幕間:暗黒圏タルタロス
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―――魔族領域。
人界を超え、薄明を拓き。
やがては数多のプレイヤーたちが到るであろう、最後の領域。
その地平に存在する唯一の国こそ。
冥国タルタロス。
二種存在する創世の神々。
天上の神々と対を成す、地底神の一柱が建国せし魔族国家。
未だ人間種が影すら踏めぬ理由は。
この国家周辺の生態系が、異常とも言える程の進化を遂げている故。
特に、王都周辺ともなると。
周辺難度はAという規格外。
彼等魔族が襲われないのは。
種族由来の特性――魔物を操ることが出来るという点のみに尽き。
もしもその力さえなければ。
決して、生存は不可能であっただろう。
だが、民は信じている。
例えその力を失おうと。
彼の者たちがいるならば。
決して、この国家が脅かされることは無いだろうと。
「―――貴様等。まずは先の戦、ご苦労だった。魔王陛下に代わり、我が言葉を贈ろう」
座に掛ける人物。
軍服を纏った男。
黒色の髪に紅い瞳。
蝋のように青白い肌を持つ青年が、尊大に言葉を放つ。
彼こそ、冥国タルタロス――最高幹部ジュデッカ。
彼の言葉は、眼前に首を垂れる四人の騎士へと投げられたもの。
「贈る」という言葉通り。
男は、確かに賞賛を示しており。
「「勿体なきお言葉にて」」
一騎当千の将軍。
四人の暗黒騎士は、再び深々と頭を下げる。
先の前哨――否、大戦。
人界を叩き潰した戦争。
四方へと散り散りに、彼等魔族は多くの魔物を操り、空より侵攻。
四騎は各々が比類なき働きを見せ。
人界の重要都市を蹂躙した。
あまりに一方的な戦いは、人界三国へと魔族の脅威を再認識させ。
……それと同時に。
彼等の力も、認識させた。
およそ不条理な速度で成長し。
死しても蘇る故に、まるで死を恐れぬ異訪の者たち。
一度死ねばそこまで。
どれだけの努力を重ねたとて。
一朝一夕では決して豪傑へと到れない只人たちからすれば、それは恐怖でしかなく。
快く思わない者は、未だ多く。
だが――それさえも、使い様。
三界……各国は既に。
【異訪者】という存在を戦力として取り入れる方針を固めており。
それは、当然。
このタルタロスもが同様である。
「――時に、バディスよ」
「……は」
「どうであった。その五体を、存分に扱った気分は。其方は天才――得た力を、未だ十全と活用こそできてはおらぬが。それでも、三騎士に準ずる力を引き出している」
四騎士の中で最も若く。
そして、唯一の要素を持ちうる存在。
暗黒騎士バディス・クォ。
古代都市へと侵攻していた騎士へ。
軍部を統べる大魔族は問いかける。
そう、まだ。
まだ、不足。
確かに、バディスは強い。
最も強いと称された異訪者と互角以上――終始圧倒していた程に。
―――だが……しかし。
アリギエリ・スム
ガラティア・コギト
エルゴ・ラース
未だ、共に控える者たち程の怪物ではなく。
だからこそ、最前線であり、最も強力な異訪者たちが集うとされた戦線へと送られていた。
その成長速度の高さは。
この騎士のみが持つ特権の影響と合わさり、無二と昇華された。
元より。
半魔種として生まれ落ちた異訪者たちは。
それだけで、人界側の異訪者よりも強く。
故に、魔族領域に秘められたそれ等は多くない。
……で、あるが。
その数少ない一つこそが、この暗黒騎士が持つモノ。
その設計コンセプトは。
単騎にして――最強。
後方支援や小細工等。
策謀など、一切捨て。
正面から堂々と、全てを剣一本で破壊するという極地の一つだ。
「喰らうがいい。敵を――存分に。異訪者たる其方であれば、喰らえば喰らう程に強大となる。いずれは、このジュデッカも呑み込むほどに……な」
「「……………!!」」
その言葉に。
バディスを含めた四騎は驚愕を見せまいと首を垂れる。
この魔族を始めとし。
冥国を統べる者たち。
名を、四祖魔公
最高幹部と呼ばれる彼等だが。
それ即ち、最強の魔族を指す言葉―――では――ない。
政治を司る者――独立宰相
武門を司る者――軍部元帥
領土間を司る者――通商統主
研究を司る者――魔法省長官
以上、四名の魔族。
中には、戦闘能力そのものを持たぬ者もおり。
頭脳、口先、政治手腕――あくまで、自身の長所をもってのし上がってきた者たちに他ならない。
故に、その中でも。
己が五体、武器一つでのし上がった者。
目の前に座す男――軍部元帥こそが。
冥国最強の武人にして、最強の剣だ。
しかし、その彼をして。
自身を超えると評したのは。
驚愕以外の何ものでもなく。
その実力を知る故に、異訪者の部隊を指揮する暗黒騎士へ、他の者は視線を送る。
「……………っ」
が、当の騎士は沈黙を貫き。
戸惑いを覚えているようで。
「まだ、分からぬか。――うむ、それも良い」
笑みを深めた元帥は、頷く。
「報告は、終いのようだが。――他に。発言がある者は、居るか」
……………。
……………。
「―――閣下。発言をお許し頂けますか」
「許す。申してみよ、アリギエリ」
口を開いたのは、巨漢の騎士。
巌、岩峰を思わせる彼は。
実直な性格であることが伺える態度と違わず、単刀直入にそれを口にする。
「今宵、我らが集まったのは――どのような任の御話でしょうか」
先程、騎士達は主より賛辞を受けたが。
既に、先の戦からは期間が空いている。
元帥の賞賛は真実だが。
果たして、その為だけに将軍たちを一堂に会させたのかと考えると、疑問が残るのは当然で。
「うむ、よくぞ聞いたな」
「「……………」」
「貴様らが知っている通り。人魔大戦より、数十の時が流れた。未だ冷めやらぬ者も居るだろう」
「――くくくッ……えぇ。……白刃のアルバウス」
「戦鎚、タウラス」
「……刀狼……天弓……魔砲カンケール」
「……………?」
「然り。我らとも対等に渡り合うに足る、素晴らしき好敵手」
嘗て勃発した、魔族と人間種の大戦争。
参戦したのは。
疑問符を浮かべるバディスを除く三者。
当時、既に将軍位に就いていた三騎士。
それに対して。
人界側より十二聖天。
重ねて、光の三御子。
人界三国は総力を挙げ、国家の隔たりなく協力していた……筈だったが。
「――しかし。人間種の寿命は短く、不毛な内乱は絶えぬ」
「「……………ッ」」
「最早、当時を知る12聖も、半数とおらぬだろう」
「魔王陛下は、憂いておられる。現在の人界は、烏合も同然と」
「魔王陛下は、求めている。新たな好敵手を」
「魔王陛下は、熱き焔を、所望しておられる」
「―――人界は……衰退した」
「「……………」」
「なればこそ、その尾に再び焔を灯す。振り払い、消す事が出来れば良し。出来ねば、亡ぶのみ。もとより、滅びを与えるが我らの役目よ」
「手始めに、忌まわしき光らの僕」
「既に、アレは夜の傀儡が如きものであると聞くが」
「―――天上の神々が本拠……。皇国を、我ら魔族の領土とすることが決定した」




