第10幕:精霊さんのお話
一人の周囲を、衛星のように。
ゆっくり浮かび続ける物体は、赤に近い橙色。
あっちへふよふよ。
こっちへほよほよ。
まるで毛玉みたいだけど。
これで、AIのような知性は確かに存在するみたいで。
「この子が、精霊さんなのかい?」
「そうっす。俺の相棒で、名前はずばり――アトミック!」
すっごく爆発しそう。
彼にはピッタリの相棒だけどね。
―――精霊さん。
それらは、PLが使役できる存在の一種。
ある意味では、私のハト君たちと同じ。
でも、現在の環境では。
とても希少な存在らしくて、テイムしているだけで一目置かれるとか。
能力的には……まあ。
簡単な魔法しか使わない上に、命令を聞かないらしいけど。
勝手に浮き回るらしいけど。
でも、可愛いから良いよね。
ほわほわをツンツン。
そんな癒し空間を形成しているナナミとエナを見ながら、ひとりで結論づける。
「ほんのーり温かいんだよ?」
「柔らかいんですよ?」
「突くと震えるし」
「慣れてきてるのか、自分から掌に乗ろうとするんです」
「アトミックは別に良いんだが、こっちに飛ばすなよ?」
「名前が危ないよね」
「だから、爆発しねぇって」
仲間からも疑われているね。
「ところで、どうやってこの子を仲間にしたんだい?」
「「……………」」
「どうかした?」
「いや。それが、俺にもちょっと分からんくてですね」
曰く。
迷宮を攻略していた彼等は。
不意に気配を感じて。
振り向いたら、ショウタくんに付いてきていたと。
「つまり、良くある「なんか付いてきた」ってやつかな?」
「そんな所っすかね」
「でも、温かいし?」
「掌大だし」
「寒い階層では、結構便利なんだよな、毛玉」
扱い、ただの暖房器具。
激レアそうな魔物なのに。
実際に仲間にしてみると、案外こんなモノなのかなぁ。
「―――“矢車一矢”」
「んう?」
「「……………」」
不意に、エナが。
未だ魔物が出現する進行方向ではなく、私達がやってきた方向へ矢を射かける。
「――――パンパァ――――ッ!?」
新種かな?
聞いたことのない魔物の声だ。
音に私が振り返ると。
既に、砕けて消えゆく硝子のような……。
「………ふむ。もしかして、PK狙いのPLさん?」
「そうだと思います」
「こういう場所だから、アイテムもザクザクだし、沢山湧くんだよねぇ。先にも進めず、こんな階層で盗賊まがいしてる連中がねぇ?」
「ま、そんな連中が」
「俺達に勝てるわけねえよなぁ」
何だか、こっちの方が悪そう。
「本当に、ユウトたちは迷宮が大好きなんだね?」
「経験値! 経験値!」
「レベル上げ最高率!」
「アイテム」
「宝箱を開ける時の感覚がフラッシュバックして――止められないんです」
あまりに迷宮攻略ばかりだから。
そこそこ有名になってそうだね。
七不思議認定されてそう。
TPの殆どは最前線の攻略に躍起だから。
この辺に、強いPLは少ないらしいけど。
今はギルドのポイントをあまり気にしていない彼等は、自由に冒険していて。
この辺では、かなりの実力者なんだろうね。
「にしても。この階層は、凄く幻想的で綺麗だね?」
「氷河ゾーンだしな」
「敵も水や氷系だよ」
通りで、肌寒いわけだ。
私には通用しないけど。
「ルミさん、ドレスで寒くないっすか?」
「ふふふ……! 面白い裏技を見つけてね。このドレスは、通常装備の上から羽織っているんだ」
効果とかは相乗しないけど。
装備同士は一緒に着られる。
これは、良い発見だ。
だって、自分の好きな外見のまま、一番強力な防具を着れるって事だからね。
「それ、攻略サイトの裏技にあったけど」
「あ。そうなのかい?」
「でも、ルミねぇ自分で探してくるからねぇ?」
「遊び心ありますよね」
そう、そうなんだ。
これで、鎧の上からドレスとか。
旅装の上から水着を着ることが出来る。
滑稽だろう。
道化に拍車が掛かるね。
「因みに。今着ているのは、クロニクルの時と同じ貧弱装備だよ」
「……やっすいやつやん」
「トラフィークの武器屋で一番やっすいやつやん」
「ほぼ初期装備ィ……!」
攻撃に当たらなければいいのさ。
皆で話しながら。
のんびりと、私たちは進み続けていたわけなんだけど。
何か、辺りが。
何時の間にか。
周辺が、にわかに騒がしくなっていて。
「さぁさ、ルミねぇ? 右をご覧ください」
「ほう?」
「――ミイラなゾンビさんが沢山です」
「アイスマンってモブ。ゾンさんの上位種です」
「ふむふむ」
「では、左をご覧ください」
「ふむ……?」
「中ボス。アイスエッジ・バッファローがこちらを狙っていますね……!」
何と、なんと……!
……………。
……………。
「もしかして、囲まれたりしちゃってるのかな?」
「「うん」」
ゾンビ種系変異個体【アイスマン】
ゾンビとは言うけど、身体は青白く。
腐っている感じじゃなくて。
7.8千メートル級のさむーい山では、死体が脂肪の融解や乾燥などで白蝋化すると言われているから、そういう場所の遭難者がモチーフなんだろう。
地牛種系変異個体【アイスエッジ・バッファロー】
二メートル以上はある巨躯。
牛系の魔物はよく見るけど。
彼らの場合は、体毛が長く暖かそうで。
何より大きなヤギのような角は無色透明で、氷のように輝いている。
「――確かに。この階層は、寒い場所に居そうな敵さんばかりだね」
「でしょ?」
「そう、銀世界だ」
「……んで?」
「冷静に解説してるのは良いけど、どうするの?」
普段の五人ならいざ知らず。
足手纏いがいるこの状況は、ユウトたちも面倒かな。
皆やる気は満々だけど。
混戦になると私も流れ弾でやられそうだし。
ならば……ふふふ。
どれ、ここは一つ。
私の真の実力というモノを見せてあげよう。
袖口から白爛を取り出し。
腕を振り、全力で投擲。
「ほっ―――っと」
渾身の一撃は、違う事なく一直線に進み。
今、まさに。
敵軍の中心である巨躯へと吸い込まれ。
「……………ブモ……?」
スコン……と。
しっかり刃先から着弾した一撃は、いとも簡単に外皮に弾かれ。
そのまま、硬質な音と共に地面へと墜ちる。
「ふふふ……。私の本当の実力がバレてしまったみたいだね」
「弱すぎるって?」
「格好良く言わないでください」
「流石、無職さん」
「刺さりもしなかったの、初めて見たな」
酷いね、皆。
私を笑い者にしているんだ。
敵が戸惑い。
仲間が威嚇。
そんな膠着状態の隙に。
私は、丁度傍にいたナナミにハグする。
「―――るるるっ――ルミねぇ!?」
「よよよよ。今日は私が慰めてもらう日さ」
「―――きたァ! 私の時代だぁ!!」
「むむむむ……!」
「幼馴染って羨ましすぎるぅ!!」
「そもそも男は無理じゃない?」
「だな。どうしてもっていうのなら、切りにオランダ飛べ。今の時代、性差別なんて皆無だからな」
「流石に遠くね?」
「なら、女の子キャラでネトゲ配信するのはどう?」
「昔流行った、ばびにくって奴か?」
「ランダムアバターでやってるこの世界も、ほぼ同じようなもんだよな」
流石に余裕だね、皆。
それは、この場を余力持って切り抜けられる自負。
強者ゆえの確信だ。
ならば、ならば。
私が、少し遊ぶくらいは大丈夫かな。
「うん。なら、此処は私に任せてもらおうか」
「「え……?」」
「ルミねぇ。お得意の、足引っ掛けて滑らせるのは難しいぞ?」
「そそ。確かにここの床は滑るけど――」
「――あの蹄。牛さんは、あの蹄が滑りを大きく軽減できるように進化しているんだね?」
「そのとーり」
自由度の高いゲームだ。
やろうとする者くらい、沢山いるだろうし。
遊び心のある彼等なら、既に試したこともあるのかもしれない。
でも、冒険に必要なアイテムで所持品を埋めている彼等と。
道楽PLな私の所持品とでは、格が違うからね。
「――そう、格の違い。それを、君たちに思い知らせてあげるとも」
「「……………」」
「言ってて悲しくならないか?」
「全部自虐じゃん」
「ルミ姉さん? 次は私の胸にどうぞ」
はいはい、後でね。
所持品検索――絨毯(廉価品)……!!
人ひとり包まれる粗悪な布。
簡素な紋様の布を取り出し。
私は、牛さんへ向けて構える。
これは、領主館の絨毯に大きな衝撃を受けて、下宿先のインテリアに欲しいと思って買ったやつなんだけど。
ここで使うとはね。
「さぁ。私が闘牛士さんだよ」
「モモモモモモ……!」
闘牛に使うのは赤い布が有名だけど。
牛さんは、色を識別して興奮している訳じゃなくて、布の動きで気を高ぶらせるわけだから。
この蒼の服でも充分さ。
闘牛士(無職)となる為。
私は、ドレスを脱ぎ捨て。
威嚇もそうだけど。
皆が殺気を解いているから、全力で疾駆してくる牛さんは、すぐそこだ。
「―――見っ―――みえ―――ない!! そう言えば下も装備だった!」
「ねぇ、優斗」
「切って良いぞ、航。今すぐ女にしてやれ」
「拳闘士の場合、潰せじゃない?」
「最低な会話です」
まず、服はそのまま投的。
「モ―――? モモモ――――――」
ふわふわドレスが。
一直線巨大ウシさんの視界を塞ぎ……。
後は、もうひと手間。
「ほれ、ツルン」
「―――モ"ッ!?」
下からスライドさせた絨毯は。
くるくると滑り抜き。
何回転もしたそれを思い切り踏みしめた魔物の脚は、蹄の力でピッタリと布上に固定され。
脇へズレた私とすれ違い。
氷上を、華麗に滑っていく。
皿の上の回転寿司のように。
邪道とされるステーキ寿司のように。
くるくると優雅に回転しながら、ドレスをたなびかせながら、主役は自分だと滑っていく。
突撃自体が途轍もない勢いだった故。
重さもあり、そのまま加速……加速。
「モ"モ"ッ!?」
「ウぁ―――ぁぁァァ……!!」
「ァァァ……!?」
対角線上で、今に私へ襲い掛かろうとしていたゾンさん達をボウリングのように吹き飛ばし。
意味の分からぬまま直進。
そのまま、氷晶の壁へ激突。
「……………モモ………モ」
……………。
……………。
起き上がらないのは。
気絶の状態異常かな。
それが面白いのか。
アトミックちゃんが、牛さんの真上をグルグル旋回していて。
これで、綺麗に片付いた。
「ふふっ。よいではないか、よいではないか―――ってね?」
「「……あーれー」」
「見事、でもアリだな」




