幕間:白刃の剣を継ぐ者(下)
『――あぁ、凄いね。これは、戦争そのものだ』
不思議な女の人だった。
戦場にあって、警戒心の欠片も持ってない人だった。
血走った目で。
雄叫びを上げている他の人よりは、話しやすそうで。
でも、やっぱり。
普段だったら、話しかけられなかった。
今回は誰かと話さなきゃいけないから。
師匠からの任務だったから。
本当に、それは偶然だった。
「―――ぁ―――ぅ……ぁ」
私は、何度も手を伸ばして。
全くこちらに気付かない彼女に、五回目の行動で、ようやく声を掛けることが出来た。
『行かないのか?』
『うん。ちょっと様子を……んう?』
……………。
……………。
―――失敗した。
初対面の相手に、いきなり。
挨拶もなしに――しかも乱暴な言葉遣いで、話しかけて。
……それなのに。
『彼女は、ハクロちゃんだよ。友達……私の戦友だね』
『友達』
なのに、彼女は……ルミは。
私を、友達と言ってくれた。
だから、頑張って。
一緒に生き残れるように、ありぎえりと戦った。
ルミと、その友達を護る為に。
必死に戦ったけど、今迄戦った事もないくらい強くて。
『その貌、しかと胸に刻もうぞ。異界の術者――ッ!!』
『だから、違―――』
騎士にルミが斬られて消えた後。
私は、ルミの仲間が止めるのも聞かずに、一人で飛び込んで。
そこからは、よく覚えてなくて。
真っ暗な視界の中。
カウントが進んで。
『―――きゃあ………っ! ……ぇ……? ハクロ様?』
気が付けば、自室のベッド。
クロニクルというイベントが終わって。
私は誰に助けられることもなく、一人の力で古代都市に戻ってこれた。
……いぇい………?
あと、すてーたす。
nameが【ハクロ】になってた。
多分、名前を受け入れたから。
……ルミ、また会いたい。
頑張ってこの世界の事を勉強して。
頑張って探したら。
何処にいるのか、見つかるのかな。
『―――ソフィア』
『はい、何ですか?』
『もっと、勉強ガンバル』
『……………ぇ?』
『ハクロ、覚えられるように頑張る。だから、もっと沢山教えて?』
『―――ハクロ様………!!』
私は、ソフィアにお願いして。
授業の量を増やしてもらった。
勿論、訓練もあるけど。
その日から、覚えることが、凄く楽しく感じるようになった。
……………。
……………。
「暗黒騎士アリギエリ……。あ奴も、未だ健在という訳か」
「……………?」
「かつては、儂も幾度となく剣を交えたが――むぅ……!」
話しながらも師匠は剣を振る。
大振りの筈なのに、凄く速い。
貰った武器……【夢殉】で。
大剣で長剣を迎え撃っている筈なのに、弾かれるのは私の武器で。
でも、食い下がる。
身体を回転させて。
回るように剣を振って。
師匠の重くて速い攻撃に対して、相手の腕へ負担を与えるように打ち込む。
師匠、年だから。
持久力は、疲れない私の方が上だと思うから。
「生きていただけ、素晴らしい事……か」
「ううん、死んだ」
「―――うう……む。異訪者の不死性か。……ゴホン。では、あるが。あ奴との戦いを経験し、大きく成長しておる」
それは、そう。
ありぎえり、凄く強かったから。
真似したり。
あの時を思い出したりして、いめーじとれーにんぐしてるから。
私、前より強くなってる。
「そうじゃな、ハクロよ。其方の成長は、実に素晴らしい」
「………ん?」
突然、師匠が攻撃の手を止めて。
不思議に思って視線をずらしたら、プシュケがこっちに来てた。
いきなり褒められたけど。
やっぱり、すごく嬉しい。
「どう見る、アルバウスよ」
「は。間違いはない――と。儂は、こ奴を後継者と指名しますぞ」
……………。
……………?
「……褒めてる?」
「……………うむ」
師匠が、私に対して肯定的な言葉をくれる。
それは、意外な事だった。
師匠は、私を褒めないし。
いつもいつも。
掛かっていく私を、適当にあしらってくるだけで。
こうしたほうが良いとか。
ああしたほうが良いとか。
助言だけ少し加えるだけで。
褒めたり、慰めたりなんか、今迄一回もしてくれなかったのに。
「師匠。いつも、褒めてくれない」
「むぐっ……ッ!」
………なんか食べてた?
ズルい。
私には、戦いに集中しろって言うくせに。
「――ふふっ。ハクロよ」
「んん?」
「最強の剣士が、最高の教育者とは限らぬのじゃ。増してや、子を――孫を育てるなぞな」
「……ちょっと、難しいぞ」
「つまり。褒めたいが、言葉が見つからぬのじゃよ」
……………。
……………。
「――師匠。褒めてくれる……?」
「……う……うむ」
「ふ……くくくっ。戦闘以外では、既にわが剣より上か」
「……プシュケ様……ッ!」
「うむ、素晴らしい。天性の才。生まれながらの剣士。騎士団において、アルバウスの助言通りの動きが出来たのは、ハクロが初めて……であろう?」
「――えぇ、そうですな」
「そのような逸材、わらわも手放す事などできん」
今日は凄く良い日だ。
皆に沢山褒められると、やる気が出て来て。
訓練の方も。
勉強の方も。
その日は、いつもより長く頑張る事が出来た。
◇
「―――んっ……あむ……んむ……」
ピート、美味しいけど。
そろそろなくなるから。
今日は、お買い物。
ルミが素材の売り方を教えてくれて。
お小遣いの日まで節約する必要がなくなったから、今では気にせずアルを使える。
『お小遣い、もう要らない』
『―――まぁ! あの、すぐ浪費してしまうハクロ様が……! やはり、ルミエール様が?』
『ん? ……ん。ルミのおかげ』
『まぁ、まぁ……! ……ですが……えぇ、では。これは、お給金なのです』
『……お小遣いじゃない?』
『別枠です』
『じゃあ、貰う』
でも、ソフィアが言うには貰って良いモノだから。
やっぱり毎週のように貰う。
貰ってお買い物に行く。
目的地はトラフィーク。
大通りに面したお店。
特定の曜日だけ大繁盛しているらしい、凄く暇そうなお店。
「ノルド、来た」
「お、ハクロの嬢ちゃんじゃねえか。――残念だが、ルミエはいねぇぜ?」
「……居ない?」
「何でも、幻の迷宮攻略隊がどうとか――返品は承らないとか」
「……………?」
「アイツの考える事は、俺にも分かんねーわ」
確かなのは、ルミはいないという事。
……ちょっと残念。
「でも、お買い物に来たから大丈夫」
「毎度。……が、ツケは無しだぜ?」
きょうは、大丈夫。
お小遣い……おきゅーきんを貰って、寄り道しないですぐに来たから。
「ちゃんと、ある。ルミよりはお金持ち」
「おぉ……!」
「素材を売るとお金が増える。お金があればおやつが買える」
「おう、ソイツは真理だな」
この世界は良い世界。
いくら食べても良い。
おやつを沢山食べても怒られない。
たくさんたくさん食べても、夜ご飯が食べられなくなることはない。
良い果物を、沢山包んでくれるノルド。
受け取ってすぐにアイテムボックスへ。
こうすれば悪くならない。
欲しい時に、欲しいだけピートを食べられる。
「じゃあ、また来る」
「おう、毎度あり! 大口の御客さんにも宜しく伝えといてくれや」
「……ん?」
「随分遠い、王国の古代都市からわざわざ沢山注文してくれてんだろ? 嬉しいったらねぇぜ。もしかしたら、その内領主様の口に入るかも……なーんてな! はっはっはッ!」
「――もぐ……ん。美味しいって言ってた」
「そら、結構な話だ。また来いよぉ!」
……………。
……………。
果物を食べながらお店を出て。
便利な移動装置を使って古代都市に戻る頃には、もう幾つも食べてたけど。
幾つ食べても美味しい。
何個食べても美味しい。
中央に戻ってきて。
城門を潜る頃には。
また、一つ取り出して。
私の拳くらいもある果物を、大きく口を開けて……。
『―――確認。クエスト達成条件を失敗しました』
『―――true endが消失しました』
――――――――――――――――――――
【Original Quest】 対立の噂話Ⅱ
(所要:不明)
達成条件が未達成のままクエストが進行しました。
【city quest】が発令されます。
貴方の活躍でお家騒動を終結させましょう。
※当questには二種の分岐が御座います。
(good・normal)
【発動条件】
true endが達成されず、クエストが進行する
【各達成条件(分岐)】
・領主の統治基盤を安定させる
・領主の死亡、或いは反乱を完遂する
――――――――――――――――――――
かなり前に見た覚えのある画面。
まだ、私が剣を持つ前に――窓を拭いていた時に見た覚えのあるクエスト。
「………二代目だ。やれ」
「「了解」」
それに目を落とした時。
いきなり、風が吹いて。
「……………ん……ッ!」
攻撃してきたのは、プシュケの部下の騎士だった。
都市内部で攻撃してきた。
私は、仲間なのに。
入っても良いって、言われてるのに。
……騎士たちは、凄く強い。
一対一なら師匠以外は勝てるけど、沢山来られたら、多分勝てない。
咄嗟に攻撃は避けられた。
でも、体勢を崩して……。
「ハクロ様ぁ! 武器を……っ!」
「……ぇ……?」
私へ振り下ろされた剣が防がれる。
騎士団で皆が使っている、全く同じ見た目をした剣。
全く、意味が分からない。
同じ鎧の騎士たちが。
いつも一緒に訓練している騎士たちが、互いに剣を向けあってる。
訓練なんかじゃない。
凄く怖い気配がする。
「……落ち着いて聞いてください、ハクロ様」
「……………」
「テリス様と騎士団の多くが、反乱を起こしました。甘言に惑わされた異訪者も……大勢、手駒として」
「門は、我々が死守致します」
「ハクロ様は、プシュケ様のご安否を――我らが主を、お願い致します……!」
……………。
……………。
なんで、争うの?
どうして、味方同士で斬り合ってるの……?




