第10幕:不定の神がおわすところ
エンヤコラ……エンヤコラ。
ヘイコラ――と。
ヘイコラ――と。
いい汗をかけるのは。
素晴らしい労働環境。
皆で楽しく、労働の喜びを……ははは。
「なんて――ね。この世界では、汗はかかないんだけど……と」
「「わっせ、わっせ」」
「……ふぅ。やはり、筋力不足だよ」
そもそも初期値の10だし。
貧弱この上ない体なんだ。
一旦休憩とピッケルを降ろして。
私は大きな穴ぼこへ屈み。
今まで掘り進んでいた砂や小岩を取り除きに掛かる。
これが電子情報なんて。
本当に信じられるかい?
まるで、労働そのモノ。
案外楽しいモノだけど。
それは、楽しんで出来る趣味人の話で。
楽しんでやる筈のストレス解消法までがコレだと、単純作業が苦手な者からは当然に不評と駄々捏ねが出てしまい。
「「つーかーれーたー!」」
「そこ、休むな」
「だって! よくもゲームの中でまでこんな労働を――っ!」
「こんなの――違憲だッ!」
「待遇向上を要求します!」
「……はは、エナさんまで。これ、採掘イベントだからね? 本当にそのまんまだったのは驚いたけど」
現実と何ら変わらない労働に。
愚痴をこぼすはナナミ、エナ、ショウタ君で。
対して、ユウトとワタル君。
二人は競うように黙々と掘っているみたいだ。
パーティーの筋力的には。
ワタル君とエナが。
高い筈なんだけど。
それとこれとは話が別で、【根性】の隠しステータス――本人のやる気が必要になってくる。
―――で、本題だ。
私達が参加しているのは。
イベントクエストの一つ。
名を【採掘天国】というもので。
鉱山都市の名に恥じぬ、採掘を楽しむだけの大規模クエスト。
武器や素材となる鉱石類。
そして、一獲千金の換金アイテムが沢山掘れるという、夢のようなボーナスイベントだね。
私個人としては。
かなり楽しいよ。
ギャンブル要素があって。
のめり込んでいくと、二重の意味で穴から抜け出せなくなりそうだけど。
「――すっきりしました。さぁ、七海。続けましょうか」
「えー……なじぇ?」
「ルミ姉さんは休憩でも作業してますし、ね?」
「……む…むむぅ」
「もしかしたら、褒めてもらえるかも」
言葉の次瞬には。
此方を向く視線。
勿論、良いとも。
真面目な子供にはご褒美が必要だからね。
「頑張ってね、二人共。ご褒美は弾むよ?」
「「頑張ります!!」」
「……無茶すんなよ?」
「優斗は黙っていてください」
「奪う気だね? ご褒美は私達のもんさ! 今に、迷宮の方までぶち抜いてやるんだからぁ――!!」
疑心暗鬼さん達はさて置いて。
そう、実はこの採掘場。
大迷宮のすぐ傍らしく。
魔物は出ないけど。
中々に特殊な地層が折り重なっていて。
アメリカのバーミリオン・クリフを思い出すような多層構造だけど、水色とか緑色が混ざった毒々しい色合いが楽しいよね。
有害物質的と言うか。
毒素がありそうでさ。
「もしかして、迷宮内部もこうなっているのかい?」
「えぇ、大体はこんな縞々です」
「調べた情報だと、プレゲトンの大迷宮は【不定の神】の跡だって言われてるらしいんです。この不思議な色合いの感じも、関係あるんですかね」
「ふていの神?」
「……浮気かよ」
「マジかよ、航最低だなぁ」
「――うん、そっちの意味じゃなくてね?」
どうやら、ナナミたちも。
その辺は詳しくないんだ。
ワタル君は「前にも説明したのに」とため息を吐くと。
しょうがないと言うように、しかしどこか嬉しそうに歴史解説を始める。
「つまり、大迷宮そのモノが――」
ワタル君に曰く。
迷宮自体が神の遺骸らしいんだ。
で、【不定の神】っていうのは。
オルトゥスの神話に語られる地底の神々の一柱――つまり、魔族が崇める魔神王の同種だね。
私の知ってる限りで。
神話の内容はこうだ。
人間が産まれるより今より遥か昔。
創生の神々の間で起こった大戦争。
地底の神々は天上の神々に敗れて。
その殆どが消滅、もしくは封印されてしまい、現代まで存在しているのは魔神王だけ……と。
それで、彼の話だ。
古の戦いにおいて。
神の使徒による断罪の焔によって溶かし尽くされた【不定の神】はしかして。
死して尚大地を溶かし。
母なる地底へと還ろうとしていた。
浸透の過程で穿たれた大穴は二重……三叉路……次々と分割され。
最終的には、大迷宮と化し。
神の遺骸が完全に溶けて消失した今となっては、穴だけが残った――と。
「後は幾つかの文明が迷宮を拠点として、色々なアイテムが残っている――と」
「ふーん。なんか、怖いね」
「死骸の中を冒険してるわけだからなぁ、俺たち」
「「……ふぇ?」」
「こら、ユウト?」
「いや、今のはちょっとした……ゴメンなさい」
「「――バカ優斗―――ッ!!」」
全く、ユウトは。
そういう所だね。
一気に顔色を変える女性陣は。
まるで、此処の地層みたいな色合いに変化して…カメレオンさん?
作業を中断して来る二人を。
すぐ私が慰める事になった。
「おぉ、よしよし。作業に戻ろうね」
「「……………うぅ」」
「――でも、良く調べたねワタル君」
「僕は【翻訳家】なので。色んな文献を調べて、レベルを上げたいんです。ゲームの背景ストーリーとかも見てて楽しいですからね」
だよね。
私も、聞いててワクワクしてくるよ。
話を聞きながらも手を動かし。
細々と採掘を続けているけど。
コロコロ石ころ。
バサバサ砂粒――やっぱり、そう簡単にアイテムはくれないみたいだ。
「そっちの状況、どんな感じだ?」
「「全然ダメ」」
「掘れないです」
「――んん~~……あ――投擲石。これで三個目だわ」
一の固定ダメージを与える【投擲石】
ランタンで十分な不遇照明【懐中石】
観賞用として置物等に向く【丸々置石】
ハズレ枠が多くて。
どうにも、手に入れる価値がありそうなアイテムは少ないみたいだね。
脇へ放られた石を見つつ。
私も、もう一仕事頑張ろうと穴へ頭を潜り込ませると。
「……んう? ――あ」
「「あ?」」
手を探り、触れるのは。
ひんやりと硬い感触で。
「――獲ったど……おぉ? 換金アイテムじゃないかな、コレ」
取り出したそれは。
青々とした半透明。
ひんやりしてて。
透明で、ぼんやりと光る結晶体だ。
確かに、何度か他グループの人たちが手に持っているのを見たからレア物じゃないだろうけど。
見てみればわかるかな?
……………。
……………。
――アレ、おかしいね?
「フム……フム――?」
「蒼石晶っすか」
「ようやくアタリですね」
何時ものように仕舞おうとしたけど、出来ず。
どうやら私の所有扱いにはなっていない様で。
換金アイテムだからかな。
じゃあ、ここはお仲間に。
「――鑑定家さん、頼めるかい?」
「うん。ちょっと視てみるね」
仲間内で一番【鑑定家】のレベルが高いナナミに渡し。
表示された概要などを。
皆で共有してもらうと。
―――――――――――――――
【素材名】蒼石晶
RANK:―
【解説】
鉱山都市でのみ産出する固有の鉱石。
純度の高い魔力を含み、機器の動力源となる。
********。
******・********、****。
******水。
**形*****************。
【用途】
換金用イベントアイテム
―――――――――――――――
「――んん……なんか、化けてる?」
「これね? 鑑定レベルが足りないと見れないみたいなの」
「あぁ、そういう事なんだ」
「今までにも何度かあったんだけど、やっぱりレベルが低いと重要な情報が文字化けするらしくて――しっかり上げていかんとなぁ」
当然そういう事もあるか。
だからこそやる気が出て。
謎を追い求めるんだけど。
レベルを上げるためには、日々の努力が必要で…此処でも、有用なアイテムを探さないとね。
「――無心で掘っているけど、目標はあるのかい?」
「「レアアイテム!」」
「換金アイテムも沢山」
「実に現金で良いね」
「展望としては、属性付きの武器とか――特殊効果のある魔剣とかを作りたいんだ。転職後の為にも」
「激レア鉱石なら作れるかもってなぁ」
その為の採掘イベントだ。
でも、先程から見る限り。
私たちの周辺に居る数十のPL達からも、そんな大仰な発見騒ぎは無くて……うん。
余程貴重なアイテム。
激レアがあるんだね。
「将太、ここ掘れわんわん」
「ワンワンワン!!」
「――大丈夫? “紅蓮咲き”なんて使ったら、アイテムごと消滅しそうだけど」
巻き起こるは魔法の小爆発。
そういう採掘法もあるんだ。
火が燃える様は実に破壊的。
天然ガスを掘り当てたら大変…もし現実でやろうものなら、考古学会を追放されそうで。
「……男共は放っておいて」
「頑張りましょう。私はそこそこ筋力がありますから――」
気合を入れたらしいエナが。
大きなピッケルを揚々と担ぎ上げて。
こちらを向いたまま下がるけど。
あ……それは、ちょっと危ない。
なんて言う暇なく。
ころころ、ころり。
―――おぉ、ホールインワン。
「「ナイスショット!」」
「……すみません。助けてくれませんか?」
見事に誰かが掘った穴へと。
綺麗にスッポリ納まるエナ。
令嬢のような雰囲気だけど。
実際の彼女はとてもおっちょこちょいで、凄く可愛らしいんだよね。
言葉遣いも昔は普通だったし。
いつの間にかあんな大和撫子さんになっていて、成長の早さが伺える……けど、可愛らしさは同じだ。
「――ほいよ、あんまりコロコロ落ちるな」
「……スミマセン、優斗」
「そろそろここ等も危ないし、ちょっと場所変えるか?」
「うい、了解リーダー」
「乱数調整だね~?」
「次は……あっちの誰も担当してない辺りが良いかな、優斗」
ボコボコ穴ぼこが増えたから。
ここ等で移動するみたいだね。
でも、良い所だし。
ちょっと…もう少しだけ……いや、次こそは勝てそうなんだよ。
後もう一回だけ。
「ルミねぇ――! あっち行こ――?」
「あぁ、うん。すぐに――」
………んう?
会話の途中で、視界に。
屈んだ私の視界の端に。
移り込んだのは、何処かで見たような存在で。
私が目を留めたのは。
ちょっと離れた位置。
そこには一人でピッケルを振り続ける男の子がいるけど。
あの後ろ姿は。
もしかして、彼もここに来ていたのかな?
「ルミねぇ――?」
「うん、ちょっと待ってて」
ナナミへと返事をして。
私は其方へ歩いていく。
「――やあ、そこな少年くん。捗っているかい?」
「いえ、全然。運がないのか、全く出なくって……あれ?」
彼もまた、ユニークな服装。
作業に向くツナギを着て。
小さめなシャベルを持ち。
頭にはヘルメットでなく帽子。
落石にも動じない強い意志を持っているという事なのだろう。
少年は声に反応してこちらへと振り向くと、私の姿を認めて確信に言葉を紡ぐ。
「――ルミエさん?」
「やぁ、テツ君」
いたのは、PLであるテツ君。
私が懇意にする鍛冶屋【ナコ・アセロ】の専属鍛冶師さんだった。




