第3幕:旅の一座?
確かに森林ではあるんだけど。
行くは、どうにも山道ばかり。
北側のフォディーナもそうだったけど。
南側にも、起伏の激しい地形があるんだね。
周辺難度はDらしく。
コチラもフォディーナへ行った時の街道と同じだ。
「――あの、御嬢様?」
「はい、何でしょうか」
「会った時と、雰囲気が明らかに違いますよね?」
「何と言うべきか……」
「その振る舞いも――えぇ。やはり、出奔した貴族家の令嬢だったのですか?」
「ふふ…そんな事は無いよ」
「「……………」」
此処まで悠々と街道を行き。
彼等と色々な話をしたけど。
新しい楽しみを見つけてしまった。
口調や振る舞いを令嬢風に寄せて。
ふとした拍子に戻す。
そうすると、面白い具合に彼等は目を丸くしてくれて――とても愉快だ。
「作法は、昔習っただけ。口調を変えるのも、得意なんだ」
「……それ程の変化を」
「中々面白いだろう?」
顔を見合わせる彼等は。
本当に普通の人間だね。
NPCなんて思えないし。
普通に知らないパーティーさんと乗り合わせているような感じだ。
「――まぁ、あの方の目が確かだったって事で」
「それで良いやんネ」
彼等四人の護衛さんは。
悠々と話しているけど。
実際は、次々と。
向かって来ている魔物をなぎ倒し、圧倒し、洗練された動きで捌く。
私では足元にも及ばないし。
ユウトたちより強いかもね。
「――ふむ。異訪者というのは、とても不思議な方たちなのですね」
「不思議には違いありませんね。ふふっ」
「「……………」」
「ところで、この一帯はどのような特徴があるのですか?」
「……はい。此処【ロイバー森林】は――」
帝国の領土は人界最大だけど。
その都…帝都は西端にあって。
北にフォディーナ、南に学術都市、東に要塞都市。
トラフィークは最も帝都に近いらしいんだけど、現在街道ははPLに解放されていないみたいなんだよね。
そして、侍従さんの話では。
更に南下すると学術都市で。
今回の目的地はもっと手前に存在する小都市なんだとか。
で、このロイバー森林はやや魔物が多いけど、整備が整っていて最短ルートでもあるから、急ぎの用である今はどうしても使いたかったと。
「――でも、囮なのですね」
「何故でしょうねー?」
「……ニャニャ。貴方は知っているでしょう」
首を傾げる私と薬師さんへ。
呆れたような声の侍従さん。
薬師とは言うけれど。
彼女はどちらかというと、神官さんみたいないでたちで。
知ってるらしいのに。
何故首を傾げるかな。
「ある意味では、敵を炙り出す為でもあります」
「……ほう、ほう?」
「我々が仕える家は、狙われる事も多いのです。故、此方も策を幾重と弄し、強かに、しなやかにすり抜けるわけですね」
彼女の言い方は独特で。
ヘビさんなんか連想してしまったけど。
妨害なんて言うのも。
凄く危ないんだねぇ。
「例えば――あんな通行止めとか?」
「はい、あのような……え?」
薄暗い街道を塞ぐように。
横たわる大きな丸太数本。
間違いなく、妨害の類で。
どかさないと、絶対にこの道の先へは進めないよね?
「リドル? あの丸太はどかせ――」
「……ッ……いえ」
「それ所では――ッ! あちらをご覧ください!」
何かの異変を感じ取ったのだろう。
一斉に辺りを警戒する護衛さん達。
そして出た言葉はバスガイドさん?
昨今、あまり聞かない言葉だ。
焦りでなお呂律がしっかりしている護衛さん。
そこも凄いプロ意識だと思うけど。
彼等が示す先へと目を向けた私は、来た道の側から凄い速度で襲い掛かってくる多数の人影、蹄鉄音へと注意を傾ける。
行き止まりとの挟み撃ちだ。
「――フム。……これは襲われてるね」
「そんな呑気な! 今すぐお逃げを!」
「逃げるって?」
「此処は、我々三人が」
「仕事ですからネ。請け負いますよ」
そう言って敵へ構える三人。
確かに、危ないだろうけど。
でも、私はリスポーンできるし。
クエスト説明文で覚悟も出来ていたわけだから、優先順位で言えば、彼らの方が上といえるだろう。
「――いいよ、私は。囮になるから。君たちは逃げて?」
「「………ッ!?」」
「御嬢様ぁ?」
「何を言っているのですか!」
「私、影武者だし?」
「……それは。――いえ、出来ません! 我々騎士はこの為にいるのです!」
そっか。流石は護衛さんだね。
騎士というのは初耳だけど。
じゃあ、しょうがない。
私と護衛三人で襲撃者たちの相手をして、他の人達だけでも……。
―――ダメ、と。
皆が同じ表情で。
ほわほわした感じの薬師さん以外だけど。
既に、腹も覚悟も決まっているみたい。
やっぱり、とても良い人たちで。
ここで死なせるのは惜しいね。
「――じゃあ、一緒に逃げようか」
「「えぇ!?」」
「ほら、全員乗った乗った。定員オーバーかもしれないけど、出来る限りの抵抗をしてみようじゃないか。――ほらっ、あちらの方に」
彼らを馬車へと押し込みつつ。
私は、後方へ【煙玉】を投擲。
馬っていうのは、本当は。
優しくて、臆病なんだよ。
だから、不測の事態なんかも対応が遅れることが多い。
いきなり目の前が真っ白になったら?
混乱して、凄く暴れるだろうね。
後ろからは大きく転倒する音や、こわーい怒号などが響き渡ってきて。
「さあ、発車しようか」
「出してくださいッ!」
「――はい、只今」
「よし、ならば我ら護衛は後方だ。エルボ! トルコ! 側面を警戒していてくれ!」
「「承った!」」
理解さえ追いつけば。
彼等の行動は非常に迅速だった。
御者さんが手綱を握って。
完璧なスタートを切ると。
その間、護衛さん達が窓から顔を出し、周辺の気配を探り始め。
薬師さんは。
落ち着く香りの匂い袋を持たせてくれた。
「森へ入って大丈夫なのかい?」
「どうなんでしょうねー」
「耐久で言えば、問題はありません。この馬車の設計書は何度も読み直しておりますの――でぇ!」
「次はどちらへ!」
「わぁ〜〜」
「右側の小段差! その程度なら登れます!」
流石は侍従さんだね。
彼女は努めて冷静に御者さんへと次々指令を飛ばす。
あと、薬師さん呑気。
状況を理解している?
何とか段差を登り終えて。
先に広がる光景に目をやれば、樹木の少ないやや落ち着いた空間に繋がっていたるようで――何と。
「――おい! こっちに来やがったぞ!」
「こりゃ天の恵みだ!」
「他の盗賊団より先に捕えろ! 報酬がたんまりでんだぞ!」
ここも、森も待ち伏せ。
随分と大所帯なんだね。
その分、一人一人の取り分が減りそうなものだけど。
余程、この馬車を襲うことはお金になると思われているのかな。
でも、もう逃げ道は無く。
これ絶望的な感じだよね。
―――どうすべきかと。
御者さんへ目をやれば。
彼は、何と短剣を持ち。
「……もはや、これ迄。私一人が少しでも足止めをすれば――」
「いや、ダメだって」
何かやろうとしているので。
大きく震える馬車の中。
逆に揺れを生かして立ち上がるままに、彼を小窓から中へ引きずり込む。
あぁ、凄く重いね。
もっと筋力をあげるんだった。
「うおッ!? ――ギャフン!」
「「御嬢様!?」」
「危ないですからドレス姿でそのような動き――うわぁ!?」
何とか上手く行ったようだけど。
次の瞬間には一際大きな衝撃がボックス内を伝播し、私たちは倒れ込む。
これ、操る人がいないから。
横転してしまったみたいで。
何とか外へと這い出ると。
すぐそこの方から、知らない声が聞こえてくる。
「ようやく倒れたか。――おぉ! いるじゃねえか」
「本当にあの女で良いんですか?」
「ばっきゃろう! あんなキラッキラした奴がキラッキラした服着てんだから、お貴族様に決まってんだろうが!」
そうだとも、そうだとも。
私は、お貴族様なんだよ?
近隣都市の偉い人たちとアレとアレの関係で、こう…凄く仲が良いから、今のうちに謝っておいた方が身のためだと思うね。
なんて、心中で威張っても。
まるで効果が無いのは当然。
あっという間に取り囲まれて。
仲良く円陣と相なってしまったわけだ。
「手こずらせやがって。何なら、逃げられねえように一人減らしておこうか? あぁ!!」
「この、下郎――ッ!」
「だめだよ、それは」
「……御嬢様。ですが、コレでは」
役に入り込んでいる。
流石、貴族に使える護衛さんなだけはあるね。
剣を抜きかけた彼の手元を。
隠すようにして私が抑える。
ヒラヒラしたドレスは良い。
色々隠すのに便利だし、注目を集めやすいし、何より身が入るからね。
「う……うぅ。貴方達は――ぁ……一体?」
「へへ…良い女だなぁ」
「しおらしくて良いな」
「如何にも、貴族サマの箱入りって感じだ」
とても再現度が高いね、彼等。
本当に怖ーい荒くれさん達だ。
前で役に入る私へ。
侍従さんが、後ろから心配そうに声を掛けてくる。
「おじょうさ――ッ……え? 何時の間に――」
「しー。静かにね?」
「「……………!」」
声を潜めてはいるけど。
荒くれさんたちは警戒すらしていないから、大丈夫だろうね。
だって、それが普通だ。
護衛が振り返ったり。
剣に手を掛けたりと。
不審な事をするならともかく、一番ひ弱そうな私が注意を引いたところで、だれも警戒はしないし。
背へ回していた両の手へ。
隠した幾つもの煙玉には。
後ろにいる七人以外、気付いている者なんていないのさ。
「あの…貴方は、貴方達は。一体何なのですか?」
「へへへ…俺たちゃ盗賊よ」
「盗賊……さん?」
「ハハッ、そうさそうさ! ――良いねぇ、その怯えた顔! だが、そんな顔で見た所で、後ろのへっぴり腰どもは助けてくれないようだぜ?」
「「………………」」
本当に、そうなのかな。
私はそう思わないけど。
振り返りつつ怯えた顔をやめ。
出来る限り優しい笑顔で放った私のウィンクに合わせ。
彼ら六人は小さく頷く。
状況を理解しきれているか怪しい様子の薬師さん以外の皆で、さぁ今かと動こうとした……。
―――その瞬間だった。
「兄貴ィ! 大変――大変でさぁ!」
私達が逃げてきた街道側から。
走ってきたのは盗賊仲間さん?
複数いて、凄く怯えているね。
麻のような粗末な服を纏った男は、如何にもな山賊といった感じで。
「――なんだよ。良い所なんだから、邪魔すんじゃねえ」
「いえ! 違うんでさぁ!」
「それどころじゃねえんす!」
「大変なんっすよ!」
「だから、何が大変なんだっての!」
縺れるまま先を言わない彼等に。
業を煮やしたリーダ格が怒鳴り。
ようやく、一人が舌を回し。
他の者たちも合わせるようにして、一斉に叫ぶ。
「――意味が分からねぇ!」
「「―――盗賊団に襲われてんだぁ!!」」




