第17幕:道化の逆襲
「やぁ、ハクロちゃ―――」
「帰って」
「おひさ。また来た―――」
「……帰って」
「やあやあ、我こそは―――」
「帰って……っ!!」
……………。
……………。
「――うん。良い目覚めだ。そろそろ、転生できるかな」
PLが、あまり短期間に死に過ぎると。
【死霊種】なる種族になれるという。
でも、その条件として。
魔力のパラメータが大きくないといけないらしいし。
私のステータスで足りるのかね。
そもそも。
転職の予定なんて無いんだけど――っと。
「よいしょ」
満を持して。
ふかふかベッドから起き上がり。
伸びをしながら、何度目かもしれぬドアの開け閉め。
開けたら閉じるは基本だからね。
ここは、私の防衛ライン。
領主館にある、賓客室だ。
シティクエストの発生時。
あの混戦の中で、どうやってハクロちゃんのいると思われる領主館へ行こうか考えてたんだけど。
そういえば。
スポーン地点をこの部屋に固定してあった事を思い出したんだよね。
デスペナルティは、経験値の減少。
普通のプレイヤーには実に厳しいものだろう。
でも、私無職だし。
経験値効率良いし。
死は、絶望たりえないんだよね。
レベルアップが遠くなるのは、別に良いんだよ。
本当にダメな事は。
他にあるんだから。
「―――さて。そろそろ本気、出しちゃおうかなぁ」
二回前くらいから言っている言葉だ。
いい加減、次の台詞を考えないといけないかな。
……いや、否だ。充分だね。
そろそろ、小細工をしよう。
今の私は、成長した無職で。
ハクロちゃんと旅をして。
彼女に寄生したおかげで、かなりレベルが上がっているから……ふふっ。
「これがこうなって、ああなって――うん。問題ないかな」
今の所、戦績は全戦全敗。
負け越しているのだけど。
諦めなど、欠片もない。
全て一太刀でやられて。
光明など一回たりとも見えてないけど、関係ない。
「行こうか。負け続けは、好きじゃなくてね?」
◇
閑散とした回廊を抜けて。
再び、バルコニーの望める大部屋に戻ってきた私だけど。
階下の音はやや鎮まり。
彼女は、相変わらずだ。
時間制限、あるだろうし。
あまり、ゆっくりしても居られないかもしれないね。
「しつこいけど、また来ちゃった」
「……………」
毎回、開けたらちゃんと閉めてたけど。
今回は、ドアの隙間からチラリと覗き。
すぐに攻撃されないよう。
隠れるように声を掛け。
半眼の怒り顔という、珍しい様子を遠目にしげしげと観察しながら、部屋に入って扉を閉じ。
彼女へと、向き直る。
「待たせたね。これっきりにするけど、調子は――」
「―――――ッ!!」
あぁ、私にも分かるような……実に濃密な、凄い殺気だ。
私を視認するなり。
神速で距離を詰め。
剣を振り抜く少女。
……でも、この長い距離なら。
これまでに山ほど見た剣技だから、一度目くらいは見えるようになっているさ。
「こう、だよね?」
「……………ッ!」
身体を大きく捩じり。
決して、一ミリも触れないように回避を取る。
そう、一ミリもだ。
刀身に触れた瞬間、私は蒸発するだろうから。
詰められた距離に踏み込み。
大剣を振れない至近距離で。
小さな手に、私の手を置き。
剣を動かせないようにして。
顔と顔が触れ合いそうな距離間で、ハクロちゃんと見つめ合う。
「―――ふぅ。ようやく、一度だね?」
「……二度目は、ない」
「だろうね。今のは、動きの単調さゆえだ。ハクロちゃんがちょいと本気を出せば、私はまた消える」
例えば、型にない変則的な攻撃。
例えば、二連撃。
一度避けたからと言って、だからどうしたで片付く戦力差。
ああ、とても絶望なのだろう。
全くもって、無力が嘆かれる。
こういう時だけは。
私も、戦闘能力を欠片でも持っていれば良かったと感じるよ。
「……どうして」
冷静に私を見上げるまま。
ハクロちゃんは、困惑するように口を開く。
「―――どうして、戻ってくるの……?」
部屋が近いから、とか?
いやいや、これは違う。
いま彼女が求めているのはボケでは無くて。
私の、真意。
どうしてそこまでするのかという事だろう。
「友達、だからね。助けを求められたら、来るさ」
「……帰ってって、言った」
「本心と言動は非なる物さ」
誰だって、顔を見れば分かるものだ。
彼女は、助けを求めてるし。
私は、助けたいと思ってる。
でも、ちょっと。
ちょっと、複雑なすれ違いが起きてしまっているだけで……。
「私は、手加減しない」
突然、彼女の身体が跳ね。
私から大きく距離を取る。
「次は、もう話さない」
「シカトってやつだね? ハクロちゃんらしくもない」
二撃目、来るね。
正面からなら、一撃目は回避できるだろうけど。
連撃と来れば。
ちょっと、難しい。
「―――で……? 気になったんだけど、次って、何?」
「次、来た時だ」
それは、おかしいね。
どうやら、話が噛み合っていないのか。
先の私の言葉が、通じてなかったのか。
「ふむ。ハクロちゃんは、勘違いをしているね」
「……………?」
「さっき言った筈だよ? これっきりだって」
言った筈だとも。
次は、無いんだ。
こんな事、幾ら続けても意味はない。
彼女を助けられないのなら、意味がない。
もう、遊びは終わりだよ。
「私は。もう、ハクロちゃんに斬られる予定はないんだ」
だって、舞台は整ったのだから。
ようやく、手筈が完了したから。
ほんの少しでも、動きが見える。
彼女の動きが、分かる。
それだけできるのなら、花丸の合格点を与えても良い大金星さ。
私の言葉を受けて。
彼女が、床を蹴る。
―――その動きは、複雑にジグザクを経て、肉薄し。
……………。
……………。
えぇ……と―――見えない。
いや、見えないんじゃない。
顔を向けて。
肉眼で観察してから回避行動を取るのでは、全く間に合わない。
一瞬の、顔を動かすという動作でさえ、余計な時間。
分かっていても避けられない。
ならば、時間を稼がないとね。
「―――これでっ―――終わり――――ッ」
「“小鳩召喚”」
……………。
……………。
風が頬を吹き抜ける。
大剣の一撃が止まる。
私へ攻撃が伸びた態勢のまま、踏み止まるように彼女は固まる。
ハクロちゃんは。
優しい子だから。
「……………卑怯」
「そう、卑怯だ。だって、私は道化師だからね」
卑怯結構だとも。
汚名は被る物だ。
彼女が出来ないと分かっているから。
未だに、修羅となる覚悟が出来ていないと読んでいたから。
こうして、卑怯な事もする。
「どうする? そのまま、剣を伸ばすのかい?」
「……………ッ」
「こんなに可愛いもふもふを、無惨にも斬り裂くって言うのかい?」
「――――ホ?」
「……ルミ……見損なった」
「ふふふ。今迄が、買いかぶり過ぎだったんだ。秘技、“ぽっぽがーど”」
秘技? 奥の手だって?
外道戦術の間違いだ。
ハト君を盾にして、攻撃を止めさせようなんて。
「ポッポ、放して。じゃないと、そのまま、突く」
「君に、出来る?」
「……………」
「分かったよ。睨まないで。――じゃあ、離れててね」
「ホ……?」
平和主義者を脅そうなんて。
私も、終わりには遺憾の意を表明しちゃうじゃないか。
掌ハト君を解放し。
私が無手になると。
―――そのまま、剣がピクリと動くけど。
「はい、“小鳩召喚”」
動きは、再び止まる。
私が召喚できるハト君の数は、15羽を超えてるんだよ?
召喚するだけで良いなら。
幾らだって、続けられる。
「ほーら、可愛いよーー? もふもふだよーー?」
「……………ッ」
でも、出来るからと言って。
これが、続くわけじゃない。
今の彼女は非常に焦り、心理的に揺れ動き続けている状況だから。
一度、覚悟さえ決まれば。
どんな障害も切り伏せて。
最終的に、私ごと真二つ。
ハト君と一緒に、ごった煮シチューの材料にされる事だろう。
―――その覚悟を、彼女が終える前に。
出来る限りの事をしておこう。
「はい、召喚―――召喚―――召喚……」
「……………!」
具体的には、召喚祭り。
沢山のハトポッポが、大部屋を華麗に飛び回り。
好き勝手に飛び。
元気に歩き回る。
「ほら、気を付けて。止まり木と勘違いして、刀身に落ち着いちゃうよ?」
「ぇ……?」
「そうなれば、可愛いピンクの脚が切れちゃうかも」
「……ダメ………っ!」
ハクロちゃんは、辺りをキョロキョロ。
動き回る鳥さん達から隠すように。
己の武器を掻き抱いた彼女は、いつしか考えるように俯き。
……………。
……………。
二度、三度と首を傾げ。
やがて、納得したように頷き、こちらへと向き直る。
おかしいね。
あの、悟ったような瞳は。
覚悟が決まった者の瞳だ。
……思ったより、大分早いよ。
「――――――――ッ!!」
何と、遂に乱心したか。
ハクロちゃんは、自身のすぐ真横を悠々と歩んでいたハト君へ狙いを定め。
振り下ろされる、大剣。
……………。
……………。
勿論、私はすぐさま送還。
そんな酷い事、彼女にさせるわけにはいかない。
覚悟、決まるの早くないかな。
もしかして、反抗期?
いま、このタイミングでグレちゃったのかな。
「危ないじゃないか。いま、本当に斬るつもりだったね?」
「……………斬らせない」
「―――んう?」
「ルミは、斬らせない。ありぎえりの時も、そうだった」
……………。
……………。
あぁ、そんな事もあったか。
思ったよりも、ハクロちゃんは強かだったね。
こうも早く、彼女だけでなく、私もが出来ないという事を看破されて……あぁ、面白い。
「そうだね。ハト君を斬らせる……なんて。そんな可哀想な事、出来るわけないじゃないか」
「……なら、遊びは終わり」
「遊び?」
「無視して、ルミを斬れば良い」
「私の心配だってしてほしいよ」
「ルミは、生き返るから、良い」
それはそうなんだけどね?
生類憐みの令みたいだよ。
無職だってか弱いんだから、私の事も、いたわって欲しいんだけどな。
でも、こうは考えなかったのかな。
私なら、必ずハト君が斬られる前に送還する。
そう彼女に思わせておいて。
全力で斬り込んできた所に、すかさずハト君を差し出して―――ザクリ。
彼女の精神に攻撃……とか。
下の外道は可能だけど。
私は、絶対にやらない。
重ねて言うのなら。
この時点で、準備らしき準備はもう充分過ぎるんだ。
私にできる、精一杯の抵抗は……ね?
「―――ルミ。言い残す事、ある?」
「ううん。ないよ」
「じゃあ……もう、帰ってこないで―――――っ」
コマ送りのような。
縮地の如き、速さ。
振り上げられた剣は、現実だったら床を砕き、この階が崩落する程の重さ。
当たったら、即死は確定で。
……………。
……………。
しかし、何と言うか。
全く、気がはやいよ。
「帰って来るも、何も」
「……………ッ!」
「観念した、なんて。一回も言った覚えは―――」
「……………!!」
「ないんだけど――ね?」
一撃目を、避ける。
二撃目を、避ける。
三撃目を、避ける。
避ける、避ける、避ける、避ける……………。
連撃を、避け続ける。
およそ不可能な回避を、連続して実行し続ける。
「―――――ッ!? ……なんで……!」
さぁさぁ、何でだろう。
間違いなく、上なのに。
敏捷も、筋力も、技量も。
全てで上を行き、圧倒的な総合差をもって押しつぶそうとしているのに、敵は避け続ける。
動きが分かっているかのように。
未来でも見えているかのように。
道化は、攻撃を避ける。
それこそ、掠りもしない程に、距離を取って避け続ける。
タネも仕掛けもあるとも。
これこそ、無職の真の力。
「これが、私の力―――パーフェクト無職さ。無職を甘く見ない方が、良い」
「……む……しょく」
うん、よしとこう。
本当に信じちゃう。
「あ。今の、無しね?」
「―――――いい加減に――――――――ッ!!」
ダメ、ダメ、ダメ……ダメさ。
冷静を欠き。
精彩を欠き。
ただ激情に身を任せては、ダメ。
相手が大型の魔物なら、勢いが乗って好転する事もあるだろうけど。
相手が強かな人間なら。
まず、隙を与えるんだ。
「ホ―――ホホホ……?」
「「ホッ」」
「近付いてきちゃダメだよ? 危ないからね」
私の言葉を理解しているのか、していないのか。
周囲を、沢山のハト君が飛び回り。
グルグルと旋回して。
私達の戦いを見守る。
……………。
……………。
圧倒的な量の情報が入ってくる。
まるで、全知全能(無職)になったみたいな感覚だ。
「―――ふふふ。“視界生成”……ってね」




