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人間とドラゴンとの出会い


 かつてマークスはそのドラゴンに会った。

 見慣れないちよっと大きなとかげ。最初の印象はそんな感じだった。


「魔獣ってのがいるって聞いたが、大丈夫だよな?」


 とかげだろうがイモリだろうが変な翼がついていようがご飯はご飯。

 誰かに射られたのだろう。首には矢が刺さっていた。


 とかげは威嚇を繰り返す。


「それ以上近づいたら食べちゃうわよ」


「しゃ、しゃべった」


 ◆


 マークスは奇妙なとかげを家に連れて帰った。

 マークスがしゃべるとかげを恐れて逃げていれば、あるいはとかげがマークスの腕からさっさと逃げれば、この後のマークスの運命は平凡なヒトの人生だったろう。


「魔獣を、それもドラゴンを手当てするなんて本当にバカだね」


「さすがにしゃべるとかげを炭火焼きにして食べるのは気が引けるからな」


「鱗も牙も、人間の世界では最高級素材なのにそれを食べる?あんた不老不死にでもなりたいの?」


「いや。大体不老不死ってのがピンと来ないんだが」

「ドラゴンの血を全身に浴びると不老不死になるのよ」


 そう言えば矢を抜いたとき手先にドラゴンの血がちょっとだけかかった。生暖かい滑りを思い出して、慌てて服の裾で手をぬぐう。

 ドラゴンはマークスが慌てる様を興味深げに観察する。


「あんた名前は?」


「マークス」


「魔物に素直に名乗っちゃうんだ?あんたおもしろい。不老不死を与えちゃおう。今の魔王に嫌気が指していたのよ。マークス、グーグニルの主、魔王になって」


 (面白いって・・・)


 ただ名前を言っただけだ。


「いやだ」

「断るの?じゃあ、私の首に矢を当てたヒトを一匹ずつ喰いましょうか。まずは手始めに...」


 ドラゴンはマークスをは虫類特有の目で見る。縦に細い瞳孔がぎゅっとしぼられー


「わ、わかった!わかったから食べないでくれ!」


 とかげの血がついていた部分から金の光が全身に広がる。

 とても嫌な予感がして、包丁で浅く自分の指を切った。

 血は見る間に止まった。


 とりあえず、食うのを止めたかっただけで、不老不死になるのも、魔王になるのも了承していない。

 よく考えたら、こんな小さな...猫サイズのとかげに人間を食べることが可能なのだろうか?


「そういうのは勝手に人にあげちゃだめだろう。返品は?」


 獲物を狙う目は、すっと村の方を向く。ああ、きっとこのドラゴンを矢で射たのはこの村の人間だ。そして瞬きする間に猫サイズから犬サイズに変わっている。


「っただし人間は殺さない」

「こんな目に遭っても?」


 とかげは、羽を広げて見せた。よく見たら、そちらにも傷がある。


「自衛のため以外には人間を殺さない!約束するならいいよ」


「お腹すいた時に食っちゃうのは?」


「まず人間以外のものから食べてくれ。それでも足りなきゃ俺が用意するよ」


「でも、すぐそんなことどうでも良くなっちゃうよ。君は人ではなくなるんだから。マークス様」


 とかげは青く細長い舌をしゅるりと伸ばした。


 ◆


 久々に角を伸ばして魔王電波便を聞いていたら、昼間だというのに寝入ってしまった。

 ずいぶん昔の夢を見た。久しく見ていなかったのに、勇者が現れてからー西の魔王と話してから度々見るようになった。


「魔…様来た」


 ドラゴンの言葉に慌てて角を引っ込める。

 戸を叩く音が響く。戸を開けた途端焦った様子で聖女が言った。


「勇者様たちは疲れています。できれば薬湯を」


「はい」


 確かに勇者一行は前に来たときより、傷が多いようだ。ゆっくり休めるところで、手当てをしたほうがいいようだ。


 マークスから漏れ出た瘴気は、東の大地を確実に蝕んでいるようだ。



 ◆


 さすがに二度も自分の家を荒らさないだろうが、貯蔵庫への鍵はしっかり閉めているし、布団の上には最強の門番であるドラゴンを載せている。


 もくもくと追加の回復薬を作り、終わったのは夜半過ぎ。

 今夜は珍しく月が出ている。


 畑の土手に座り、米にピクルスを入れたおにぎりを食べる。

 プラムピクルスの塩気が疲れた身体(主に精神的)に沁みる。

 視界に勇者がいないというだけですごい解放感。


「ここらの携帯食です。お一つどうぞ」


 近づいてきた聖女に余ったおにぎりをひとつ手渡す。


「前の時も作っていただいて美味しかったです」


 あの時は、とりあえず早く出ていってもらいたくて、香辛料、チーズ、おにぎりまで送り出したんだったか。一つくらいわさび入りのおにぎりを混ぜておいても良かったかもしれない。でも聖女に当たるのはよろしくない。やっぱりやめておこう。


「まーさんは恋をするのですか?」


「ぶぅっ」


 聖女の唐突な問いかけに思わず吹き出す。


「い、きなり何を」


 なんの脈絡があってそんなことを尋ねるのか。


「前回訪れたとき、ドラゴンさんから宣戦布告?をされましたので...純粋に興味が湧いて」


 少女が不思議そうに首をかしげる様は年相応の可愛らしさがあるが、今はそんなことよりも。


「あいつ、」


 なんで勝手にばらすんだ。


「魔王は他にいるのですか?」


(しまったー!!怒られる!西の魔王辺りから絶対搾られる!)


 マークスは頭をかかえた。その横で聖女が


「・・・少しお願いがあるのですが」


 魔王であることを秘密にする代わりの交換条件が男よけの薬だそうだ。


「んー。爽やか青年ぽい香水なら」


 西の魔王お気に入りの香水だ。他の男がつけていたらムカつく匂いらしい。

 西の魔王以外の男性には売らないようにしているが、女性に売るのは問題ないだろう。

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