幕間:白刃の剣を継ぐ者(上)
家族以外の人と話すのが凄く苦手だった。
自分からは、誰にも声を掛けられない。
小学校でも。
中学校でも。
イヌやネコなら、すぐ仲良くなれるのに。
学校からの帰り道は誰かと帰るでもなく、いつも一人で。
でも、寂しくはない。
動物とは、いつだってすぐ仲良くなれたから。
「わん、わん?」
「くぅーーん」
知り合いの家の犬と挨拶して。
顔見知りの猫と並んで歩いて。
いつも通り帰って来た日。
家の前にトラックが止まり。
大きな荷物が中へと運び込まれているのを目にして。
「お父さん。……これは?」
「大きいのがON。小さい包装がオルトゥスだ」
「……………?」
「近頃大人気のVRゲームのセットでね。誕生日プレゼントに良いと思ったんだ。寧々も、きっと気に入るよ」
「そうね。誰かと話す訓練にもなるかも」
……………。
……………。
ゲームはよく分からない。
白い部屋に始まって。
全く見た事のない街に出てきた時、それを余計に感じて。
「ここ――何処……?」
知らない場所に放り出されて。
道を誰かに聞く事も出来ない。
現れる透明なパネル。
私の名前がある画面。
適当にボタンを押して。
その日は、何とかゲームを止める事が出来た。
「銀髪美少女ちゃん……!?」
「――ふふ……にゅふふ――じゃなくて。一緒に冒険でもいかが?」
「……………」
「「……………」」
「……あぁ。ソロが好きなのかもな」
「無理はいけない」
「誰か待ってるのかもしれないし。お邪魔したね」
知らない街をグルグル回って。
ようやく道を殆ど覚える頃には、沢山の人に声を掛けられたけど。
やっぱり話せなくて。
動物も全然居なくて。
路地裏を探しても。
大通りを歩いても。
人しか居なくて。ある日、遂に街の外に出て行ったけど。
「わん、わん……?」
「グルルルㇽㇽㇽㇽㇽ……ッ!!」
「……………ぇ」
「ウウウウゥゥゥゥゥゥ……!!」
動物?にまで嫌われて。
何も分からなくなった。
ようやくお金の使い方を知って。
街の役割を知って。
街の外にはマモノがいて、街道を超えると別の街や国があると知って。
……歩くのは楽しいけど。
凄く楽しいと言われたら、そうでもなくて。
次々に前へ、前へと進む人たちに付いて行って。
色々な場所を歩きながら、マモノの攻撃を、ただ避け続けて。
色々な街を知って。
前へ進む人たちは。
古代都市という場所で動きが止まって。
余裕が沢山有ったあいてむらんも、全部素材というモノで枠が埋まって。
どうしたら良いか分からないし。
ご飯もお金がないから買えない。
誰も居ない路地裏で。
どうやったらお金が増えるのかを探しながら、パネルを弄って。
「――おい、娘。何をしておる」
そんな時。
上の方から、声を掛けられて。
「……お腹減った」
無意識に、言葉が漏れ出て。
会話が成立してしまって。
話し始めれば。
何とか、言葉に答える事が出来て。
私は、お爺ちゃんくらいの――もっと上の年齢かもしれない人と話す。
「では、空腹娘よ。お主、名を何という?」
「………あ」
「……いや、名前じゃ」
「あ」
「――よもや……本気で言っておるのか……!?」
だって、分からなかったから。
適当に付けたのが、これだった。
その後も、色々聞かれて。
「―――お主、生きていくのも困難かもしれんの」
「ん……無理かも」
「存外に余裕か?」
「むーーりーー。疲れたーー」
もう、限界だった。
頑張ってって言われたから。
期待に応えたいから続けたけど、やっぱり大変だった。
今日も、ろぐあうと。
した方が良いのかな。
「ならば、病む負えん。儂の仕える家に紹介してやろう」
「………紹介?」
「じゃが。お主のような、右も左も分からんモノに何が出来るかは――儂にも分からんのう」
◇
その日から、私の生活は一変したけど。
コレも、凄く楽しいかと聞かれたら……そうでもなかった。
大きな窓ガラスを磨く。
ピカピカキレイに磨く。
キレイになったら隣へ。
大きな窓ガラスなのに、隣には同じのが。
そのまた隣にも。
まだまだあって。
頑張って、全部磨く。
そして……最後の窓を磨き終わる頃、ソフィアが帰ってきた。
「娘様。窓拭きは終わりましたか?」
ソフィアは私の教育役で。
部屋の掃除もしてくれる。
いつも優しくて。
この屋敷には小さい頃から務めているじじゅーらしい。
「フム――フム……むむむ……ぅ」
「やっぱり、ダメ?」
「お仕事はとても丁寧で、悪くはないんですけどね? 何しろ、娘様……小さいので」
「ん、届かない」
「そこなのですよねぇ……?」
上側だけ水垢と埃が残った。
下だけ綺麗だと逆に不格好。
脚立を使っても、ちょっと届かない。
これ以上大きなやつを使うと絨毯が傷むし、危ないと言われた。
「――娘様、少し頭下げててください」
「……んん?」
不意に、ソフィアが頭を下げて。
私も真似するように頭を下げる。
目の前を通るのは。
禿頭で長身の男性。
「………誰?」
「領主補佐、家令のテリス様ですよ。このやり取り、何回目ですか?」
ソフィアの言葉で、ようやく思い出す。
プシュケの補佐、テリスだ。
前にも聞いた覚えがあった。
何で覚えられないんだろう。
「テリス様。最近、プシュケ様と声を荒げて議論してることが多いんですよね」
「………ん?」
「何か、意見の相違があるらしいって噂です。妹君が出奔されて、プシュケ様への苦労が増えている現状で、イヤーな話ですよねぇ」
「しゅっぽん―――んん?」
『―――確認。クエストを受領できます』
――――――――――――――――――――
【Original Quest】 対立の噂話
(所要:不明)
リアール家の噂を取得しました。
貴方の活躍でお家騒動を終結させましょう。
※当questには三種の分岐が御座います。
(true・good・normal)
――ベストヒント――
争いに発展する前に原因を根絶するべし。
【発動条件】
リアール家侍従の噂話を聞く
【各達成条件(分岐)】
・不和の原因を根絶する
・領主の統治基盤を安定させる
・領主の死亡、或いは反乱を完遂する
――――――――――――――――――――
「……………?」
「如何しましたか? 娘様」
「ん。よく分かんない、これ」
「……これ? ――あぁ、すみません。叡智の窓は、私には見えないのです」
クエストというのは知ってる。
でも、見るのは初めてだから。
私は首を傾げるけど。
そう言えば、私たち以外には、この画面は見えないんだった。
「珍妙な光景よ。何かあったか? 二人並び、首を傾げおって」
「――あ。アルバウス様」
「アルバウス」
「……娘様? 敬称を付けましょうね?」
「んん……ん」
「まあ、良い。仕事ぶりさえ問題なければな。して、ソフィアよ。娘の調子はどうであるか」
「「……………」」
彼は興味深そうに尋ねるけど。
私達が窓の方を見て黙っている事に怪訝な顔をして。
元々の身長も高いから。
すぐ違和感に気が付く。
「……むむ……前衛的な」
「無理なさらないでください。捻りださなくて良いですからね?」
下は新品みたいにキラキラ。
上はやっぱり拭き忘れみたいに……んっ。
目に鋭い光が入る。
窓から差し込んだ太陽の光が、ソレに反射したからだ。
「……………」
キラキラと光るそれに。
思わず、目が引かれて。
「ぁ……! 娘様――」
「……………っ!」
ソフィアから声を掛けられるのと同時に。
私は、イヤな予感がして。
とっさに後ろへ転がった。
目の前を、凄い風が舞う。
「――あぁ――良かった……!」
「……ソフィア?」
「アルバウス様は、生粋の武人ですから。剣に触られそうになると、ああなります。気を付けてくださいね?」
「触れるの、ダメ?」
「えぇ。……お怒りでないと良いのですが」
私を連れて来たのはアルバウス。
多分、ソフィアよりも偉いから。
もしも、怒らせちゃったら?
ここ追い出されちゃうかも?
悪い事したんだ。
ちゃんと、ゴメンなさいって謝らなきゃ。
「―――ぁ……ぅ……ゴメン」
「ふふふっ……。悪癖とはいえ。お主が異訪者とはいえ。やってしまったと思うたが……面白き才能よ」
―――怒って……ない……?
「少し、試させてもらうぞ」
ううん、怒ってるかも。
だって、いきなり長い方の剣を構えてる。
「娘よ。この場合は、どうする」
「……………? こう……?」
「……ならば、これはどうする」
「こっち」
「……………ふっ」
鞘のままの剣がゆっくりと振られ。
私は、その振りに合わせて右へ左。
何故か笑うアルバウス。
今度は、まだ腰に差してあった方の、短い剣を渡されて。
「なれば。次は―――」
また、彼が武器を振ろうとするけど。
それより先に動きが止まり。
凄い殺気を感じる。
私たちの後ろから。
「娘様~~? アルバウスおじ様~~?」
「「……………」」
「お外でやってくださいな♪」
……………。
……………。
アルバウスよりソフィアの方が怖い。
優しいけど、怒らせたらすごく怖い。
……で、その日からは。
お仕事がなくなって。
私は、鎧の人たちと一緒に、訓練というのをするようになった。
……………。
……………。
「騎士――皆。戦う準備……?」
「そうじゃ。近々、魔族が来襲するとの報が入った」
「此処に、魔物来るの?」
「ソレに関しては問題ない。此度は、異訪者に前線を征かせる」
「……行かせて?」
「我々は、敵が疲弊した所を叩く」
師匠、腹黒い。
「じゃあ。私も、前線送り?」
「それも良いと、儂は思うたのじゃがな。プシュケ様のお考えで、お主は鉱山都市へ送る事となった」
「フォディーナ……?」
「うむ。ソフィアの教育も上手く行っておるか」
国と街――都市の事はソフィアに教わってる。
名前と特徴は知ってる。
けど、まだ……。
「三騎士が来襲する事などは、万に一つ。今のハクロならば、魔物程度は問題はなかろう。ここは、戦地を経験しておくのも、必要な事よ」
「はくろ……?」
「お主や娘とは呼びにくい。プシュケ様が賜られた名前じゃ」
「……じゃあ、ハクロからもう一つ」
「うむ、申せ」
「行き方、分からない」
「……………」
「送り迎え、ある?」
「……………」
名前とか特徴は知ってるけど。
まだ、行き方とか分からない。
来てからずっと。
魔物を倒すとき以外、都市から出ないから。
「……ならば」
「んん?」
「今回、お主には任を与えよう」
任務は、知ってる。
師匠や騎士が何処かへ行くとき、プシュケが出す奴だ。
私に、任務……?
大変なの、困る。
「フォディーナの者でも、異訪者でも、誰でも良い。対話し、尋ねよ。さすれば、自ずと帰還する事は叶う」
「……………!」
「行きのみ、使いに送らせてやる」
師匠、酷い。
私が話すの苦手って知ってるのに。
「話すのが、任務?」
「話すのが任務じゃ」
「剣を鍛え、只強くなるだけでは意味がない。心を通わせ、友を得よ」
「……………」
「それこそ、生きるという事。多くを知り、何かを継ぐという事」
「今は、その前段階なのじゃ。頼むぞ―――我が後継者……ハクロよ」




