第18幕:お断りします
「ルミ―――何で避ける――避けられるの……!?」
「当たるの怖いからね」
「避けないで……!」
「そんな、ムチャな」
彼女が冷静でなくて良かった。
本来の精神状態だったら、攻撃が当たらない時点で、その理由の分析を始めていた筈だから。
でも、それは仕方がない。
何せ、そもそも本人が望んでいない戦闘。
敵が、私という友達な状況で。
ポッポに当たらないか心配で。
満足に剣を振れず。
今のハクロちゃんは。
私が知る実力の、八割も出し切る事が出来てない。
「まぁ、見ての通り。私も、コレで、オモシロ技能が幾らかあってね。どういう能力か、当ててみる?」
「―――――!!」
「おっとっと」
あぁ、今のは危なかった。
凄まじい速度の横薙ぎだ。
……………。
……………。
こうして戦っている間にも。
私達の周りを、遠巻きに旋回し続ける10羽以上のハト君。
ご存じの通り。
私の召喚したハト君は、ある程度の操作が可能なんだ。
だから、こうして周りを飛ばせて。
彼女の動きをよく見学してもらう。
それも、私のスキル【視界生成】の為に。
この能力は、同意を得た相手の五感を共有する事が出来る力で。
対象は、御察しの通り。
脳内的には、多分……。
『ふふ。勿論、同意……だよね?』
『ホ?』
『拒否権は無いよ』
『ホホ?』
そんな感じで、彼等を操作して。
全てのハト君の視界を共有。
失神寸前、嵐のように襲い来る情報量の中から、その場その場で必要な物のみを取捨選択。
監視カメラのように。
彼女の動きを分析し。
避ける、避け続ける。
「……いま、見てなかった………!」
「まぐれだよ。数十回目の」
顔を向ける時間を省き。
逡巡する時間をも省き。
私は、頭に浮かぶ映像のみを頼りに、操り人形のように、ただ身体を動かすだけだ。
でも、コレ。
本来は複数の視点を共有する用じゃないね。
今に、頭がどうにかなりそうで。
あまり長続きしないし。
こちらから仕掛けよう。
「じゃあ、ヒントをあげる。――この場にいる皆が、私に力を貸してくれているんだ」
「……………!」
「皆がいる限り、私は負けられないんだよ」
「「ホ」」
それを、確信したとて。
彼女には、結局無理だ。
ハト君達を斬る……その覚悟を、ハクロちゃんは決めることが出来なかった。
私の考えとは別の答えを得て。
それで納得してしまったから。
今更、タネを知ったとて。
これから鳥刺しなんて、拵える事は出来ない。
「ねぇ、ハクロちゃん。私達は、友達。仲間―――だよね?」
揺さぶりでなし。
命乞いでもなし。
これは、確認。
私がすべき、最終確認というモノだ。
準備したと言っても。
私だって、こんな事したくはないからね。
道化の言葉を聞いて。
少女は、顔を歪める。
「―――――ッッ!! 私は、ルミを――倒す……っ!!」
それで良い。
そうで無いと、私もやりにくいんだ。
瞳に修羅が宿った少女を前に。
私は、今になってようやく、袖に収められた白爛を抜き。
対して、ハクロちゃんは。
一回転と大剣を振り抜き。
「ホ―――ホホ―――ッ!!」
「ホホホゥゥゥ……!」
発生した恐るべき風圧で、周囲を飛んでいたハト君達が、床をコロコロ転がっていく。
彼等の心配はいらない。
外傷はないだろうし。
鳥さんの目は、瞼と瞬膜による二重保護機能があるから。
……問題は、こっち側で。
彼等が転がるのと同時に。
私の脳内では。
一斉に、監視していたハクロちゃんの情報が遮断される。
剣聖は、そんな状況の中でも。
完全に感情が高ぶって。
一息に飛び込んでくる。
振り下ろされるは、ボス戦ですら決定打となり得る、渾身の上段斬り。
この戦いには過剰な火力で。
およそ、私数十人分の威力があるだろう。
完全に、一撃で決める気だね。
「……言った筈だよ。私は、もう死ぬ予定はない―――って」
「―――――ッ!?」
一撃……か。
その選択は、良くなかったかなぁ。
能力に頼りきりだったからアレだけど。
最初に一度だけ、自力で回避したよね。
仕向けたのは私だけど。
興奮して忘れてたかな?
ハクロちゃんは、仲間だ。
私の、大切な友達で。
一緒に都市や遺跡を冒険して、観光した仲間だ。
……………。
……………。
私達は、仲間。
例え敵対したとしても、それは変わらないんだよ、ハクロちゃん。
だって―――
「私達は。一緒のパーティに入ってるんだから―――ね?」
「……………あッ!?」
放たれた上段斬りを回避し。
距離を取るわけでもなく。
私は、先程とは異なる逆手の袖口から、瞬時にアイテムを取り出し。
もう一方の手に握る短剣で、叩く。
コツン……と、ね。
アイテム名を、【爆裂鉱】
味方のみを襲うギャグアイテム。
アイテム欄に封印したモノ。
しかし、こんな混沌なイレギュラーが発生したならば、日の目を見ることもあるだろう。
剣を振り下ろした体勢だからこそ。
彼女は、もう避ける事が出来ない。
何より、避けても。
その程度の距離なら、間違いなく射程圏内だ。
「―――っ!?」
「私が、整えておくから……ね?」
優しく耳元で囁き。
共に、割れんばかりの音響に身を委ねる。
……………。
……………。
『ハクロは、俊敏特化だぞ』
それは、再会したあの日。
一緒に座りながら、話をした時の言葉。
『どうだ、凄いだろ』
『うん、とっても――見えないね』
『……………ん?』
『表示が変なんだ』
『――んん……? 此処が10で、こっちが20、これが――』
それは、文字化けした彼女の能力値を見た時。
彼女の体力は。
初期値のままの、10だったんだ。
そもそも攻撃が当たらないから。
彼女に当たる攻撃などないから。
ハクロちゃんは、俊敏で全てを解決し。
例え攻撃が当たったとしても、彼女自身の防具も優秀なモノで、誰も倒すことは出来なかったのだろう。
だけど、だけどね。
―――――――――――――――
【素材名】爆裂鉱
RANK:D
【解説】
薄明領域より産出する鉱石。
希少性が低いため、比較的安価である。
使用者たちに15の固定ダメージを与えることが出来る。
・所持者が衝撃を与えることで使用可能。
・射程範囲内の「味方」を巻き込む。
【用途】
売却用・武器の素材となる。
―――――――――――――――
防御無視の、固定ダメージ。
これは、どうにもならない。
……無論、私も。
前のままだったら、どうにもならなかった筈なんだけど。
―――――――――――――――
【Name】 ルミエール
【種族】 人間種
【一次職】 無職(Lv.18)
【二次職】 道化師(Lv.9)
【職業履歴】
一次:無職(1st)
二次:道化師(Lv.9)
【基礎能力(経験値0P)】
体力:16 筋力:10 魔力:27(+20)
防御:10 魔防:0(+6) 俊敏:23(+12)
【能力適正】
白兵:E 射撃:E 器用:E
攻魔:E 支魔:E 特魔:E
―――――――――――――――
残り体力は……1、と。
憧れの、スペランカーというやつだね。
最初のPKが、友人なんて。
なんて罪深い事をしてしまったんだろう。
心臓が大きく鼓動する錯覚を覚えながら。
私は、大きく息を吐き出し。
一人残った大部屋の中。
転がるハト君達を見る。
「………ホホ……?」
「「ホ」」
「ビックリしたよね。突然吹き飛ばされて、すぐ爆発なんて。まだ、豆鉄砲の方がマシさ」
この珍百景の中じゃ。
成功の余韻になんて浸ることも……んう?
『―――【保有者】とのシングルマッチに勝利しました』
『―――ユニーク職業【剣聖】を奪取可能です』
「………なんて……?」
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【unique:剣聖】
白兵戦闘に特化した職業です。
剣カテゴリのあらゆる武器を扱えます。
※魔力はゼロ固定、魔法技能の使用は不可となります。
※この職業を保有した状態でシングルマッチに
敗北すると、能力が奪取される場合があります。
能力適正
白兵:EX 射撃:B 器用:A
攻魔:E 支魔:E 特魔:E
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表示される、驚きの能力値。
まさしく近接戦闘の極致だ。
……EXって。
前に見た、AAの上がこれに当たるのかな?
そして、奪取可能という事は。
もし私がOKボタンを押すだけで、転職可能?
無職とサヨナラバイバイして、新たな力を?
……………。
……………。
この職業は、とても……とても、凄いものだ。
それだけは、私にだって分かる。
でも、あり得ない。
「これは、ハクロちゃんの物だろう? 折角組み立てた作戦が、全部破綻しちゃうじゃないか」
一時の感情で。
そんな危ない橋、渡らない。
いや、そもそも。
使いこなせるなんて思わない。
この【ユニーク】は。
彼女が使っていたからこそ、あんなに強かったんだから。
正当な所有者から奪い取るなんて道化じみた真似、出来ないよ。
道化だけどね。
……今は、こんな事より。
悩む必要もない事じゃなくて、急ぎの用事を片付けないと。
「―――うん。行こうか」
私は、奥の扉を開けて。
先へと進むことにした。
まだ、道化にもやるべき事が残っているんだからね。




