳を話してくださらないのは、私どもを巻き込まない為。ですが、私たちは貴女様をみすみす死なせはしません! あの自然死に見える毒は翡翠と水色水晶の箱に入っていると知っています。カインもどうやら気付いた様子。貴女様を生かす為、こっそり1錠薬を入れ替えておきました。
良かった、皆の協力で無事息を吹き返したマリアベル様とここぞとばかりに告白するカイン。マリアベル様も無自覚に彼の者に魅かれていたらしいご様子。最終的に結ばれた二人を見て、我が子のように嬉しく思った。別れるのは辛いけど、どうかお幸せに。
カインside
マリアベル様が5歳、俺が7歳の時、孤児院で初めて出会った。マーサも言っていたが、俺も天使かと思った。なんの衒いもなく話しかけてくれる美しいけど変わったご令嬢、それがマリアベル様だった。俺は母娘二人に付いている護衛の騎士たちを見て、猛烈に嫉妬した。俺も騎士になってあの方を守り、付き従いたい! なんとしても叶えたい俺は、公爵夫人とお嬢様に必死に願い出た。夫人は顔を顰めていたが、マリアベル様は笑って許してくれた。嬉しかった。
それからは鍛錬に励み、必死になって強くなった。幸い王国の騎士団などと違い、ホープ家私兵騎士たちは、出世だ手柄だなんて事はないので、ややこしい人間関係もなく、無事マリアベル様専属護衛騎士になれた。
傍にいるだけで幸せか?・・・・
それは半分本当で半分嘘だ。あの方と俺では天と地ほどの身分差がある。どんなに思っても手が届くことはない。日々成長し美しくなられていくお嬢様も14歳になると、俄かに身辺が慌ただしくなった。貴族令嬢ならそろそろ婚約という話になるだろう。分かってはいたが遣る瀬無い。
そう思っていた所に王家との婚約が決まった。普通の令嬢なら喜ぶ所だと思うのだが、マリアベル様は暗い表情をされるようになった。あの王太子では気も合わないだろう。こんな時、高い身分も女であることも気の毒になる。そんな折、お嬢様が王室騎士団の推薦状をよこしてきた。一緒に行けないことに絶望するよりも、何か隠し事をしているのに気づき、俺は嫌な予感がした。マーサもそう思ったようだ。
俺もマーサもシスターも命がけで事を進めた。死んだことにして、生かす為に。
良かった、奇跡のように何もかも上手くいった。隣国に行くというマリアベル様に同行を申し出た。そして長年の思いも伝えて応えてももらえた。これ以上の幸せはない。貴女と共に歩いて行きたい。
マリアベルside
リリシアの恋人ユアンは商隊を組んで隣国とを行き来している。迎えに来た彼らに私とカインも加えてもらい旅立った。隣国に着いてからは、随分お世話になった。住居や仕事など身の振り方を教わった。
隣国カムランは王国ではなく、幾つものギルドの集合体のような感じで、皆なにかしらのギルドに所属し暮らしている。ここでなら、容易に職業につけそうで安心した。私は前世を思い出して、もっと楽に着れる服を作って着たら、話題になって、服飾ギルドからデザインを頼まれるようになった。他にも食べたい物をつくったり、眼鏡がなかったので作ったり、いずれも話題になってアイデア料をもらうようになった。ちょっとズルいと思うけど、転生特典ということで許してほしい。
その合間に子供たちに字や計算を教えたり、カインも剣術を教えたりとボランティアでやっていたら、いつの間にか学校みたいになっていた。カインは他にも鍛冶師のギルドに入っている。最初は剣を作りたかっただけみたいなのだけど、意外と合っていたようで、様々ものを作って売っている。
毎日がとても楽しい。夢みたいだ。近所にはリリシアとユアンが住んでいる。そうそう、リリシアはリリ、私はベルと名前を変えた。私とリリは16歳の成人を迎えた後、合同で結婚式を挙げた。みんなに祝福されて、嬉しくて涙が止まらなくなった。
マーサやシスターとは手紙のやり取りをしている。こちらで便利だと思ったものを送ったりもして、細々とだが繋がっている。ホープ家は早々に兄が後を継いだそうだ。関係の薄い家族だったが、遠くから皆の健勝と繁栄を祈っている。
カインと結婚して一年過ぎた。今お腹の中には新しい命が芽生えている。リリのところもおめでただというから、幼馴染が出来たねと笑いあった。あの時死んでいたら会う事の叶わなかった命が愛しい。
そして、
「ベル、そろそろ家の中に入らないと身体を冷やしてしまう」
「ねえカイン、私が別の世界から来たと言ったら信じる?」
「ふ、はは、何を今更、ベルは天から来た天使だろ?」
「え、なにそれ」
「生きていくのが下手な天使はこうやって、悪い人間に捕まりましたとさ」
そう言うや否や横抱きにして、庭から暖かい室内に攫われた。私は照れくさくてツンと顔を横に向けると、
「それなら一生捕まえておいてよね」
わざと偉そうに言ってみたら、それは々嬉しそうに笑われた。
「喜んで。俺の姫君」
恥ずかしい、またこの台詞を言われてしまったわ。やっぱり此処は、私とカインの乙女ゲームの世界だったりして(笑) ね、そう思うでしょ?
今度こそ end
母はなんとなく察知している。父と兄は後から知る。かなり後で再会出来るとおもいます。
カムラン国は近隣諸国を網羅している商いと技術で他国もおいそれと手出し出来ないという感じ。そして、本来簡単には国籍は取れないけど、ユアンさんが、愛するリリの為に、二人の力になった、という設定です。