第4幕:馬鹿弟子、馬鹿師匠
此処が、ハクロちゃんの部屋。
凄く、良い雰囲気じゃないか。
やって来たのは城内の一室。
比べちゃいけないけど、私の下宿先とはえらい違いで。
「ここ、座る」
「――うん。有り難うね」
勧められるまま、椅子に腰かけて。
彼女自身は、ふかふかベッドに腰かけるけど。
本当に、良い所で。
部屋は充分広いし。
照明の光は優しく。
この椅子だって、随分としっかりした銘木を使っているよ。
小物こそやや少なめだとは思うけど、その分、元々の家具が充分に目を惹いているし……。
何よりも――この絨毯だよ……!
この都市は、恐らくローマがモデルだと思うけど。
古代ローマ帝国と言えば。
嘗ては、東西の栄華を一身に享受した地上の楽園。
そんなローマ人さんの一人。
カエサルさんを思い出すよ。
「ブルータス、お前もか」で有名なあの人。
彼に対して、古代エジプトの女王であったクレオパトラが、己を絨毯で包んで贈り物としたのは有名な伝説。
あくまで、偽装目的の使用。
身を隠して動く為ではあったけど。
カモフラージュとはいえ、粗悪な絨毯を相手方への贈り物には出来ないから、やはり逸品。
現代でも、高級絨毯はあって。
高い物などは。
数千万もざら。
そんな調度品が、他に幾つも。
山と、この部屋を彩っている。
東方、西方……様々な地域から多くの技術が流入した地上の楽園。
そう、城内の一室。
―――傍若な盗賊さん達が羨ましがりそうだ。
「―――じゅうたん――くるむのか?」
「諸説あってね。寝袋とも言われてるんだ。でも、間違いなく、これは素晴らしく価値がある絨毯だと思うよ」
「んんん……?」
「私のお小遣いじゃ、とてもとても」
自室のインテリアの参考には出来ないよ。
なんて、考えていると。
部屋の外に誰かいるね。
二回――空室確認。
控えめで、慣れた具合のノックが聞こえて。
「……………んん?」
部屋の主である筈の彼女が、反応を返す事もないので。
そのまま、ゆっくりと扉が開き。
「失礼します――あら……? お帰りでしたか、ハクロ様」
「―――ん」
「……あの。……お隣の方は?」
「友達」
「左様でしたか」
「ん」
「「……………」」
会話、続かな過ぎ……?
ハクロちゃんの性格的に仕方ないのかな。
困ったような侍従さんへと。
私は、しっかりと頭を下げ。
「初めまして。ハクロちゃんの紹介で参りました、ルミエールです」
「――異訪者の方ですね?」
「はい」
こういう人達には。
丁寧な対応が良い。
何よりも、私は部外者だし。
信頼してくれているハクロちゃんの顔を潰さないためには、当然だよね。
「宜しくお願い致します、ルミエール様。――ハクロ様? アルバウス様が、ずっとお探しになっておりましたよ?」
「………ん」
侍従さんの言葉を受けて。
目を逸らすハクロちゃん。
これは、アレだ。
お城を抜け出して遊びに行く少女のストーリーだ。
……………。
……………。
咎められる少女。
そして侍従さん。
双方の視線は、いつしか私へと移っていて。
「ルミ、助け――」
「ルミエール様」
「はい……?」
「申し訳ないのですが、ハクロ様が安心できるよう、目的地へご同行しては頂けませんか?」
どちらも困り顔で。
これには、私自身も困ってしまうね。
友達を助けてはあげたいけど。
侍従さんも、侍従さんで。
まるで、子供を心配する親の顔。
間違いなくハクロちゃんを心配しているようだし……無碍には出来ない。
これは、アレだ。
私も一緒に行って、悪い事ならゴメンなさいだ。
「分かりました。では、今から向かう事にしましょう」
「……行くのか……?」
「行きたくない?」
「……ルミが行くなら、行く」
「―――まぁ……!まぁまぁ……!」
侍従さんは。
何故か、私とハクロちゃんとで視線を彷徨わせ。
感激したように、両手で口元を抑える。
「では。私は、その間に室内のお掃除を済ませておきますね?」
「……むむむっ」
「お・そ・う・じ――しますね」
「――ん……ん。お願い」
何と、あのハクロちゃんが。
マイペースな彼女が気圧されている。
流石に、城内勤務で。
やり手の侍従さんだ。
有無を言わさず。
追い出す気だね。
でも、こちらも時間がアレだし。
挨拶だけ済ませて、ログアウトするべきだろう。
私達は、そのまま部屋を出て。
どうやら、下の階へと向かうみたいだ。
「―――じゃあ、ハクロちゃん。案内宜しく出来るかな?」
「分かった……けど」
けど……?
「ルミ。何か、さっき迄と全然違う」
……侍従さんとの会話の話だろうね。
「そう見えるかい?」
「全然違うぞ。別人だ」
まぁ、そうかもしれないね。
だけど、何も変わらないよ。
「――猫を被る――っていうのは違うかな。コレも、私なんだから」
「……ねこ?」
「好きかい?」
「動物は、皆好きだ……けど」
「ゲームでは、余り仲良くなれない」
……………。
……………。
まぁ、大抵はモンスターさんだし。
無理ないだろうね。
話しながらも。
広い回廊をゆっくりと歩いていく。
でも、屋外とは違い。
彼女の武器は、壁にぶつかりそうで危なっかしいね。
「今更だけど、ハクロちゃんの武器は凄い大きな剣だよね?」
「ん、むじゅんだ」
「……矛盾?」
「むじゅん」
それは――アレかな……?
何でも切れるから、取り敢えずとかで名付けた感じの……おっと。
隣を歩いていた少女が立ち止まり。
私は、やや彼女よりも踏み出して。
どうやら、目的地らしく。
耳に入ってくるのは、硬質な金属音と、風を切る音。
重厚な鎧を纏い。
一糸乱れぬ連携。
フォディーナにも兵隊さんはいたけど。
リートゥスのレイドで海賊な騎士さん達も見たけど。
やっぱり、此処まで騎士然とした人たちを見るのは初めてかもしれないね。
「―――騎士さん。中庭で戦闘訓練かな?」
「いつものだ」
「……じゃあ。もしかして、ハクロちゃんも?」
「ううん。ハクロは――」
「―――うむ、そこ迄ッ! 各々、気を抜かずに休めい!」
「「はッ!!」」
突然、行われていた訓練が休止される。
要因は、どうやら私達らしく。
彼等騎士に檄を飛ばしていた存在が、こちらへと歩いてくる。
仙人のような顎髭。
私と同じ蒼の瞳で。
二メートルにも達するような長身。
もう老境――80代にすら見える老人の筈なのに、その人物の腰は鉄の棒もかくやの直線。
彼は、ゆっくり視線を向け。
私達――ハクロちゃんへ向けて口を開いた。
「戻ったか、馬鹿弟子が」
「ん。戻った、馬鹿ししょう」
―――第一声罵倒合戦……!
余程親しい仲なのかな。
それに「弟子」なんて。
「突然姿を消すのは、異訪者ゆえ仕方なし。じゃが、今回はやや異なるようじゃな」
老騎士は、彼女から視線を外し。
今度は、私へと目を向ける。
「この女子は?」
「友達」
「……なに……? ハクロが……?」
やっぱり意外なんだ。
ハクロちゃんは可愛いし、強いけど。
あまり、自分から友達を作りに歩くタイプじゃなさそうだからね。
「――其方も、異訪者であるか」
「はい、ルミエールと申します」
高貴なかつ上品な雰囲気。
同時に、厳粛なオーラで。
古風な老人には、しっかりとした挨拶をするのが良いと。
私は、丁寧に腰を折って礼を取る。
厳しく仕込まれたから。
昔から、礼は上手でね。
私の挨拶を受けた老人は、満足そうに頷く。
「こ奴が連れて来た――ソレも異訪者。……しかし、礼儀を知る女子じゃな」
「恐縮です」
先程の険しい顔ではなく。
とても柔らかな雰囲気だ。
歳を重ねても、凄く真面目な人と言った印象は。
母方の祖母に近いかもしれない。
私が分析していると。
彼もまた、胸に片手を当てて、浅く腰を折る。
「自己紹介が遅れたの。儂の名は、アルバウス・ピスケス。領主にお仕えする月光騎士団の指南役じゃ」




