第28幕:綱は再び海の底
幾本もの櫂が泳ぎ、戦艦と言うべき船が天空を駆け。
魔術、飛び道具が無数に放たれる。
地上ではスイカが跳ね。
PL達が武器を手に割る。
……そんな大混乱の中で。
新たに加わった大規模な援軍を指揮するマリアさんが、私へと振り返り。
「どうですか? ルミエールさん。あれ程離れた子達へも支援できますのよ!」
「凄いものだね。範囲強化だなんて」
「ギルメンではありませんから本当は対象外なのですけど、特別ですわ」
彼女が知り合いでもないユウトたちへ支援してくれたのは、とても嬉しいよ。
私が頼んだわけじゃなくて。
さっき親し気に話してたから。
友人だと気付いたらしいんだ。
―――マリアさん、とても優しい人だよね。
御嬢様きゃらくたーだからかな?
傍には、強そうなPLが。
護衛さんが二人控えて。
昔は悪役令嬢というのが流行ったって聞いたね。
やっぱり、マリアさんのロールプレイはそれに寄せているみたいで。
「ところで、さっきの歌は?」
聞いていると安心する歌。
力が湧いてくるような曲。
私、凄く気に入ったんだけど。
アレがあってから、突然に戦況が変わったんだよね。
「ふふ、私のスキルですわ」
「……スキル」
「私は、特定の歌を紡ぐことで、範囲内の味方皆に強化を施せるのです!」
彼女の言葉で。
私は、最前線で戦う仲間たちの動きを見るけど。
あぁ……確かにあれは。
「普段に増して良い動きだね、皆」
「ふふふっ、そうでしょう。存分に感謝して私のモノに―――ぇ、強くないです? 貴方のお友達」
砕き、貫き、切り裂く。
動きは、並という言葉では言い表せず――しかも、最前線。
大勢の中に在っても。
五人は目立っている。
その主な要因はスイカに対して発生する大爆撃なんだけど。
それで引き寄せられた目が、口を動かしながら楽しそうに舞う彼等に釘付けになる。
「あの子たちも3rdだからね。本人たちの戦闘センスも保証付きだよ?」
「ムムムム……っ!」
「どうかしたかい?」
「―――決めました。貴方共々、私のギルドに誘いますわ!」
「………んう?」
勧誘なんて受けてたっけ?
さっきは集中してたから。
もしかして、適当に返事しちゃってたのかな。
「そうです、それが良いですわ!」
「んん……?」
「貴方達全員、私の――」
「「ひゃっっっはぁぁぁぁッッ―――――ッ!!」」
私達、非戦闘組が話している間に。
爆撃舞う最前線へ乱入者が現れる。
今までも、断続的に加勢はあったけど。
今回は、その流入を過去にする程に強力な味方たちの来訪だ。
「―――――?」
「「――――――!!」」
……………。
……………。
聞こえないけど。
どうやら、五人と一緒に戦うらしいね。
戦闘大好きクラブな盗賊さん達は、背中を預け合い、スイカを狩り始めて。
「……何ですの、あの見るからに野蛮そうな……」
「さぁ、何だろうね」
レイド君達、帰って来てたんだ。
あんな緊急告知があれば当然か。
「でも。あの人数で、まだ駄目みたいだ。―――凄い耐久性だよ、あの石像さん」
雨霰と爆撃を受けているのに。
穿たれた岩肌が。
凄い速度で再生していって――新たな岩肌に。
苔も取れちゃってて。
新品になっていくね。
まるで、大掃除。
部品を交換してあげてるだけみたいな状況だ。
「――そうです、あれです。何ですの、アレは! ズルいですわ!!」
「御嬢様、落ち着いて」
「奴は、超速再生の権能持ちだと」
「ちょうそ……ズルいです! 凄くズルいです!」
凄くズルいみたいだ。
語彙がなくなる位に。
PLの私達だって回復は出来るけど。
相手が使うのは許せないってやつだね。
「――そう、倒せん。あの権能がある限り、奴を倒すことは永久に出来ない」
「「―――海洋伯――っ!?」」
「おや、領主様」
「……領主様?」
「うん、さっき会ったよね。彼がこの都市の領主、海洋伯様らしいよ?」
「……聞き逃してましたわ」
色々あったからね。
護衛さん達は知っているみたいだけど。
マリアさんは、私同様そういう知識は専門外みたいで。
領主という情報以上を知り得ないから。
単に、凄く強いとしか分からないんだ。
「無事だったようだな、君たち」
「先程は、どうも。でも、どうしてこちらへ? 先程の船は?」
「あの技は、遠隔操作が可能。そして、此処へ来たのは、君がこの戦場の要だと分析したからだ。異界の令嬢」
ご指名はマリアさんらしい。
彼女は報酬に期待できそうだね。
「では、本題から入るが――私が、楔の獣が持つ力を剥奪する」
「力、とは……権能を?」
「そんな事が」
「あぁ、出来る。だが、その間、奴は暴れる――大暴れする事だろう。狙われるは必定だ。故……」
「我らが露払いをする……と?」
「判断が早くて助かる」
私とマリアさんは疑問符だけど。
彼女の護衛さん達は、それが何のことだか理解できているみたいだね。
私達……正確には主を護るように。
二人の護衛さんは前へと移動して。
そして、海洋伯は。
手に持つサーベルを海へと掲げ。
「問おう、英雄の船よ。航海の中で穿たれ、抉れ――再生し。細部まで別物に変わり果てた貴様は、貴様と言えるのか」
海へと、問いかけるように。
細い言葉を紡いだ――瞬間。
「―――いやぁぁぁぁぁぁあ―――っ!!? 岩ッ、岩がッ!?」
「わぉ……凄い」
「本当に此方へ――ッ!!」
「えぇ。狙われていますねぇ……“終嵐の恵み”」
対照的な護衛さん達の反応。
マリアさんは言葉を失い。
迫る恐怖に頭を抱えて。
戦えない私が、どうしたモノかと首を傾げる中。
空から飛んでくる岩々を。
護衛さん二人で迎撃し始める。
「―――否。貴様は、最早ソレではない――」
3D映画でも見れないような、スペクタクル。
大岩が私達目掛けて幾つも飛んでくる光景。
そんなスリリングな状況でも。
守りを私達へ一任した領主様は、欠片も動揺を見せずに言葉を紡いで。
宣告が、下される。
巨大石像さんの色が。
薄暗く染まっていく。
まるで、力を失うかのように。
宿っていたモノが抜けていくように、光を失っていく。
相手方はそれが許せないというように。
都市へ向けられていた岩の雪崩が、降り注ぐ全てが、こちらへと向けられ始めて。
「――ひゃぁぁぁっ!? 二人共ぉぉ……! 来てます、来てますわっ!」
「「承知です」」
一方の気楽そうな男が巨大な水の弾丸を放ち。
もう一方の真面目そうな男が大盾での迎撃。
それは、素晴らしい連携で。
私も一緒に守られるのを有難く思いながら、海洋伯の技を思い出す。
「――あぁ……成程。だから、テセウスの船なんだね」
「ひぅぅ……どういう事で――ひゃぁ!? ルミエールさん」
哲学者プルタルコスさんが提唱した考えだよ。
ミノタウロスの討伐で有名な英雄テセウス。
彼が、航海で乗った船があるけど。
年代物であるその船。
朽ちた木が混じる船。
当然、壊れた箇所は新しい材料を嵌めて、埋めていく。
でも、それが繰り返され。
その部品全てが新しいものに置き換わった時――或いは、取り替えた古い部品を使ってもう一つ船を作った時。
新品の船と。
古ーい船と。
同じ名の伝説が二つ出来るわけだけど。
「―――果たして、本物はどちらなのか――新品となり替わった船は、本物と呼べるのか――ってね?」
「……それは……その」
そう、分からない。
本物とは、偽物とは何かというアイデンティティを問う問題。
だから、パラドックス。
証明できないなら、本物とも偽物とも定義できる。
「沈め伝説、英雄の船。錨を下ろす時は来た。海へ還れ、偽りの楔……!」
「――――オオォォォォォォォォッ―――――ッッ!!?」
力の剥奪も、出来る……と。
怨念と叫びを上げる石像。
それを見届けた海洋伯は、高らかにサーベルを掲げて。
「―――皆の者! ――畳みかけろぉ―――ッ!!」
「「おおぉぉぉぉぉ!!」」
そこからは、集中砲火。
瞬く間に攻撃が雨と降り注ぎ。
前衛も一転攻勢。
今が好機と、泳いで行く者までいて。
「―――――ァ……アァァ…………ァ」
繰り返される攻撃。
永遠に続く大攻勢。
再生の叶わない肉体が、砕けていく。
生み出されていた眷属たちが、力なく漂流し始める。
沈んでいく……沈んでいく……。
巨大な石像が、ゆっくりと。
しかし、確実に沈んでいく。
どうやら、大勢は決したみたいで。
戦場からは、次々にやり遂げたといった勝鬨が上がっていく。
「やったぁ!! やりましたわ!!」
「んむぅ……!」
そして、それはこちらも同じ。
喜びはしゃぐマリアさんに、きつーく抱き締められて。
苦しいけど苦しくない。
ゲームの中で窒息っていうのは、不思議な感覚だね。
「お……御嬢様―――ぐっ……かはぁっ!!」
「大丈夫です? フクダン」
「――は……はは……脳が……」
「あの人女らしいっすよ」
「―――ぇ? おんな?」
「えぇ。あっしも驚きましたけど、その件で、コンテスト会場阿鼻叫喚してましたし」
「……………ぇ………?」
うむ……やっぱり、苦しい。
直接体力が減っている気が。
「―――ま……りあ、さん……」
「何ですの? その気になりましたか!?」
その気じゃなくて。
気を失いそうだよ。
「……あ、息が……も、申し訳ありません」
「―――ふぅ、助かった」
「さぁ、ルミエールさん! 私のギルドに――」
「ゴメンね」
「即答ぉ!!」
そういうのも楽しそうだけど。
私は、ソロプレイが性に合っているし……何より、今回も守ってもらってばかりだし。
足手纏いになりそうだから。
早々に辞退させてもらうよ。
……で、今私がするべきなのは。
あちらも頑張ったであろう皆がご褒美を要求するだろうから、合流できればと……あれ。
戦場を見下ろし、気付く。
さっきは目立ってたのに。
ユウトたちの姿がないけど―――やられちゃったのかな……?




