異世界にて
「うぇえ、ジョロキアきっつ 」
マークスは慌てて窓を開けた。
「マー様刺された?斬られた?大丈夫?」
聖剣は床に転がっている。服をめくってみる。
「少し血がにじんでいるけれど、冬場のぱっくりあかぎれ程度だよ。少し痛いけれど」
で、近くで聖女も転がっている。
そして、久々に身体が軽い。掛け布団を一枚脱いだような心地だ。窓から眺めた空は青く澄んでいる。
「うぇえ、なんの臭い!?てか、変なの建ってる?!誰かいるの!?」
ドンドン扉をノックする少女にマークスは笑顔で挨拶をした。
「やぁ、はじめまして」
◆
ある日、鬼の夫婦が村近くの山に住み着いた。
人前に姿を見せることはほとんど無かったが、日照り続いたある日、鬼がふらりと村を訪れた。
怯える村人の前で男鬼が天に手をかざすと雨が降り出した。
また、洪水が起こったときは鬼が大穴を空けて、そこに川の水を注いだ。その大穴は『鬼ヶ池』と呼ばれることになった。
また病が流行ったときは、女鬼が病人に手をかざすだけで、病が治ったそうだ。
最初は、怖がっていた村人も、次第に鬼に感謝するようになった。鬼は山を降り、村に住んだ。
鬼の死後、夫婦塚が作られ、鬼の子どもたちは子々孫々塚と村を守り続けた。
◆
「ってのがこの神社の由来!わかった?」
黒髪の少女ががなり立てる。
少女が身にまとっているのは白い上着に裾の広がった赤くて奇妙なズボン。
「はあ」
「じゃあ、私たちは山の中に住めばいいのでしょうか?」
「あの山はご神体で、ついでに所有者のいない土地は基本全部国有なの!」
「私たちの話、信じちゃっていいんですか」
マークスたちはとある国の神社という聖域に放り出された。
魔王城、畑、鍋、魔鶏、魔牛、ついでにドラゴンつきで。
この世界の聖女らしき人物は、サンクチュアリに急に現れたマークスに猛抗議し、説明を求めた。
唐辛子の刺激臭が漂う小屋から『ジンジャ』に連行(招待)され、尋問を受けた。少女のあまりの剣幕に顛末を語ったのだが、代わりに教えられたのが、この地に昔話だった。
「こちらがこの神社の宝刀と夫婦鬼が持っていた法具です」
少女と色違いの服装を着た壮年の男性が見せたのは、マークスたちもよく知っている物だった。
「まあ」
「聖剣そっくり。こちらはアミュレットですね」
「なんとかしたくないけれど、なんとかするしかないのよねぇ」
巫女を名乗った少女がため息をつく。
「我々は夫婦鬼の子孫ってことだからねぇ」
巫女の父ものんびり頷いた。
「で、僕ら見知らぬ地に放り出された訳だけれど......帰れるの?」
「そ、れは」
マークスの質問に聖女は言いよどんだ。
「それは?」
「彼岸に渡った聖女と魔王は一組のみです。その聖女様が魔王とこの地で終生を過ごしたのなら」
「なら?」
「帰る方法はないでしょう。もしくは我々が創り出すしか・・・」
「ですよねー」
「「はぁ」」
マークスと聖女揃ってため息が漏らしてしまった。
「ため息つきたいのはこっちなんですけれどー?」
黒髪の少女は不機嫌そうにこちらを睨む。
「魔王様がこちらで幸せに暮らせたのなら私は満足」
トカゲは嬉しそうにゴロゴロ喉を鳴らす。彼女が『魔王』と呼ぶ者はただ一人。前『東の魔王』だ。
「で、東の魔王は抜けてしまったわけだけれど、その場合ってどうなるの?」
とりあえず、一番詳しそうなのはマークスを魔王にしたトカゲだ。
「後任の指名がなければ、第一の配下、第二、第三......って感じ?」
第一ドラゴン、あとは無理やり挙げる第二魔牛、第三コカトリウスだ。最後に非生物の騒がしい鍋。
「南か、北の魔王ががマー様の抜けた分負担してくれたらいいけれど、どこもかつかつよ」
「つまり?」
「たぶんあのとき一番近かった人物に丸投げ?」
ドラゴンは小首を傾げた。
「ってことは勇者一行の誰か?」
まあがんばれとしか言えない。
「まあ、そんなことはどうでもいいわよ。明らかに地球上の生物じゃないのを隠さないと。噛んだりしないわよね?」
「そちらが危害を加えなければ、おそらく?」
魔牛は草食でおとなしいし、魔鶏は危険を感じたら石化する。ドラゴンだけ不安だが、人語も理解するし、契約もある。
「みつかったら動物園で見世物とか、解剖されてしまうかも」
どうやらこの世界には魔獣は存在せず、三つ目の魔牛も蛇の尻尾が生えた鶏も雷を吐くトカゲもいないらしい。
そしてこの世界はちょっと物騒なようだ。
とりあえず、この世界にいる間は聖女とも協力関係を築いた方がいいかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おいしい。」
「おにぎりおいしいですね」
「ええ」
「空がきれいですね」
「そうですね~」
どこまでも抜けるような青空を二人で眺めているだけでじゅうぶん満たされるのだが...
『まーさんに幸福を』
5年前の聖女の祈りが爽やかな風のさざめきと重なって、耳に届く。
「ひなたさん」
この世界で聖女につけられた名。
「はい」
「このアミュレットに見合う指輪はまだ買えませんが、ずっとそばにいて...」
笑顔で空を見上げていた“彼女”が“彼”を見た。
「はい」
少女から女性に変わった聖女の瞳から、こぼれた涙をそっとぬぐう。
ヒロイン活躍しないまま終了。魔王と聖女が青空の下でおにぎり食べる場面を書きたかっただけという。超バトルや激甘展開でなくてすんません。番外編は先代魔王と先代聖女の話。




