勇者と魔王の出会い
荒涼とした大地にそこだけ草木に埋もれた趣深いあばら屋がポツリとあった。
「マー様来たですよ」
参謀のドラゴンはお玉を持ちながら羽をばたつかせて飛んでくる。
マーと呼ばれた男は、本名をマークスという。農家の出なので姓はない。特に特徴もない茶色の髪と目を持った見た目は二、三十代の男だ。
「ん。わかってるよ」と生返事しながら、繁茂する雑草の中から、玉ねぎとニンジン、ジャガイモを引っこ抜いた。あと、香辛料もいくつか摘んでおく。
窓辺で栽培していたもやしも使おうかと考えながら、あばら屋に戻る。相も変わらず曇っている空をちらりと眺めた。客が帰るまでは天気が持って欲しいものだ。
あばら屋の軒には薬草の根が鈴なりにぶら下がっている。
あばら屋の中は三つある棚のうち二つは薬草の保管に使われていて、ひとつは本棚になっている。天井からは軒と同じく草の根が幾筋も吊るされている。それらの草や根には桂皮(○/○/○)、甘草(○/○/○)、などと草の名前といつ採取したのかすべて一目でわかるように名札がつけられている。
「最近の薬の相場ってどれくらいだろう」
薬草の場合は一度植えれば勝手に増えていく。だが鉱石など他の材料は購入しなければいけない。
とりあえず原価×3、いや原価×5といったところか。
帳簿をマークスが確認したところで立て付けの悪い戸がひきつった音を立てて開いた。
「ここに魔王を一撃で倒せる薬があると聞いたんだが」
「ま、魔王を一撃で殺せる薬ですか?」
物騒なことを言い出す勇者だ。
そう。現れたのは勇者一行だった。数日前から補足していたし、他の魔王から勇者という存在の情報は得ていたが、実物ははじめて見た。
勇者に聖女、あと女性二人(おそらく戦士と魔法使い)の四人パーティーだ。
「さすがに魔王を倒せる保証はないですが、持続性の通常毒と麻痺毒、眠り薬、混乱薬を混ぜた万能毒薬は売っていますけれど...すごくお高いですよ」
「その毒薬と万能薬をありったけ買い取ろう。なんせ魔王は第四形態まであるらしいからな」
第四形態まで等という大層なものではない...普通の状態から必要に応じて、角が生えたり羽が生えたり第三の目が開いたりするだけだ。
「魔王城がこの辺りにあると聞いたのだが知らないか?」
「さあ」
(ウソは言っていない。ウソは言っていない。ウソはー)
マークスが住んでいるここはとても魔王城と呼べるようなものではない。
マークスが心を痛めている横で銀髪の少女ー聖女がこちらを見る。
「そのドラゴンは?」
(しまったああ!隠すのを忘れてた)
いつも肩に乗ってるのが当たり前だったから...痛恨の凡ミス(一撃)だ。
「少し前に怪我しているところを助けてあげたんです。それ以来なついてしまって。ただ僕以外の者には慣れていませんので、触ったりしないでくださいね」
少し前が五百年前なのが、多少問題かもしれない。
(こいつら食べていい?)
(ダメに決まっているだろう)
「薬の調合に少々お時間をいただきます。明日取りに来ていただけますか」
普通の傷薬などは常備しているが、万能毒薬なんて物騒なものは作らねばならない。
(まさか自分を倒す薬を頼まれるとは)
遠くゴロゴロと嫌な音が鳴り始めたかと思うと轟音と共に稲光が走り、地面が揺れた。
「「「...」」」」
「急に雨が振りだすなんて...どうしましょう」
聖女がそう言って囲炉裏に目を落とし、こちらを見る。鍋からはお腹を直接刺激する強い香りと共にー
『あの!ちょうど食べ頃なんですけれど、早く食べていただけます?』
という声が聞こえた。しまったあああ!しゃべる鍋〘自動タイマー付き〙に言い含めておくのを忘れた。
(しー。静かに)
(仕方がないですわ。しばらくオフにしますが私を焦がさないようにしてくださいな。柔肌を金属たわしと重曹でごしごし擦られるのはもういやですわ)
「これ、魔具なの!?」
「知り合いからの頂き物ですので、くわしいことは、ちょっと...」
くう。
誰かのお腹がかわいらしく鳴った。
「...狭いところですが」
泊まられることを想定して夕飯は少々多めに作って良かった。
◆
「カレー...薬膳スープパスタです。肉もお野菜もたっぷり入っておいしいですよ」
卵ももやしもニラもいい具合だ。椀に勇者たちの分をよそう。
聖女が最初の一口を恐る恐るフォークですくい、口に入れる。
「か、辛い。」
味付けはかなり薄めにしたが、食べ慣れない人には辛いかもしれない。
「ごはんにのせて卵を潰せば、辛さは和らぎますよ」
マークスがそう言い、自分の卵を潰す。半熟卵の黄身がトロリと溶け出す。それを麺に絡めて食べる。うん。いつも通りおいしい。
ごくりと誰かの喉が鳴る音が聞こえた。
「卵は一応火を通してますが、不安な方はもうしばらく鍋に入れておいてください」
聖女がマークスを真似て、カレースープパスタを食べる。
「お、美味しいです」
「毒ではないようね」
ほうと女魔法使いがため息をついたあとがつがつと食べ始める。「結構いけるわね」
まあ聖女なら多少の毒でも浄化できるだろうから、最初に聖女に毒味させているのだろう。
「勇者様、あーんして」「ずるーい。私の分も」
戦士が麺をぐるぐる巻いたフォークを、魔法使いが一口大の肉を勇者の口許にぐいと近づける。
「こらこら。人前だぞ」
(人前じゃなかったら、するのか。この勇者)
ああ、これがハーレ……ほにゃららか。なんというか、微妙に腹立たしい。
「ごはんの上に乗っけて一緒に食べればさらに辛味は和らぎます。それでも辛ければチーズを入れるなり、牛乳をスープに足すなりしてください。辛味が足りないのでしたらレインボーペッパーを用意していますので」
(魔牛の牛乳だけれど人間が飲んでも問題ないはずだ)
チーズにした分を農作物や薬と共に人間の村に売っている。唐辛子を中心に七つの薬味をブレンドしたスパイスも人気だ。今まで苦情が来たことはない。
「くえ」
ドラゴンが鳴いたので小さめの椀によそう。いつもはフォークやスプーンを器用に使って勝手に食べるのだが、今は無害なペットのふりをしてもらうしかない。
結局、雷は遠退いたが、雨足はなかなか遠退かなかったので、マークスの予感通り勇者一行はこの狭いあばら屋に泊まることになった。




