万能毒薬と西の魔王
丑三つ時に調合を終え、マークスは眠りについたのだが、それから一時間後.....
「ち。しけてるな」
生活にたいして困っている訳ではないが、銭や危ない薬は自分が寝ている敷布団の下の貯蔵庫に隠してある。
「腕利きの薬師って聞いたのに、たいして金持ってないわね」
「でも、あの《騒がしい鍋》はある王が毒殺防止用に宮廷魔術師に作らせた逸品。きっと王公貴族なら喉から手が出るほど欲しいはず」
(へ~。そうなんだ)
頂き物で、薬を煮込む用には少々不向きだが(苦いのが嫌いらしい)、難しい薬の微調整にはとても役に立つ(文句を言われまくる)。
「こんなこと神がお許しになりません」
聖女の制止の声。
「こんな村から離れたところで薬師をやっているんだ。きっとやましいことでもあるんだ」
(大正解だ!)
ふとんをまぶかにかぶったままの少しごそごそと動いてみる。
「しー。起きちゃうわ」
「ドラゴンも連れていけないかな。王様に献上すればきっと喜んでくれるわ」
(まー様。喰っていい?)
ドラゴンの心の声に、
(ダメに決まっているだろう)
心の声で返す。
小さな物音が続いた後、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
『きゃーっ。さらわれる。まー…様助けて!』
さすがに狸寝入りを続けるわけにはいかないので起きたら、魔法使いが銀の鍋を持ち上げていた。
「いや。魔術師として不思議な鍋をちょっと調べて見たくて少し触っただけなんです。決して盗もうなどとは...」
(ちょっと?少し?)
銀の鍋の下には風呂敷が広げられていたが気づかないふりして、冷たい視線を向ける。
「そうですか。研究熱心なのはよろしいですが、私は眠いんです。今から野宿に変更しますか?」
外はまだどしゃ降りの雨だ。
◆
翌日は曇りだった。
もっとも、ここ五百年晴れていた日は月に四、五日ほどだが。あとは曇り、雨、雷、暴風、雪、雹、竜巻が繰り返される。
布団を干すのには恵まれないが、魔王の魔力が溶け出した雨のお陰で、竜巻だろうがなんだろうが畑は繁茂している。
「魔王城の手がかりがぷつりと途切れてしまった。この近くのはずなんだが・・・」
「結界でも張っているのでしょうか」
勇者と魔法使いが聖剣の宝玉を眺めて首を傾げている。
あれが、魔王発見器になっているのだろうか。
正体がばれて勇者にばっさり斬られる自分の姿を想像するマークス。その背筋に冷たいものが走り、ぶるりと震えてしまった。
聖剣が低性能なことを祈るしかない。
「また雨が降りそうよ。さっさとゆっくり休める宿屋を探しましょう」
戦士がぼきぼき肩を鳴らし、歩き出した。
まあ、こんな狭いあばら屋じゃゆっくりできないのは確かだが。
ため息をついているマークスに、聖女が近づく。
「その・・・泊めていただきありがとうございます。 こちら少ないですが、お納めください」
感謝の言葉と共に差し出されたのはー
「加護のついているアミュレットでしょう。私などに渡してはいけません」
勇者から受け取った金の半分はフェイクゴールド(偽金)なのは気づいている。が、別にお金に困っているわけではない。
「本来は売り物ではない香辛料も売っていただいて」
「いえいえ。いくらでも畑に生えていますので」
「まーさんに幸福を」
聖女がほわりと微笑んで、三日月型のアミュレットをマークスの・・・魔王の首にかけた。アミュレットは特に魔王や魔族に反応するような仕掛けはないようだ。
「畑は植生の異なる植物...時期も気候もばらばらのものが実をつけています。その中には金と同じ価値の香辛料も。あの畑は魔王城の財宝と呼ぶにふさわしい。それに・・・あなたの中の強い魔力ー」
「どうもくすぐったいです」
柔らかく微笑み返すが内心は相当焦っていた。家族以外の女性にこんなに近づかれたのははじめてだ。
正体がばれたときのために、自分に敵意がないことだけは伝えておかないと。
木と麻紐で作った三日月のペンダントを渡す。金の台座に宝石をちりばめたアミュレットに釣り合いはしないが、同胞の無事を祈る心は本物だ。
マークスは魔王になっても信仰を捨てることはなかった。むしろ魔王になったからこそ、神にすがったのだ。
「聖女様にステリア神のご加護がありますように。道中お気をつけて」
「ありがとうございます」
丁寧にマークスに頭を下げる聖女を置いていきぼりにして、勇者たちはさくさく歩き出している。
「ほら、早く行かないと」
◆
そして、勇者たちは旅立った。
できればもう二度と家の敷居は跨いでほしくない。
「まさか、聖女様が魔王なんかに祝福をくださるなんて」
首にかかった高価なアミュレットに目を落とす。自然と笑顔がほころぶ。
聖女の祝福は『人』と認められたようで素直に嬉しかった。
◆
「そんな子供が作ったような安物聖女様が持ち歩くなよ。恥ずかしいだろ」
無意識に、薬師からもらったお守りを撫でていた。
確かに聖女の祈りの道具としては貧相だろう。
「良く使い込まれたお守りです。大切にしないと。民に見せる用には新しいのをちゃんと用意します。それでいいかしら?」
「好きにしろ」
ハトムギの種を繋ぎ、先に木製の三日月をつけただけのペンダントはあちこち小さな傷がつきひび割れているが、すっかり角が取れ、柔らかなまろみがある。
いったい幾千、幾万回祈ったのだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後。マークスの元にまた客が現れた。次は同業者だ。
「ずいぶん質の悪い勇者にぶち当たっちまったな。魔王城の宝箱片っ端から開けやがって。本物の天狗だってもう少し謙虚だろうに」
「西の魔王か」
「爪紅と化粧水。乳液。保湿クリームをくれ。勇者のやつ、俺のこのきれいな羽に穴を空けやがった。角にもヒビが」
「え、うちの“客”がやったのか?」
西の魔王はとにかく派手だ。漆黒の衣装に金粉、銀粉をちりばめて、宝石まで縫い付けている。濡れ羽色の髪はつやつやで、深紅の瞳は爛々と輝いている。
「いや別口。お前のところにも勇者が現れたのか?のわりにはピンピンしてるな?んで、聖女は美人だったか?」
「現れた。気づかず通りすぎた。そこそこ美人なんじゃないのか?爪紅の前に傷薬注文しろ」
マークスはそういうと西の魔王の羽に早速傷薬を塗り始めた。
「いだだだだ。もっと優しく。
でも、そーか。勇者もこのあばら屋が魔王城だとは思わないよな。魔王電波便を聞いて、倒され方復習しろよな。大丈夫、最初は誰でも痛いが、慣れれば怖くない。毎週水の日の深夜十二時からやってから」
「夜中だろう。普通に寝てる」
「魔王メイク術のコーナーは十二時半からだから。再放送は昼の十二時からだ」
「来るたびに自分のコーナーの宣伝をしなくてもいい」
魔王自体そんなにいる訳じゃないから、どんなに宣伝しても視聴者の数はたかが知れているのだが。
上手な(痛くない)倒され方。勇者への不満。俺の嫁(聖女。魔法使い。勇者etc)こんなだぜ。格好よい最強魔王メイク術。簡単ヴォイストレーニング高笑い講座。魔王に役立つさまざまコーナーが用意された生活情報番組だ。
「魔王の傷ぴたり。東の大魔(薬)王製薬」という名前で勝手にCMを作られているのが微妙に腹が立つ。
「だがすっきりした。憑き物が落とさないとだぞ。マッサージだと思って受けないと狂魔王化したら、自我を失ってしまうぞ」
「ちょっとこれは...きっかり傷を直してからクリームを塗った方がいい。でないと治りが遅くなってしまう上に、跡が残ってしまう」
「このマニキュア。うちの女子たちにも宣伝しよう。女子全員にプレゼントと言うのもアリだな」
「そんなに作れないよ。暇だから作ってみただけで、本職は薬師で、材料も鉱石の類い...」
「煌めきが足りないのだよ。もっとこう派手に!」
「角に爪紅を塗るというのは、どうだろう。宝石も飾り付けるとさらに目立つ」
「天才だな。君は。ついでに目にももっと工夫が...」
やけくそ気味に異界の『ねいるあーと』について提案したが、意外にも西の魔王は超乗り気だ。
「ここも、それっぽくリフォーム...ってまるごと新築した方が早いんじゃ」
西の魔王はすでにきっちり爪とまぶたに薄闇色に金銀が光るマニキュアとアイシャドーと塗ったくっているのにまだ足りないのか。
「他人の家まで魔改造しないでくれ」
雨の日には湿気が入りにくって、晴れの日は風通しが良くなる東式ログハウスになっているのだから。
「お前の本性は東の大魔王だろう」
西の魔王が現実を突きつける。
別に魔王になりたくて“成った”わけではない。
「羽はさすがに、傷をちゃんと治してからデコれ。
...爪紅アルコールでとれる。くれぐれもアイシャドウを塗りすぎて、目に粉がはいらないようにな。このクリームを角にも使えるから」
「アイシャドウで思い出した。目薬くれ。千里眼で女湯を覗いたのがばれて、目潰しくらったんだ」
「で、うちへの就職希望者が増えたのか」
大魔(薬)王はじゅうぶん一人と一匹でやっていけているので、すべてお断りした。
「さくっと倒されろ」
魔素が溜まって狂った魔王になる前に。
「いや必要ない」
◆
「狂った魔王はあの世に行っちゃうなんて、本当かなあ」
過去、二人だけ堕ちた魔王がいた。片方は今も魔王たちによって封印され、もう片方は聖女と共に光となって消えたそうだ。
「それなら、それでいいか」
魔王になって500年。
あのときの自分は善良すぎた。もしあのときーー。
マークスは繰り返されるだけの毎日に少しだけ膿んでいた。
騒がしい鍋...銀の鍋(ダイヤモンドプラチナコーティング加工)。口調はご令嬢風。食べ頃お知らせ機能付き。毒が入っていると「このスープ擦りきり大さじ一杯で成人男性の致死率○%」とお知らせしてくれる。ジョロキアを放り込むと超怒られる。




