南の魔王の訪問
南の魔王が数十年ぶりにマークスの家を訪れた。
「何で聖女って女ばっかりなのよ~!」
「神様が女好きとか?そんなのは僕より宗教関係者だった君の方が詳しいんじゃないですか」
南の魔王は薬草を漬け込んだぶどう酒をぐびぐび飲む。
「勇者は勇者でか弱い私をぶん殴ってくるし~」
南の魔王。彼女は元異端審問官だったが、異端審問をした相手が悪かった。ブチキレた先代魔王に、魔王の権能を丸投げされた女性だ。
赤毛と緑の瞳の美しい女性だが、いつも着ている深紅のドレスは薄暗い古城の中ではたっぷり血を吸っている様に見えるかもしれない。
「異端審問官って結婚できたんでしたっけ?」
「てきとーな所で還俗して、年金もらって、素敵な恋をしてオレンジの屋根の小さな家に住む予定だったのよ」
年金もらえるなんて、なんてうらやましい。
それに比べて魔王なんて無私の、いや、二、三回使い回すだけのろ過装置。聖女はその掃除に
人だ。
『人間』が『不老不死』を与えられるだけ十分な報酬だろう?
それも当然『永遠』ではない。数百年、数千年使い潰され、やがて狂って、聖女に黄泉への印籠を渡される。
あと、東の死亡岬の崖上にある魔王城もマークスが受け継いだ遺産だが・・・。
今にも崖ごと崩れ落ちそうな上、引き継いだ時点で手入れもろくにされていない、無駄に広いだけの城だ。
配下は自分で養わなければならない。
「お酒飲み過ぎですよ」
「だからあんたが、勝手に幸せになるなんて許せない!」
「西のと付き合っていたんじゃ?」
「何百年前の話よ。あんたなんか、私のこと見捨てたくせに。聖女とどうなの。どこまでいったの?今すぐ審問したる。さっさと吐きなさい。うぇええ」
最近どっかで聞いた魔王の断末魔が小さい小屋に響く。
「吐くなら外で吐いてくださいよ!」
表の顔はシンステリア教の教主。聖女を自らの教義の管理下に置き、次代の魔王を育て上げる。異端審問官から異端の極みに走った魔王。
だが、とりあえず今はただの酔っぱらい女だ。
「今、布団敷きますから」
「らいじょーぶ。らいじょーぶ」
「飛んでる間に寝こけて、墜ちちゃったらどうするんですか」
よろよろと扉に向かう南の魔王。ぜんぜん大丈夫じゃない。
酔いざましの薬と寝床を用意しなければ。
南の魔王が戸を開けるよりも早く、がたりと戸が開く。
「ま、お・・・」
人の接近に気づかなかった。それも間の悪いことに聖女だ。
南の魔王はひとさし指を自分の口にそっと添える。
「私はここの管轄じゃないの。ごめんあそばせ」
そう言い置いて、南の魔王はふらふらと夜の闇に消えていった。
あとは聖女とマークス、ドラゴンが残された。
◆
「あの方は?泣いてらっしゃった様ですが」
聖女が眉根を寄せている。
魔王が酒で酔っぱらって、嘔吐しかけていたって・・・言いふらさない方がいいよな。
「こんな夜に...」
最近は聖女だけ寄越して、他のメンバーは村で休憩していることが多い。が、さすがに夜道は危ない。村からここまで荒野でろくな目印もないし。
「まーさんに魔王が接近していると聞いて、その慌ててしまい」
神の託宣か。
「あの方は?」
「あ~」
再度の問いかけに、マークスはどう答えた物かとイイヨドム。魔王が女性で、赤き法衣ぽいドレスを着ているなんて言わない方がいい。が、すでに大体の事情は察しているだろう。
「僕のお仲間ってことになるのかな...あまり、顔を会わせないけれど。北の人は会ったことないし」
南は、次代の魔王候補が南東と南西の瘴気ろ過を請け負ってくれている。お陰で、マークスの負担はここ150年ほどは減少し、楽をさてもらっている。
北はもともと人口母体が少なく過疎ぎみだ。聖女が現れることは稀。
掃除人が調達できないなら、ろ過装置をこまめにとりかえるしかない。
魔王を数年の持ち回り制にしていると言う話だ。
「で、西の聖女の話はちまたではどう言うことになっているの?」
聖女が来たのなら、ちょっと気になっていた教会の裏事情でも仕入れておこう。
「西のことですから、噂はまだここまでは。ただ教会からは三度の激戦の末、魔王を倒すも殉教されたと聞き及んでいます」
「やっぱりそうなるか」
本来なら華々しいはずの西の勇者の勝利は、ここまで届いていない。
ど田舎の隅っこだから噂が届いていないと思ってたのだが、どうやら西の魔王の予想通り、教会は事実の隠蔽に奔走ったようだ。
「寒かったでしょう。お茶とスープ位は出せるよ」
明日の朝用にと凍らせていたスープを急速解凍する。
魔王のこういうところは便利だ。一匙掬ってみて火が通っているか確認する。
それからは、いつもように勇者パーティーの愚痴を聞いた。
「勇者様と協会の圧力がすごくて、このままじゃ本当にー」
聞きながら、西の魔王が熱心に語ってくれた言葉を思い出す。
『勇者が他のメンバーといちゃついている。いつになったらこの旅終わるの?このままでは行き遅れる。王子や勇者と無理矢理結婚させられそう。教会から生涯恋愛禁止命令が出されている。一緒に逃げよう。なんて同情を誘って油断させるパターンもあるからな』
この三年の付き合いで、だいたいの聖女の愚痴は『一緒に逃げよう』と言われていないだけで、ほぼフルコンプしている。
「経験者は語る...」
「心配してきてみれば、女性と楽しくお酒をーって聞いてます?」
愚痴を吐き出したいだけなのか、罠にはめるつもりなのか。
西の魔王の場合は騙すか騙されるか、お互い様だろうが、この間の抜けた聖女に裏切られるのは、ほんの少しだけ嫌だなと思う。
「ちょっと手を失礼」
「は、はい」
聖女の手を握る。ちゃんと温かい。
が、顔が少々赤い。
「熱ありません?お腹痛かったり」
「だ、大丈夫です」
油断させといて、魔王を倒す勇者一行もいるし、さすがに敵とはいえ、うら若き女性を独り泊めてやる訳にはいかない。
「心配してくれるのはありがたいですが、雨がひどくなる前に仲間のところに帰った方がいいです」
以前交換した木のお守りに魔法を込める。とたん聖女の胸元がふんわり光だした。
「光ってる?それに温かい」
聖女が胸元に手を当てる。
「聖女のアミュレットと同じようには行きませんが、村まではなんとか持つはずです」
勇者を倒すような大層な呪文は使えないが、生活に便利な小技は覚えている。自分の持ち物に簡単なまじないを施すくらいはできる。
「あ、りがとうございます。その、ひとつお聞きしたいのですが、不老不死の霊薬とかは作れたりします?」
「そんなものありませんし、人間には必要ないですよ」
「そうですよね。ごめんなさい。変なことを聞いて」
妙な質問だとは思ったが、万能薬以上の薬の作り方は知らない。
万能薬の効力も蘇生、欠損した四肢を生やす、毒麻痺等の異常状態の除去、寿命をわずかに延ばすなど大概な効果なんだが。
聖女はまだ何か言い足りないようだったが、礼を述べておとなしく帰ってくれた。
「聖女が近くにいるだけで、少し位はこりがほぐれるみたいだけれど・・・」
少し身体が軽くなったような気になる。身体と精神にこびりついた瘴気がほんの少し解けて消えていったようだ。
「あんたは適性が無いんだから、いっそう南みたいに聖女に丸投げしたらいいのよ。世界を救っているのは魔王なのに、黙って殴られろってのはひどくない?」
隠れていたドラゴンがマークスの肩に乗って口を挟む。
「魔王をてきとーにそこらの人間に丸投げした君が言うなよ」
ろ過装置と掃除人。それが一所にあるのなら長持ちするだろう。が、やはりこの途方もなく孤独な役目を他に押し付ける気にはなれない。
「知り合ったその日に倒されていたら、普通に受け入れていたのに」
「?」
首を傾げたドラゴンの視線が(彼女に倒されたくない?)と問うたような気がした。が、彼女はわざわざ言葉に出すほど優しくはない。
ドラゴンの背を一なでして、想いにもならない何かを吐き出した。
「きっと泣くだろうなぁって思って」




