〝小〟仏
1600字(Ward換算) お題:体育館 大仏 スカート
今日も日光、湿度、蝉の三連コンボに美琴の疲労感は部活が始まる前から臨界点を突破していた。
「あー暑い。何で夏休みなのに毎日毎日学校に行って、蒸し暑い体育館の中でひたすら腕を振り続けなきゃいけないんだ……」
美琴は鼎ヶ浦高校の二年生で卓球部のキャプテンを務めている。キャプテンを務める以上、他の部員が頑張っている中、ひとりクーラーの効いた自室で休むというのは美琴の性に合わなかった。
美琴は校門の前に着くと体育館の入り口に向かう方向とは反対の方に足を動かした。
「今日も来てっかな……」
美琴は独り言をつぶやきながら体育館の脇道を悠々と歩く。
体育館の裏には陸上部の備品倉庫が設置されているものの、月に一、二度部員が用具を取りに来る程度で、普段は滅多に人が通ることはない。が、美琴だけはそこに毎日通っている同級生の男の子がいることを知っていた。まだキャプテンに就任する前にどうにか部活をサボろうと、人気がない体育館裏を見に来た時に偶然出会ったのだ。
「よう、また来てんのか。綾」
「法条さんか。君も相変わらずこの場所が好きだね」
座り込むように体育館の側面にある〝モノ〟と対峙していた綾は体を起こして、鼻先まで伸ばした髪の隙間から美琴のことを覗き見た。
「あたしはこの場所が好きなんじゃなくて、オタク君観察日記の自由研究をしに来てるだけ」
「相当暇なんだろうね」
「うるせーな」
いつものようにテンポの良い会話を繰り広げながら美琴は綾の方に近づく。怪訝そうな顔をしながら歯に衣着せぬもの言いをしているのはお互いのことを信頼している証拠だ、と美琴は勝手に解釈していた。
「なあ、前から聞いてるけど〝ソレ〟何なんだよ」
美琴は校則よりも少し短めに履いているスカートと胸元のボタンを何個か外したワイシャツをパタパタと仰ぎ、中のじっとりとした空気を入れ替える。
「〝コレ〟のことを教える前に、まずは男子高校生の前で下着を見せびらかそうとする君の危機管理能力の低さについて享受しなくてはいけないようだね」
「暑いんだからいいだろ。ってか何? 今あたしのことそんな目で見てたの? こりゃ被害者が出る前にあたしの方が忍耐力と自制心について教えなきゃいけないかな?」
「……君は頭がよく回る」
美琴は、にっと笑顔で返し、呆れた表情をする綾を勝ち誇った表情で見下ろした。
「んで、結局お前は何で毎日その仏像を見に来てんだよ」
鼎ヶ浦高校の体育館裏には知る人ぞ知る大仏が置いてある。
普通、大仏と聞いて想像するのは東大寺の大仏のような、お寺の中で鎮座している何メートルもある巨大な銅像や石像を想像すると思うが、ここにある大仏は百六十センチほどと日本でも最小クラスの大仏だ。美琴からすると、これを〝大〟仏と呼ぶのかは疑問であった。
「教える代わりにひとつ約束だ。僕が今から言うことは一回しか言わないしどんな質問にも答えない」
先ほどまでのおふざけの会話とは明らかに異なった空気感を纏った綾が鋭い眼光で美琴の両眼を射抜く。
美琴はこくりと頷いた。
「この学校は元々墓地だった場所の上に建築された病院を改装して作られた学校なんだ」
「は?」
「フィクションのように思うだろう。だけどそれは事実さ。学校の歴史を知ろう、なんて高尚なことを考えている生徒なんていないさ。その事実は年を重ねるごとに薄れ、今や高校が設立されて百二十年。何度か改築されたが、その基盤となる墓地と病院という日常と死が並行して存在する空間の上に、この学校が建っていることには変わりない。この大仏は死霊が悪さをしないように見張っている、いわば灯台なのさ」
綾は小さな大仏を一点に見つめ静かに語った。
「………何でそれをお前が知ってるんだ?」
美琴は思わず聞き返してしまった。
「本当に、君は頭がよく回る」
そう言うと、綾は美琴が元来た道を歩いてさっていってしまった。
美琴が振り返り、その跡を追うと、そこには綾の姿は見当たらなかった。