第16幕:こういう事もあるのか
古代都市アンティクア中央区。
その更に中心に座する、リアール侯爵家の領主館。
広大な回廊。
「一階と二階……。スルー、しちゃって良かったのかな?」
今私が歩いている現在地。
ここは、三階なんだけど。
下の階層からは、随分と慌ただしく走り回る音がして。
あと、剣が交わるような金属音。
俗にいう、戦闘音が響いてくる。
普通、敵の侵入って一階からだから。
この階にまで割り当てられた警備の騎士さんは少ないだろうし。
一緒に戦ってあげないのは。
ズルなのかもしれないよね。
「今からでも、一階に降りる?」
No、瞬殺されちゃう。
「二階なら大丈夫かな?」
No、以下同文。
私は、ただの無職さんで。
戦闘を生業とするPLさん達の戦争に入って行けるとは思わない。
「じゃあ、やっぱりこのまま―――ぁ……!」
考えるままに通り過ぎようとして。
一時停止したのは、部屋の前。
ハクロちゃんと仲良しの侍従さん。
普段、彼女がいるらしい待機室で。
困ったことがあったら、何時でもこの部屋に呼びに来て欲しいと言われたけど。
まだ、一回も利用してないんだよね。
いま、明らかに緊急時だけど。
相談室……営業してのるかな。
ちょっと、コンコンしてみて。
「―――失礼します。ルミエールですが」
……………。
……………。
やっぱり、留守みたいだ。
確認のために、もう一度空室確認のノックした後で、ノブを捻るけど。
―――キィィ……と。
普通に開いちゃった。
今時、セキュリティが悪いね。
でも、本当に留守みたいで。
おかしいのは、侍従さんの部屋らしからぬ様子である事。
整頓が出来ないとかじゃなくて。
争ったような形跡と言うべきか。
床に散らばる調度品。
クローゼットは開けたままで、同じデザインの服が幾つも覗き。
絨毯がしなり、捲れたままだ。
「……もう、敵のPLさんが……? ―――いや、そもそも。反乱勢力……成程? じゃあ、騎士さん達も敵なんだね」
反乱って言うのは、そういう事。
だから、二階もあんなに大騒ぎ。
彼等もが、二分され。
味方同士で争っていたという訳で―――私、見つかったら凄く危ない?
……これは、アレだね。
「スニーキングが必要だよね」
侍従さんの部屋を、ぐるりと見渡してみて。
ダダンボールを探し。
あと、麻酔銃を探し。
……当然、見つからないので。
最終手段となるは、やり慣れた変装なんだけど。
「初期装備……一般初級冒険者……貴族風ドレス……海賊貴公子」
どれも、明らかに浮くね。
騎士さんに見つかったら、職務質問は確実だよ。
質問で済むだけなら有情で。
牢屋入りか、その場で死か。
“鏡界製作”で全身を覆うとかも。
ファンタジーの定番で、透明人間の第一歩だけど、実際にやると不自然極まりないし。
そもそも、歩けなくなるから。
見つからずに進む方法は。
自然に、館の探索が出来る方法は……。
「うん。ちょっと、お借りしよう」
……………。
……………。
誰も居ない部屋で早着替えを披露し、準備完了。
今の私の恰好は侍従さんの姿。
所謂、メイド服ってやつだね。
後で洗って返すけど。
中々どうして……とても本格的な外観、そして質感だよ。
古風かつ、機能性重視。
ヴィクトリアメイド……服に色々隠しやすくて、実に良いロングスカート。
「コレで、誤魔化す。……ううむ……? 難しいかな」
着替えた後で、首を捻るけど。
取り敢えず、先に進もうかな。
プシュケ様を探して。
ハクロちゃんを見つけて。
彼女が戦っているようなら、その後ろで精一杯応援してあげないといけないんだ。
◇
シン……と静まり返るような回廊を抜けて。
複数の部屋を覗いたり。
お風呂にお邪魔したり。
色々と見て回ったけど……どうやら侍従さんも、彼女の姿もないようで。
最初に確認したハクロちゃんの自室も無人だったし。
本当に、何処へ行ったのか……と。
最終的に行きついたのは。
まだ、私が一回も通った事のない場所。
バルコニーへ繋がる大部屋で。
上層階だから、安全だろうし。
防衛設備は無くて。
およそ、普段はパーティーの会場にでも使っていそうな広さの、豪奢な部屋だけど。
―――果たして。
そんな、大部屋に。
銀髪の少女はいた。
その小さな身体で。
立ち塞がるように。
相変わらずの半眼で、重厚な扉の前に陣取り……しかし、驚いた様子で私を見ていた。
でも、メールを貰ったし。
来るのは当然の筈だけど。
……あ、もしかして。
私が、メイド服を着ている事に驚いてるだけだったり?
「―――やぁ、ハクロちゃん。メイドさんカッコ無職が、助けに来たよ」
よく分からない挨拶もする仲だ。
私は、朗らかに声を掛けるけど。
コスプレな私に対し。
どうやら、今の彼女はあまり乗り気じゃないみたいで。
「………ルミ」
いけないね。
あぁ、いけないとも。
そんな、悲しそうに。
彼女らしくもない。
藁にも……無職にも縋るような顔で私を見るだなんて。
「少し、顔色が悪いね。何か欲しいモノは?」
「……………」
病気な人へ、よく言う台詞だけど。
特にない、と。
「そっか。ところで、プシュケ様たちは?」
「………奥に、いる」
そっか、そうなんだね。
じゃあ、とても安心だ。
だって、ハクロちゃんが守っているんだから。
万が一にも、私の出番なんて存在しない。
………けど。
元仕事柄、その一に備えるのが好きでね。
車輪に紛れた砂粒にさえ、邪魔はさせないのが私の流儀だったんだ。
この場合。
砂粒は私の側なんだろうけど。
「挨拶したいんだけど、良いかな」
「………ダメ」
「ほら。侍従さん達が何処にもいないだろう? 迷っちゃったから、道を聞きたかったんだ」
「……………ん」
私のジョークに。
ただ、彼女の大剣が窓を示して。
成程。そこからお帰り下さいと。
「ちょっと無理がない?」
「……………」
「ここ、3階だよ?」
ハクロちゃんなら、出来ても。
今の私じゃ、装備的に無理だ。
……まぁ。
いつもの調子じゃ話は通じないという事で。
本題に行こうね。
「――皆を人質に取られているから、誰も通せない。そうなんだね?」
「……………!」
「部屋、荒れてたし。誰も居ないし。奥を固めてるのかな?」
「……………」
彼女自身、ずっとこのスタンス。
私の言葉をまともに聞かないようにしているらしくて。
交渉、出来るのかな。
チャンスは一度きり。
とても大切な、たった一度。
しかし、既にハクロちゃんにその気はないみたいで。
「……ルミ……帰って」
これは、異なことを。
来いと言ったり、帰れと言ったり。
まるで、ちぐはぐだ。
「大丈夫だよ。私を通しても、後で負けちゃったって言えば、許してもらえる筈さ」
「……………」
「ダメかな」
「……………ダメ」
流石に、無理ある?
夏休みの宿題を家に忘れましたくらい無理があるかな。
或いは、遅刻したのは人助けをしていたせいで―――
「私は、剣聖。ルミじゃ、勝てない」
……………。
……………。
「……けんせい」
前々から、彼女の一次職には興味があったけど。
いかに高レベルであろうとも。
3rdの職業で、そんな大層な名前が出るものかな。
他の可能性があるのなら。
……ならば、そうだろう。
彼女の職業は。
圧倒的な強さの基幹、根底となっているのは。
ユニーク【剣聖】
大層な名前が付けられても。
勿論、使いこなせるかは別。
彼女の凄絶なまでの強さは。
自身の才能に裏打ちされたもので。
偶然、職業の能力と、彼女のセンスが噛み合っていた結果に過ぎない。
最高の相性の結果だと。
なら……どうだろうか。
相性の良し悪しなら。
私だって、無職との親和性は悪くないから。
挑むのも、一興。
とはいえ、戦闘は負けが確定だし。
ここは一つ、職業の自慢合戦で勝敗を付けてもらおう。
「――どうやら。ハクロちゃんは、無職を甘く見ているね」
勝利を確信するのは良い。
相手を見下すのも良いさ。
でも。
相手が弱いからと、油断するのは良くないね。
古来より、生物の天敵は油断なんだから。
「確かに、私たち無職は弱い生き物だ。日の当たるところは歩きたがらないし、普段は本気を出していないだけ――なんて、言い訳して逃げることもある」
「……………」
「だけど、決して譲れないモノがある」
「……………!」
「大切なモノのためなら、何でも懸けられる馬鹿だ」
言ってる間に考えたんだけど。
自慢合戦でも、無職じゃ勝てるわけないよね?
……………。
……………。
―――という事で、私は白爛を抜く。
ここは、ゲームの中だ。
一度倒れても生き返るし。
戦いは、痛みを生まない。
でも……だからこそ。
ゲームの中で悲しそうにしている仲間を。
慰めるのに、理由なんていらないだろう。
だって、ゲームは。
冒険は、楽しむためにやる物だから。
世界を股に掛けて遊ぶのに、悲しみの涙なんて全然似合わないじゃないか。
「大丈夫だよ、ハクロちゃん。私が、助けてあげるから――ね?」
助けるとも。
だって、大切な友達だから。
「ちょっと、手荒になるよ」
相手は、現環境の最強格。
もしかしたら、世界で最も強いPLかもしれない。
なのに、私という無職が。
剣の聖と戦うなんて……。
そういう事も、あるかもしれ―――あれ……?
夜かな?
突然、目の前が真っ暗になっちゃったよ。




