第19幕:ハッタリのすゝめ
頭の記憶タンスを整理して。
無駄な容量を削減しながら。
さながら、ブレーメンの音楽隊や、ハーメルンの笛吹き男のように。
ただ、前へと。
ぞろぞろと、後続を引き連れながら。
ポーションをのみのみ。
回廊を進んでいく侍従。
さながらストライキだけど。
もう、既に。ここの騎士さん達が、団体で起こしてるんだよね。
「―――うん。体力は甘いし、魔力は酸っぱい。クエン酸みたいで、元気が出る気がするよ」
魔力系、体力系……。
どちらの薬も高価だから、取っておきたいんだけど。
そうも言ってられないね。
喉乾いたし。
……………。
……………。
で、見えてきた部屋ごとの扉なんだけど。
ざっと見ただけでも、片手じゃ収まらない数が存在していて。
何処がそうなのかな?
或いは、全部罠とか?
流石に無いか。
ここ、普通に住居の筈だから。
「―――じゃあ、こうしよう。私がここで、君が正面」
「……ホ?」
「君が右端、真ん中、右、右、左端……」
あぁ、頭が混乱してきた。
群体操作なんて無理だよ。
気が緩むと、皆どっか行っちゃうし。
これじゃあ、好きに動き回る子供たちを留める幼稚園の先生みたいじゃないか。
ナナミとエナを思い出すよ。
「……コレで、良し……と。分担して、せーのでノックしようか」
「「ホ」」
それでも、何とか定位置に付け。
各部屋に一人、一羽が据えられ。
「―――せーーの―――っ」
コンコンコンコン。
コンコンコンコン。
コンコンコンコン。
私は手で。
他の皆は嘴で。
繰り広げられる不協和音の合唱は、静寂の空間に響き渡り。
「うるさあああぁぁぁぁぁぁいッッ!! 遊んでいる暇があるのか!」
―――あぁ、やっぱり正面の部屋か。
聞こえたのは、怒りの声。
声質的に、あの男性だね。
多分、向こうは。
私のノックを、誰か他の女の子と勘違いしているみたいだけど。
場所が分かったので。
私は、手早く紙とペンを走らせ。
目立つ白黒ハトの脚に括る。
コレばかりは、賭けだけどね。
「これで……良しと。誰か来ないか、見張っててね」
「ホ……?」
「「ホ……?」」
「ここに居るだけで良いんだ。多少歩き回っても良いよ」
流石に、複雑な命令は難しいし。
そこまでは見ていられないから。
立ってれば良いだけさ……と。
愉快な仲間たちをその場に残して、私は一人で声の聞こえた部屋へと入って行く。
無論、待ち伏せは要警戒だね。
……………。
……………。
「なっ―――貴様は―――!?」
待ち伏せとかは無くて。
そこに居たのは、計四人の人物だ。
均一の鎧を纏った騎士が二人。
怒声をあげたと思われる男性。
そして、縛り上げられている見知った女性が一人。
目的地は、ここで大丈夫そうだけど。
「―――どうも、皆さん。無職なメイドさんです」
「「……………」」
「……ルミエール」
「久方ぶり、という訳でもありませんね、プシュケ様」
「うむ……うむ……?」
グルグルに縛られちゃって。
でも、元気そうで良かった。
特に外傷もないし。
一体、どういう経緯でこんなことになっているのやら。
……で、他の人質さん達は?
ここじゃないみたいだけど。
さっき扉を叩いた他の部屋にいるのかな。
急ぎじゃないなら、今からでも戻って―――
「貴様……! 二代目剣聖はどうした……!?」
「―――んう? ハクロちゃん?」
「そうだ! 何処へやったのだ!」
急ぎみたいだ。
こんな風に捲し立てられるなんて。
「ハクロちゃんなら、さっき、そこで会いましたよ?」
「なら、何故貴様がここに!」
「――ふふ。そんなの、簡単な事」
「私の方が、ハクロちゃんより強かった。それだけですけど」
「「……………ッ!?」」
それ迄は、何処か。
私の登場で、やや抜けた空気の流れる室内だったけど。
こちらの放った言葉に。
騎士二人の警戒レベルが上がる。
同時に、得体の知れないメイドさんに対する恐怖が現れる。
やはり、だけど。
彼女を倒したのは、それ程に凄い事らしい。
「……貴様は……一体」
「ところで、貴方」
「……………!」
「お名前を、直接伺ったことがありませんでしたよね」
「……私は、テリス。テリス・カルロ・ライアン。領主補佐だ」
ちょっと長いね。
だから、ハクロちゃんが覚えなかったのかも。
「これは、ご丁寧に。私は、異訪者のルミエールです」
「「……………」」
一応の礼儀と尋ねたとはいえ、こんな状況だし。
睨み合いの中で。
態々答えてくれなくても良いんだけど。
そこは、ゲームだし。
案外良心的なんだね。
騎士さん達も、プシュケ様も、かなーり気まずそうだけど。
「では。何故、このような状況に?」
「……教えてやろう」
挨拶が良いなら、コレも行けるだろうと思ったけど。
やはり、教えてくれるんだ。
意味が分からず対峙し。
混乱するPLに、少しでも内面的な事情を教えてくれるという役割があるのかもね。
……………。
……………。
「……しかし。私とて、このようなカタチは本意ではなかった」
―――で、彼の話だけど。
今でこそこんな状況だけど。
元は、プシュケ様の助言役。
先代より領主を引き継いだ彼女に仕え、誠心誠意と働き続けていたけど。
何時しか、認識に齟齬が増え始める。
その発端は、政治方針における見解の相違だったようで。
大きく変化した生活。
都市防衛への考え方。
そういうズレが積もり、積もって。
このような現状に移行してしまったらしい。
「―――白刃のアルバウス。人魔大戦の英雄。あの方も嘗ては蒼、灰、翠と並び、王国の守護者として、我らの羨望であった」
「しかし。剣聖は、老い。後継であるハクロ様には、未だ12聖天の力量は無く。プシュケ様も若く、為政者としては未熟。異訪者を積極的に受け入れるという私の頼みの政策すら、早々に棄却なされた」
「古代都市の栄光は、失墜した」
「今こそ、戻る時。月の光と、夜の闇こそが、我らを救うのです……!」
……………。
……………。
己に酔ってもおらず。
ただ、それを願うかのように力説する禿頭の男性。
素晴らしい力説だけど。
彼の話を静かに聞いて。
分かったことが、一つ。
この人、根っからの悪人じゃないね。
反旗を翻しておいて、癖が抜けてないのか、皮肉を交えるでもなく敬称とか使ってるし。
かなりの深い渋面は、作りモノでもない。
悩みに悩んだ末に。
止む無く……とか。
およそ、そんな感じで。
こんな状況じゃなければ、或いは。
早期に発見して、話し合う道とかが……ないか。
可能性があったとして。
もう起きてしまった事。
拗れにこじれたこの状況。
私に、如何にか―――出来るのかな。
「――それ。本当に、ちゃんと話し合いましたか?」
「……………ッ」
「力不足とか、夜の闇だとか。そんな事の前に。異訪者を、どうすればもっと沢山受け入れてもらえるか……とか。他に、話し合う事は無かったのですか?」
「……………」
騎士団の人も一緒に居て。
階下でも、反乱に加担しているというなら。
あれ程都市を護る為に訓練を重ねていた人たちが、彼に協力しているというなら。
共感する者が多かったという事で。
それだけ賛同者がいるなら。
もっと大勢――皆で進言すれば、もうちょっと温和に済ませられたと思うんだけどな。
……後は、勿論。
「プシュケ様も。耳を傾けましたか? 鵜呑みにするという訳ではなく。妥協点を見つけようと、深く聞いて、話してみるとか」
「……わらわは」
凄く忙しそうだったから。
日常の業務で精一杯。
いつの間にか、腹を割ってそういう話が出来なくなっていたとか。
よく有る話で。
今からでも、この状態で……。
「―――否。もはや、叶わぬ事」
テリスさんは。
首を横に振る。
「……もう、全てが遅い。遅いのだ。このまま、アルバウス様が――剣聖が落命すれば、我らの勝利だ」
「領主でもない騎士が、勝利条件に?」
「それ程までに、都市はあの方に……アレに依存している。月光騎士団の過半数がこちらへ付いた今、勝ち目はあるまい」
確かに、そうなのかも。
騎士さん達、凄く強そうだったし。
PL達だって。
数を頼みに特攻を重ねれば……。
「でも。あの人、別格に強いらしいよ?」
「しかし、個人だ。私は、異訪者たちを過小評価してはいない。如何にあの方とて、年波には勝てぬ。個の力には、限界があるのだ」
プシュケ様も。
昔はもっと強かったって言ってたね。
………あれ。
今更だけど。
いつの間にか、敬語が抜けちゃった。
「私が、この都市を再編するのだ。―――皇国の後ろ盾を得て、な」
わぉ、後々を見据えたビジョン。
つまり、この都市を皇国の領土に差し出すという事だね。
話とかも既に付いてそうだし。
確かに、もう全てが遅そうで。
でも、それって。
大元である王国が黙ってないだろうし。
かなり大きな争いの火種にもなるよね。
三国のバランスも崩れるだろうし。
……或いは、皇国は。
彼と取引をした向こう側の人は、それを望んですらいるのかな。
凄い、本当に敬服するよ。
確かに個人の話じゃない。
なんて壮大な計画を―――あれ……?
今思ったんだけどさ。
私、ただの無職なのに、何でここに居て、こんな凄い話を聞かされているんだろうね。
……………。
……………。
―――うん、良いや。
そもそもの話。
私がこんな話を聞いたとて、どうにも出来ないし。
道化は、道化の役目を。
為すべき事を為すのみ。
置いてきた敬語は、今更だし。
いつもの口調で会話を進行しちゃおうかな。
「……有り難うね。色々聞いて、言わんとする事が見えてきたよ」
「分かってくれたか」
「うん。とても分かり易かったし。成程、と思った」
「ならば、貴様も――」
「言いたい事は分かるけど――私、平和主義だから。帰るね?」
……………。
……………。
「―――のぉ……? ルミエール」
プシュケ様の視線が痛いね。
助けを求めてる顔だ、アレ。
でも、戦闘とか無理だし。
熟練の騎士さんを二人同時に相手とか、無職に出来る筈ないよね。
事実は小説より奇っていうけど。
不測の事態は得意じゃないから。
そういうのは、創作の中で充分かな。
「では、皆様。ごゆっくり」
長いスカートの裾を両手でつまみ。
片足は、やや斜め後ろへ。
この挨拶は、膝折礼――向こうではカーテシーというけど。
恭しい挨拶の一種で。
今の私はメイドさんだからね。
役になり切る、自然な動作だ。
……………。
……………。
「「……………ん?」」
「「ホ?」」
ふわりと広がったスカートが、もこもこと震え。
内側からは、召喚したハト君や、煙幕玉がコロコロ。
只の煙幕玉じゃない。
これは、ちょっと高価な【大煙玉】
普通のモノより、効果範囲と持続時間が延長されているんだけど。
そんな危険物を。
幾つもコロコロ。
ハト君が、小さい脚で蹴っ飛ばす。
……現実ではおよそ見られない、超次元ポッポサッカーだ。
「―――近衛……ッ!! 異訪者を今すぐ……ぐッ!?」
「「―――――ッ!!」」
呆気にとられていた彼等は。
それが目の前で煙を上げ始めた事で、ようやく我に返ったみたいだけど。
「むっ、無理です!」
「部屋の至る所から気配と音が……意味が分からない!」
もはや、時すでに遅し。
煙で視界は遮断されて。
賑やかな声を聞き流しつつ。
私は、所持品欄から、いつかのピートジュースを取り出し。
隅々に掛かるように、バシャーン……とね。
「―――ムゥ―――ッ!?」
「冷たぁ!」
「何なのだっ、これは!」
「何が起きているのだ!」
……そこだね。
気取っているいつもとは違い、存外に可愛らしい女性の声だよ。
元より、絨毯の上。
彼等のような金属甲冑でも着ていなければ、物音を出さずに移動可能で。
手早く短剣を走らせ。
ブツリと切れる感触。
―――お先に失礼……と。
対象を、そのまま抱え上げ。
目的を達成した私は、合唱の佳境を皆に提示する。
コンコン、カンカン。
コンコン、コンコン。
コンコンカンコン、コンコンカンコン、コンコン……。
壁をつつき、壺をつつき、床をつつき、照明をつつき。
音が全てを置き去りにする。
「部屋のあちこちから音がして――対象、捕捉出来ません!」
「テリス様! ご無事ですか!?」
「うるさぁぁぁぁぁぁぁいッ!!」
それ、余計に聞こえないよ?
視覚も、聴覚も。
空間を認識する為の感覚を失うのは、致命的で。
如何に戦闘者でも。
或いは、戦闘者だからこそ。
およそ経験がないであろう状況に身を晒され、混乱し、浮足立つ。
「―――ルミエールよ。感謝するが、もう少しマシな方法は無かったのか?」
「ありませんね」
その間に、一番遠くから聞こえる音を頼りに。
ドア外からの連続ノックを頼りに、部屋を出て。
領主様を降ろすけど。
さて、さて……ふむ。
「……して。ここから、どうする予定じゃ?」
「予定なしです」
「……階下は?」
「戦力差が圧倒的ですからね。恐らく、味方は敗北しているかと。降りたところで、敵方に捕縛されますね」
……………。
……………。
「―――どうするのです……のじゃ!? というより、どうやってここへ参ったの!? ハクロは!?」
「えぇ、何かブレてますけど。取り敢えず、私の後ろに」
いかに大煙玉でも。
ずっと足止めできるような力はないからね。
怒り顔のテリスさんと。
顔見えないけど怒ってるだろう騎士さん。
彼等は、甘い香りを漂わせてやって来た。
でも、逃げるのはナンセンス。
間取りを考えるに。
自然と階下に近付けば、音も聞こえやすいし、怒声で駆け付けた増援とで挟み撃ちに遭うだろうし。
ここで、終幕といこう。
「……異訪者……! 死なぬ存在に掛ける言葉ではないが――言い残す言葉は、あるか……!」
私の予定は、ここまで。
元より、プシュケ様と、他の人質さんを助けるところまでしか計画になかったんだ。
今の彼等はこちらに執心だし。
他の人質さんは大丈夫として。
「―――じゃあ、最終決戦と行こうか」
私は、ごくごく攻撃的な感じに。
ニヤリと笑って短剣を構える。
総力戦は、無職や非戦闘者をも動員する酷い作戦だけど。
彼等は私の実力を見誤ってるし。
或いは、躊躇してくれたり……。
「―――――ヤツを、殺せ……!!」
「「は!!」」
無理だった。
お偉いさんの言葉を受け。
ハクロちゃんにも準ずるほどの速度で間合いを詰めてくる甲冑たち。
鎧姿の筈だけど。
驚く程に速いし。
私も、かなり疲れちゃったし。
容量的にも、通路の大きさ的にも、さっきみたいな大立ち回りは出来ない。
だから、もう終わり。
退場するしかないさ。
「―――私の役割は、ここまで」
「―――後はよろしくね? ハクロちゃん」
私が言葉を漏らした、その瞬間。
手狭で直線的な回廊に、閃光と暴風が駆け抜けた。




