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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第四章:アクティブ編

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追憶(2):世界の色を教えた少女




 淡い茶色寄りのセーラー服。

 自身よりも遥かに高い身長。


 中学生だろうか。


 唐突に声を掛けてきた少女は。

 何時の間にか。

 隣へと腰かけ。


 感情を感じさせない瞳で、俺の顔を覗き込んでいて。



(――というか、日本人か……?)



 思ったのは、ソレ。

 確かに堪能な言葉だけど――髪は金色だし、覗く瞳も蒼で。 


 それが一般的でないことは、分かる。



「「……………」」


 

 ……………。


 ……………。



「――あの。何か付いてます?」

「ああ、ゴメンね。つい、気になって声を掛けちゃったんだ」

「……気になる」

「うん。ちょっと、君から厨二びょ……昔の友達と同じ感じがしてね」



 友達、か。

 俺と同じタイプの奴がいるのなら。

 この人は、苦労したかもしれない。


 いや、あり得ない事だ。


 俺みたいな不適合者がそう居るとも思えない。

 こんな事で悩んでいる阿呆がいるとは思えない。

 

 ……というか。

 「ちゅうにびょ」って何だ?



「君、名前は?」

「……知らない人と気軽に話すなって――」

「私はルミ」



 聞いて?



 完全に向こうのペース。

 俺は、単調で勢いもない筈の言葉に飲まれてばかりで。



「……優斗……です」

「良い名前だね。今は、親御さんを待っているのかな」

「……はい」

「なら、丁度良い。少し、世間話に付き合ってくれないかな。私が話すでも、君が話すでも」



 言葉では何気ないという風だが。

 先程の彼女の台詞から考えて、明らかにこちらを心配してくれているのだろう。


 誰かと話せば。


 気が軽くなる。


 ソレは、よく聞く謳い文句で。


 期待なんか、していなかった。


 でも。

 今までこんな風な出会いを経験したことは無くて。

 悩みがあるなんて、察せられたことも無くて。


 本当に気が軽くなるのか……。

 それを自分自身が知りたかったから、俺はゆっくりと彼女の話に耳を傾ける。



 そして、何時の間にか。



 ―――それが俺の日課になっていた。



 同じ時間にただ座っていると。


 彼女は、同じ姿でやってきて。


 今日あったこと。

 逆に彼女の日常。


 ハトの種類。

 餌の調合、飼育方法、交配の……ん?

 いや、ここら辺はどうでも良いな。


 とにかく。

 とにかく、色々な事を話した。


 その時間だけ、進みが早かったから。


 その時間は、退屈じゃなかったから。




   ◇




「――ふむ、ふむ。大人にも手を焼かれていると、ね」

「……うん」

「それは、また」

「……………」



 そんな日々が延々と続いたある日。


 何の気もなしに、何故か。

 俺は、気が付けば今まで抱えていた物を全て吐露していた。


 他愛もない日常の話じゃなく。

 

 ずっと感じていた孤独、退屈。

 「誰か」の表情に見える本音。

 分かってしまう故にしょうがないで済ませ、異常であると理解してるがゆえに誰にも話せず。


 ずっとずっと抱えていたモノを。


 何度も詰まりながらも、全部話した。



 この人だったら。


 この女性ならば。


 もしかしたら、理解してくれるかも。

 受け入れてくれるかも、なんて。


 酷く甘い事を考えていたから。



「……………ッ」



 でも、やはり。


 次の瞬間には。

 





 ―――俺は、失望していたんだ。






 俺だって、ただ世間話を聞いていたわけじゃなくて。

 彼女という存在を測ろうとしていたから。


 何度も話して。


 関わるうちに。


 彼女の考える事も分かる気がして。

 朧気ながらに、次の言葉を予測する事が出来るようになっていたから。


 だから、分かってしまった。


 蒼い瞳に浮かんだカタチは。


 それは。

 大人が、子供を諭すときのモノ。


 悪いことをした幼子を。

 正論で嗜める時のもの。

 優しい表情をしながらも、「悪いことは悪い」と……「これが正しい」と教え聞かせるときの、あの表情が浮かんでいた。


 結局、この女性もそうなんだと。

 非はこちらの考え方にあると、断じたのだと。


 何時ものように。


 そう理解できて。 



「よく、分かったよ。君はどうすれば良いのか分からない。でも、皆は君に言う通り動いてほしい」



「なら、答えは簡単だよ」



「ただ、心を―――」



 そら、来た。


 「心を入れ替えて」……だろ?



 それが出来ないから、俺はこうして―――




「心を無にして聞き流そう。おー」




 ……………。



 ……………?



「え?」

「え?」



 ……………。



 ……………。



 いや、ちょっと待ってくれ。

 ちょっと理解が追い付くのに、時間が……は?



「―――それは……どういう事?」

「んう? おかしなことを言ってしまったかな」



 出たよ。

 彼女が疑問を覚えた時の、特徴的な癖。


 だが、いま重要なのはそれじゃなく。

 彼女が導き出した、意味の分からない言葉についてだった。



「心を……無――どうして、そうなるの?」

「……………? だって、君は分かってるんだろう?」


「……それ、は………」


「君は、分かってる。ちゃんと、自分なりに正しく答えを導き出している。なのに聞かなきゃいけない道理なんて、ないさ。面倒くさいし? なにより――答えも、公式も分かっているのに、解き方を尋ねる子供はいないだろう?」

 


「だから。そのままで良いんだよ、ユウトくん。君は、自分に合った答えを識っているんだから」

「………そんな訳」



 じゃあ。


 何で、俺は悩んでるんだ。

 何で、今まで……いままで、何のために。


 ルミさんは。


 まだ続ける。



「今までのことだって、勿論全部聞いていたよ? 虐めるのを楽しまず。常に相手の考えを察してあげられて。互いの関係が拗れないように、程々に付き合う……か」



 納得したように。


 感心したように。


 優しくこちらを照らす、蒼い瞳。



「――うん。君は、とっても立派だよ。優しくて、他人の心を(おもんばか)れて――何より、争いを好まない」

「……詭弁(きべん)だ」

「おや、難しい言葉を知ってるんだね」



 それは、違う。

 ただ、理解できないだけなんだ。


 結果的にそうだというだけで。



 俺は……ただ―――



「何度でも言うさ。君は、優しい子だよ。臆病なんかじゃない、おかしくなんてない。ただ、ちょっと人よりも逞しくなるのが早かっただけ」

「……………」

「本当に、それだけ。それだけさ」



 ……………。



 ……………。



「……本当に……ルミさんってさ」



 分かってはいたんだ。


 薄々分かってはいた。


 この人は酷い――ひどいイカサマ師だ。


 簡単に相手の心に潜り込んで。

 言葉一つで、こんなにも心を引っ掻き回して。



 ほんとうに。



 ほんとうに……。

 


「困ったな。泣いてしまうとは思わなかったんだ。ゴメンね?」

「……いや」

「待ってて。いま、私のハンカチ……は、サクヤに持ってかれてた。ティッシュ……は、トワに盗まれてた。……ええ…と……私の服で良ければ」


「……い…や、別に―――」



 俺の答えなんか待たず。


 突如、暗転した視界。


 ふわりと。

 包み込まれる身体。


 中学生と幼児の対格差ではどうも出来ず。

 そのまま、温もりに抱きしめられる形で。



「男の子は、泣く所を人に見せないんだよね?」

「それは――」

「じゃあ、暫くこのままでいようか。これなら恥ずかしくないだろうし」

「………もう、それで良いよ」



 話聞かないし。

 

 更に、恥ずかしいことになっている。

 イカサマ師なだけじゃなくて、本当にズルい人だ。



 でも……それでも。


 今は――今だけは。


 このまま騙されても……騙されたままでも良いと思った。

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