プロローグ:小さなお客さん
―――むむ?
……むむむ。
これは、ちょっと難しいね。
「やっぱり、上手い具合に曲がらない?」
この電子世界は、とても自由度が高い。
火に風を送れば燃え上がるし。
食器を落とせば砕ける。
その辺の草や石がアイテム化できるし、本を破く事も出来る。
破ったページだって。
勿論アイテム扱いで。
処置を行えば、親にバレずに復元する夢の行為だって、出来る。
……でも。
やはり、現実と多少差異はあって。
―――精密な作業がやり辛いんだ。
例えば、手品。
特にスプーン曲げとか。
技術が必要になるもの。
力で曲げようとすれば簡単だ。
筋力を上げて思い切り捻るだけで曲がる。
でも、力点や支点といったものを活用した、手品師が行う一般的な芸が出来ない。
これは、どうすべきなのかな。
何とかして方法を探さないと。
「その辺は……うん。何とかしたいよね?」
「おう、そう――じゃねえよ!」
「んう? 居たのかい、店主君」
「今しがたな。やるのは良いんだが、うちのフォークを曲げないでくれますかねぇ? 下宿さん」
「あぁ、それは最もだ。ゴメンね?」
怒られちゃった。
それは当然の苦言だし、反省しよう。
……次からは、買ってきたものでね。
日常生活に必要な雑貨や、スプーンやフォークなどのカトラリー類。効果のないアイテムは安価なのが常だから、費用も掛からないし。
手持ちを確認しながら。
今からでも買いに行こうかな――なんて、思っていると。
コンコンリリリンドンジャラポン。
チャイム―――呼び鈴?
それとも、只のノック?
いつも通り、不思議な音の響くドアで。
今更すぎて考えもしなかったけど、魔法の木材でも使ってるのかな。
「あーい、今行きますよぉー」
一階に響いた音色に。
作業をしていた店の主が反応し、愛想よく? 返事をして入り口のドアへと向かう。
人の良い笑みを作っているんだろうけど、もしも小さな子供だったら泣きだしちゃうかもね。
……………。
……………。
それにしても……だ。
この黒鉄商店というお店は、営業時でも閑古鳥。
なのに、閉店時にお客さんが来る。
これは……アレかな。
明日がサービス終了とか、宇宙人MOBの襲来でもあるんじゃないかな。
椅子に揺られながら。
世界を憂いていると。
戻ってきた店主君は。
私を手招きして、不思議そうな顔で口を開く。
「ルミエ、お客さんだぞ」
「私に……?」
そして、私の注意は扉へ向くことになる。
私にお客さんだなんて。
それはまた、珍しいね。
基本的に待ち合わせしたり、メールでやり取りしてから集まるから。
何の予約もないサプライズ訪問は初めてだ。
それに、何時もの面子ならば。
わざわざ店主君が呼び出す必要もないし。
ノック必要ないし?
誰かは知らないけど、ともかくだ。
待たせるわけにはいかないと、私は玄関へ歩いて行き。
「はい、はい。私が無職さんだよ――棒?」
「見つけた」
「……おや?」
扉を開き、視線を前へ。
そして、目が合う……?
いや、とんでもない。
私の目の前には、棒――剣の柄のようなものが映って。
棒が喋って……る?
いや、違う。
これは、ただ目線が悪いだけで。
「見つけた、ルミ」
「――これは、ハクロちゃんじゃないか。久しぶりだね」
目線を、やや下へと向ける。
すると、丁度彼女の赤い瞳と視線が合う。
PLである少女。
その特徴的な容姿を忘れる筈もなく。
可愛らしい半眼の瞳。
珍しい銀色の髪。
身の丈程もある大剣を背負い、低い身長でこちらを見上げるさまなんて、実に庇護欲をそそるじゃないか。
それに、親友によく似ていて。
とても親近感が湧くんだよね。
「クロニクル以来だね。元気だったかい?」
「ん」
―――いや、やっぱり。
似ているのは顔だけで。
性格が全く似てないね。
これが、もしトワだったら。
今にもズカズカ上がり込んで、間取りを聞きながら階段を上がり、私の部屋のベッドに飛び込むだろうし。
それ以前に。
私の知っている誰ともその所作が重ならず。
まず間違いなく、現実での知り合いでないことは確かで。
何か要件ありかな?
「あの時は、またねも言えなくてすまなかったね」
「んん」
「今日はどうかしたのかい?」
「友達だから、来た」
「ほう。じゃあ、当然だよね。いらっしゃい。――さぁ、上がって」
「ん」
友達なら仕方ないさ。
私も、彼女を友達だと思っているし。
何なら、一緒に戦ったのだから、戦友と評しても良いよ。
彼女に敷居を跨がせて。
室内へと入れた瞬間に。
―――ドアをパタン。
「さて……ハクロちゃん」
「なんだ?」
こんなにもアッサリと。
彼女は実に無防備だね。
「君は、ここがどういう場所か知っているのかな?」
「……お店?」
「そう、その通り」
「……………?」
「知らないお店に上がり込んだんだ。まさか、タダで帰れるなんて思ってないよね」
「?」
ああ、これは。
帰れると思っている顔だ。
いけないね。
それは、いけない。
こんな小さな女の子が。
たった一人で、こんな所に来て。
何もなしに帰れるだなんて――なんて、なんて甘いんだろう。
「美味しい果物があるんだけど――ピート食べる?」
「食べる」
なんてったって。
ココは、果物屋……兼、食料品店なんだからね。
◇
「どうだい? 美味しいだろう」
「うまー、あまー」
くくくっ――布教、完了。
すっかり果実が気に入った様子の少女……を、何故か膝の上に乗せ。
世間話をしつつ。
興味もあったし。
今まで、どうしてたとか。
どうやって私が住んでいる場所が分かったとか。
ここに行きつくまでの事を聞くけど。
「――新聞、読んだ。それで」
「……驚いたね」
探して見つかるのもそうだけど。
驚くべきは、彼女の執念による捜索力。
新聞って言うのは。
【O&T】の発行しているアレで。
私も多少載っていたから、それを手掛かりにして……ねぇ。
「本当に、凄いよ。苦労しただろう?」
「……ん」
「じゃあ。次からはもっと簡単にしよう。何時でも連絡できるように。まずはフレンド登録だね?」
「ん」
こんなに頑張ったんだから。
ご褒美はあって然るべきだよね。
私がパネルを操作して。
ハクロちゃんへ共有し。
晴れて、私たちはフレンドに。
「―――さっきから、何やってるんだ?」
なったんだけど。
当の彼女は、別の事に興味があるようで。
私の手に握られている銀のカトラリーに目が行っている。
「これは、フォークを使ったスプーン曲げだけど」
「んん?」
「コレを、上手く曲げるんだ」
「おぉー」
ハクロちゃんは、万歳で感心してくれるけど。
残念な事に、私はまだ完璧に出来るわけではないんだ。
未完成をお披露目は出来ないし。
体よく誤魔化しておかないとね。
「で、何とかして曲げようとしているんだけど、中々上手くいかなくてねぇ」
「……ルミは、筋力凄いのか?」
「いいや、全く」
「なのに、曲げるのか?」
「何でも、テクニックさ。ハクロちゃんだって、得意な分野はあるだろう?」
「……ん。ハクロは、しゅんびん特化だ」
「ほう、ほう」
「ルミは?」
「ダラダラ特化だね」
何を隠そう。
私は無職さんだから。
「それで、今日もダラダラ――と行きたいところだったんだけど。実は、買い物ついでにお出かけしようと思ってたんだ」
「おでかけ」
「前回、碌に観光も出来なかったからね」
そう、今の私は燃えている。
アベンジャーさんなんだよ。
―――いざ、学術都市クリストファー。




